38話 墓守のペン
夢の解体時生まれた「星の子」ミィクと、インク屋の店主・ワニの姿をした「緑の子」のジジアは客として訪れた墓守の兄弟、ドミノとドムの注文を聞く前に欲しいものを言い当てた。
「欲しいのは、新しい日記と……そっちの子のペンかい?」
ドムはジジアの鼻先がスンスンと動いているのをじっと見ていた。
「はい。よろしくお願い致します」
ドミノは自分のカバンから長年愛用したペンと手帳を取り出した。
使い込んだ白地のペンは、指の形がくっきりと残り長年共にした時間の長さを知らせていた。
手帳の革の表紙も色褪せている。
「墓守は日記を書く時、普通のペンではダメなんです。その者の言葉や思いを残せるよう、自分に合ったペンを選ばなきゃならない。ジジアさんは、代々墓守のペンを作ってくれる職人なんです。そしてミィクたちはそれを手伝う助手ですね」
ジジアはゆっくり立ち上がると、
「それじゃぁ、ミィク達よ。半分はこのペン先を洗っておくれ。残りのみんなは客人の手を測ってちょうだい」
ドーナツを食べ終えたミィク達は手際よく別れ、5匹ほどを残してドミノのペンを担ぎカウンター奥のへ行ってしまった。
残りのミィク達は恥ずかしそうに体をくねらせながらドミノとドムの前に並んだ。
「お前さんはどうする?」
ジジアは端っこで転がっていた不機嫌顔のミィクに声をかけた。
不機嫌顔のミィクは眉間に皺を刻み顔を反らす。
そうか、そうか、とジジアは笑ってドムを見た。
「君の名前は?」
「ど、ドムです」
ドムは緊張した顔でジジアの前へと移動した。
ドミノはドムから少し離れて見守った。
「それじゃぁ、ドム君、両手をここに」
ドムは言われた通り両手を開いてカウンターの上に置いた。
ジジアはカウンター横の木の枝を引っ張り寄せて枝ぶりを見ている。
ドムは何が始まるのか目を見張った。
ミィク達はドムの開いた手の周りに集まりフニフニと触ってきた。
小さい者達が触れる感覚がこそばゆく笑いを堪えるに必死だった。
1匹の小さなミィクがドムの手の上に乗ると、その上を隅から隅まで歩き歩幅を数えた。
「君の利き手はどちらかね?」
「右、です」
「好きな色は?」
「オレンジ」
「オレンジ? それはどうして?」
「……夕日の色が好きだから」
「ほう」
ジジアは引き寄せた枝から手頃な部分を見つけ、いくつかへし折った。
「夕日って赤色っていう人もいるけど、赤よりもオレンジがかった夕日の日の方がいい夢を見れるんです。だから僕は夕日のオレンジ色が好きです」
ドムは思いをジジアに伝えた。
グッグッグッと、ジジアの笑いが口から漏れる。
ドムは変なことを言ったかなと不安になりドミノの顔を見た。
ドミノは笑顔で大丈夫だよ、と答えた。
「ドミノは白じゃった。朝露のかかった朝が好きと言ってたな。ドウカの奴は銀じゃった。小さな星々の集める銀河の色だと言ってたっけな」
ドミノとドムは父の意外な一面を知り驚いた。
ジジアとミィク達は、へし折った枝をカウンターに並べドムの目を見た。
「この上に手をかざして。1つ1つゆっくりと」
ドムは言われるまま並んだ木の枝に手をかざした。
3番目の枝の上に手をかざした時に温かさを感じた。
それはまるで生まれたての子羊を抱いたような温かさ。
5番目の枝の上に手をかざした時に痛みを感じた。
それはまるで松葉の葉に刺されたような痛みに似ていた。
ジジアはドムの表情を見て3番目の枝を手にすると、
「握ってごらん」
と、ドムに差し出した。
ドムは言われるまま握ると、枝は一気に熱を発し前身の毛穴が開くのを感じた。
その開いた毛穴から風が吹き出し、ドムは今まで感じた事の無いほどの鳥肌を立てた。
「うん、いいのを見つけたようだ」
ドム枝を見て驚いた。
ドムはオレンジ色に変化したペンを握っていたのだ。
「それじゃ、調整しよう」
そう言ってジジアはオレンジ色のペンをドムから受け取り立ち上がった。
ジジアは手元にいくつかの彫刻刀をにぎると、そのペンを削り始めた。
ドムにドミノが近づいてきた。
「どんな感じがしましたか?」
「温もりが……。不思議とあのペンだけ、子羊の背中を撫でてるみたいであったかかったよ。兄さんは違うの?」
「私の時は香りでした。朝一番の朝霧の香り……そして、ひんやりと冷たくて気持ちよかったのを覚えています」
墓守のペンは、自分の感覚に近い形になる物だと聞き、ドムは自分のペンが完成するのが楽しみになった。
つづく
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