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7話 家族との時間

「最近調子はどうだ?」

そう言ってドミノの前に座ったのは父のDouka(ドウカ)だった。
体が大きく、口元には髭が蓄えられている。

ドミノはかつて自分の前に立って歩いていた父の姿が小さく感じた。
明るく柔らかな髪には白毛が混じり、家族との間に空いた時間の長さを感じさせる。

ドミノは我が家の隅っこに立っていた。

「どうした? 疲れただろ? 席についてゆっくり休め」

ドウカは久し振りに会う息子を気遣う。

「お前も何してる。早く座れ」

ドミノと同じようにドムも部屋の隅に立ち様子を伺っている。
2人兄弟の顔は緊張していた。

ドウカはそんな2人を不思議に思いながらも長い食卓の一番端についた。

ドミノはいつもの席、と言われドウカの隣に座ろうと歩み出した。
しかし、ドウカの隣に座ったのはドムだった。

そう、かつてドミノの席だった場所は、ドムの席になっていたのだ。
ドミノは自分の居場所を探すように、窓辺に置かれた小さな椅子に腰掛けた。

「いやいや、そこじゃ話しづらいだろ」

ドウカが笑う。
ドミノが戸惑っている様子にドムは気づき、慌てて立ち上がった。

「に、兄さん、ここに座って!」

ドムは席を1つずれた。
ドミノは2人に気を使いながら静かにドムがいた席に腰を下ろした。

「何遠慮してんだ。お前の家だぞ? 忘れちまったのか?」

ドウカ豪快な笑い声に、ドミノは力なく笑うしかなかった。
一通り笑い終えるとドウカは真剣な表情にに戻った。

「で、どうした?」

山を下ってきた息子の話をドウカは正面から聞く。
ドミノも山を下る事はあったが必要なものだけ持つと、すぐ山へ帰ってしまう。
こうして家に入るのは数年前の出来事が最後だった。
ドミノの母親の葬式の時だ。

ドミノとドムは腹違いの兄弟なのだ。

ドミノの母親は息子が1人小屋で過ごす事を心の底から心配していた。
寂しかろうと頻繁に小屋に訪れては命を削ってしまったのだ。

母親の死が自分のせいだと、ドミノは今でも心のどこかで引っかかっている。

この家は母との思い出の場所なのだ。
その思い出から逃げる様に、生まれ育った家を遠ざけてしまっていたのだ。

「昨日、ラルーが訪ねてきまして。会議をするので集まるようにと」
「いつだ?」
「次の満月です。そこにドムも連れて行きたいのですが」

ドミノは誰に対しても言葉が丁寧だ
それは、ドミノと相手との心の距離だ。
近づきすぎると別れが辛くなる。
一定の隙間がないと心を守れなかった。

ドムは勢いよく立ち上がった。

「いつですか!?」

ドムの顔は笑顔だった。
ドムはこの日をずっと待っていた。

墓守の村に生まれ、墓の前で歌う墓守は子供達にとって憧れの存在なのだ。
ドムは父や兄のように自分も墓守になれる様、村の子供達の誰よりも人一倍努力してきた。

「次の満月です」
「という事は……」

ドムは指折り数え、

「あと3日後!」
「ドムは月の年齢を数えれるんですね」
「勉強、頑張りました!」

得意げに胸を張るドムは落ち着きなく、

「いつ、ここを発ちますか?」
「昼前には」
「僕も行きます!」

そう言ってドムはドウカの顔を見た。
ドウカは、参ったという表情で頭を抱える。

「準備してこい」

その言葉と同時にドムは部屋を飛び出ていった。
騒がしい足音が遠のくと、ドウカはため息をついた。
自分の息子を2人も墓守にしてしまった事を複雑な思いで天井を見上げる。

「大丈夫ですよ」

ドミノの言葉にドウカは顔を下ろした。

「墓守の家系に生まれたんです。役目で僕たちはここまで続いて来れた。父さんが思い悩んでも誰かは墓の前に立たなくてはなりません。それが僕やドムだっただけです。父さんは気に病まなくても大丈夫ですよ」

ドミノの言葉にドウカは優しく微笑んだ。
距離は離れ、共に過ごす時間は少なかったが優しい息子にドウカは胸が熱くなった。

「それにしても3日後だなんて急だな」

ドウカは腕を組んでドミノの方へ体を向けた。

「風の子を起こすとも言っていました」
「そんなに深刻な状況か?」
「我々が思っているよりは。ラルーは何も言いませんでしたが、墓は今までより機嫌を取るのが大変になっています」
「今は夕刻だけ?」
「いえ。1日付きっきりの時もあります。日によってはeggを数個必要な時も」

ドウカは目を丸くし腕を机の上に置いた。

「……そうか。墓のやつ、腹空かしてんだな」

そう言って立ち上がるとドウカは棚の引き出しから小ぶりの布袋を取りした。

「少しだが、持っていけ」

ドミノは渡された小袋を覗き込むと中には卵型の光が10個ばかり入っていた。

「これは……どこで?」

eggを1つ取り出して見ると歪な形をしていた。

「この村の者達の夢を少しずつ集めた物だ。形はいびつだが……eggには変わりねぇ。持っていけ」

ドミノは歪なeggをゆっくり袋に仕舞まい、その貴重な夢の欠片を見つめ微笑んだ。

「大切に、使わせて頂きます」

そう言って、ローブの内側へと閉まった。
ノックの音と同時に女性が顔を出す。

「もう話は終わったかしら?」

そう言って部屋に入って来たのはドムの母親であるDyusa(デュサ)だった。
ドミノは立ち上がりデュサに小さく頭を下げた。

「ドミノー! 元気そうでよかった」

デュサはドミノに近づくとその膨よかな体でドミノを力強く抱きしめた。

「姉さんも喜んでるわ。ちゃんとご飯食べてる? まぁ、こんなに痩せちゃって」

デュサは目にかかるドミノの前髪を両手でかき分けると、その顔を覗き込んだ。

デュサはドミノの母であるディの妹である。

亡くなった姉の代わりに父ドウカを支え、そしてドムを産んだ。

「大丈夫です。ありがとうござます」

ドミノは精一杯の笑顔を作って見せた。
そのぎこちない笑顔を優しく微笑み返すデュサのその姿は母親そのものだった。

「さ、いっぱい作ったの。皆んなで一緒に朝食を食べましょう!」

そう言ってデュサはドミノの手を力強く握り引き寄せた。

つづく

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