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60話 ペントとマム

その昔、この世界を作った神がついたため息は……世界を渡る風となった。
それは「Mam( マム)」と呼ばれ、「向こう側」と「こちら側」を渡り吹いていた。

マムは向こう側の世界で、様々な人の夢を通過する。その時、体に引っかかってくる風の子達は手足を丸め、まるで卵の様に見えたと言う。

マムは必ずこちら側の世界の中心である「神の部屋」に戻ってくる。
それを知っていた守護柱達はマムの通過点に網を張った。マムはまるでザルを通る様に、そこに風の子だけを残して巣穴へと戻るのだ。

第3の王・Mimuraの守護柱であった「白蛇のペント」は、その風の子達を大切に育てていた。誰かに頼まれていた訳ではない。優しく揺すり、そして転がし、その眼差しは母の様に頼もしかった。ペントは風の子の声が聞こえる、とてもいい耳を持っていたのだ。

向こう側とは「向人」がいる世界。ドミノはこの事をつい最近理解した。
それは、向人が目覚めている世界。向人にとってドミノ達が存在する「こちら側」は「夢の世界」なのだいう事はとても衝撃だった。
ドミノ自身も夢を見る。では、ドミノの夢の向こう側にも違う世界があるのだろうか……そんな事を考えると頭の奥が痛くなるのを感じた。

ドミノは色々理解を深め、風の子は「向人」の中で生まれる、という真実にたどり着いた。

昔から、こちら側は向こう側と繋がっていた。しかし、王達が神を裏切ったその時から世界は分断されてしまったのである。
100年ほど前にマムも向こう側へ行ったまま戻って来なくなってしまった。マムが戻らないという事は風の子も集まらない。必然的にコントラの存在がいなくかったという訳だ。

王の墓の機嫌を取るために集められる「夢のカケラ」を「egg」と呼ぶようになったのはこの風の子達の生まれる姿から名付けられていた。
このeggが誰かの夢の一部なら、風の子はこの夢の気配を感じとる案内人みたいな役割だった。

「個人の夢に誰でも入れる」と言っていた夢の壊人・火影の言葉をドミノは思い出していた。

しかし、その後につづく、「その方法を忘れてしまった者が多い」というのは、風の子が少なくなった事と通じている様に感じた。

ドミノは向人・ユキの中から「風の子」を捕まえたペントを呆然と見ていた。ドミノは、風の子の誕生の瞬間を目撃したのだ。

体から風の子が取り除かれたユキはその後、顔の血色が戻りリズムのいい寝息をたて始めた。とりあえず安堵に包まれたドミノは、ペントの口元で垂れ下がる「それ」に近づいた。

ペントはドミノの掌にその「白い風の子」を下ろすと心配そうに鼻先で突いた。

「体が伸びてる……彼女の中で羽化しちゃったんだね」

ペントは白い風の子の顔を、細長い赤い舌で優しく撫でた。手足も顔もないその白い物体は餅の様にドミノの掌から垂れ下がり、その先端の尾が切れ落ちた。

ドミノはこの餅の様な風の子を胸に抱き寄せ体を摩った。その氷の様に冷たい体を温めて、人工呼吸の様に体に息を送った。どこが顔か口かわからないが、「助けたい」という思いからとった行動であった。

垂れ下がった風の子の尾がピクリと動いた。それを見逃さなかったペントは、大声で叫んだ。

「そのまま、息を送り続けて! 風を送って! 大丈夫!」

ペントの声にドミノは懸命に息を送り続けた。

風の子は、まるでしぼんだ風船に張りが戻る様に、千切れ落ちたその尾の先まで膨らんでいった。弱々しかった尾の振り幅も徐々に大きくなり、ドミノが最後の息を吹き込んだその時、体に小さな手を生やしバタバタと動かし始めた。

「もうよかろう」

守護柱・リスのラルーがドミノに声をかけるとドミノは酸欠でその場に倒れた。手から風の子が放り出される。風の子は空を舞い、何とか自力で落下を避けた。不安定ながらも宙に浮かんだのだ。

「あぁ……生まれた……この世界に再び。風の子が生まれた……」

ペントの震える声に「白い風の子」は元気よく宙返りをして見せた。しかし、バランスを崩しあっという間に落下する。再び周りの空気が張り詰めた。

ドミノは咄嗟に両手を伸ばし、白い風の子の下へと飛び出した。白い風の子はドミノの背の上でぺチョッという水に近い音を立てて着地すると、そのはずみでコロコロと地面を転がってやがて停止した。

「飛ぶのが下手ねぇ……」

そう言って白い風の子に尾を伸ばし抱き寄せたペントの顔は誰よりも一番嬉しそうだった。

時間はすっかり夜の底を流れていた。

つづく

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