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42話 向こう側

墓守の兄弟・ドミノとドムは、かつて誰かの夢の中にあった品が並ぶ露店(ストア)での買い物を終え、家路につこうと運び屋・アネモネと落ち合った。
しかし、守護柱のリスのラルーがドミノに話があると別行動をする事になった。

8の巣の中にある長い廊下をドミノは歩いていた。
肩にはラルーが座っている。
前方を歩く第4の王のカル・去人・ミナコは無言だった。

2人の足音だけが廊下に響く。

ドミノはこれまでの墓守の日記の事、円卓会議、そして夢の品々を売買するストア、そして目の前を歩くミナコについて、ある考えに辿りついていた。

「何か聞きたい事があるんじゃないかね?」

ラルーがドミノの顔の横で声をかけてきた。

ドミノはこれまで自分の考えはなるべく話さない様にしていた。

墓守の生活で、話す相手がいなかったと言うのが正解に近い。 
だから、発言するのが下手だと言う事はドミノ自身よく分かっていた。 

しかし、疑問が無いわけでは無い。
ほとんどが自問となり、墓守の記録手帳を相手に記していくだけである。
それは、自分との対話であり、自分なりの結論を導きだす作業となっていた。

「今日、初めてファミリーの仕事内容を拝見しました」

「ほう」

「これまで日記には墓の様子、風の変化、身の回りの自然の事などが綴られてきました。しかし、他のカルの事についての詳細はごくわずか。書けなかった、のではなくて、あえて書かなかったのではないでしょうか」

「どうしてそう思うのかね」

「今のドムが答えの様な気がします。自分の知らない事を知るのは視野が広がり経験につながります。しかし、墓守は墓にしばられ自由がない。孤独の中に外界の情報は必要ないのだと、過去の墓守は判断したのではないでしょうか」

「そうじゃの。墓守はファミリーと違って1人の時間がとてつもなく長い。それは、昔から皆苦しんできた。ドミノ、お前さんもそうじゃろ?」

ラルーの言葉にドミノは困り顔を見せるだけだった。

「ドムの性格は、きっと墓守に向いていない……。でも、今村には他に歌える者がいないのが現状です。私の判断は間違ってませんでしたか?」

ドミノは初めて心の中の不安をラルーに吐き出した。

「だからと言って、お前さんだけが頑張る必要もない。ドミノよ、お前さんの体は限界に近いじゃろ? 倒れる前に声を上げるのにも勇気が必要じゃ。誰もお前さんを責めはせん。よく頑張った、と声をかける者の声を素直に受け取ればいいんじゃよ」

ドミノはラルーの言葉に目頭が熱くなった。

廊下の先は小さな扉に繋がっていた。
木製の扉の前にはメガネを掛けた1人の男性が待っていた。
ドミノより少し年上に見えるその男性は、名前を「シゲル」と名乗った。

「じゃぁ、よろしく頼む」

「はい。無事に送り届けますのでご安心を」

ミナコは振り返りドミノとラルーに再び頭を下げた。
それはこれまでより深い、長いお辞儀だった。

「それじゃ、達者でな」

「はい。ありがというございました、では。また」

ミナコは「シゲル」に連れられて部屋へと入って行った。
ドミノ達は扉が閉まり切るまでじっと動かず見送った。

「また……か」

ラルーは最後に言ったミナコの言葉に寂しそうな表情を見せた。

ドミノは心の奥底に残るざわつきを口にした。

「あの方にとって……」

ラルーはドミノの次の言葉を待つ。

「あの方にとってこの世界が夢の中、なのですね。向こう側、というのは去人の目覚めた時の世界。私たちは誰かの夢の中で生きているのですか?」

ドミノの言葉にラルーは小さな息をついた。

「リンゴの話を覚えておるか?」

「かつてみんなのリンゴは、神によって個々のリンゴになった、とい話ですね」

「あぁ。ワシらの見えている世界より見えていない世界の方が本当は広いのかもしれん。
ドミノよ、お前さんが見る夢は誰の夢なんじゃろうな。誰の夢に繋がっておるのかの……」

樹から離された個々の夢は、今や自分しか見ることのできないただの夢だ。
樹が枯れ、消えた今の世界はその「夢」が実らず風ばかりが唸る様になってしまった。

内側の世界に流れてくる空箱に、新しい夢は見れない。

だから、夢のカケラ(egg)も取りずらい。

「この世界に流れてくる空箱の夢は、向こう側から流れてくる。この世界は夢の捨て場になってしまったのかもしれんなぁ」

ラルーの寂しそうな言葉にドミノは胸の奥の何かが弾けた。

「この事をみんな、知っているのでしょうか……」

「この事とは?」

「私たちの住む世界が……内側、という事に」

ドミノの言葉にラルーは小さな声で答えた。

「墓守で気がついたのは、ドミノが初めてかの」

ラルーの言葉にドミノは言葉を失った。
隔離された環境の墓守は、ようやく世界と繋がりを持ち、事情を共有する存在の一味となったのだ。

「ドミノよ。風の子には興味はないかね?」

ラルーの言葉にドミノは視線を向ける。

「事が整えば迎えを寄こす。それまで村でゆっくり休め」

ドミノは気がついた。
この胸騒ぎは、次に続く自分の役目を知らせていた……という事に。

つづく

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