92話 看病
高熱で苦しむシイナの為に、ドミノは8の巣の前に広がる露店(ストア)で買い物をすませ部屋に戻ってきた。誰かの為に料理を作るなど久しぶりで、ドミノは内心緊張していた。しかし、その緊張は心地いい緊張感だった。
※ ※ ※
寝室で1人眠るシイナは、朦朧とした意識の中誰かの気配を感じ声をかけた。
「だ、誰?」
「わしじゃよ。大丈夫、もう少し寝ておれ」
守護柱・リスのラルーはシイナの枕元まで登るとその頬に小さな手を当てた。フフフ、とシイナの笑い声が響いた。
「ん? どうした」
「ううん。つ、冷たくて気持ちいいなぁって」
ラルーは両手をシイナの頬に押し付けると、その火照った体温を紛らわす様に優しく撫でた。
「シイナよ」
「ん?」
「きみは小さい頃から力持ちだったのかの? その腹の虫も昔から?」
ラルーは、呼吸の浅いシイナの返事を待ったがその言葉は無かった。ん?と顔を覗き込むとシイナは規則正しい呼吸を繰り返し、眠りの世界へと向かってしまっていた。
「眠れる獅子は起こさぬ方がいいってかの……」
ラルーは可愛らしい少女の寝顔を見つめた。その表情は決して穏やかではなくシイナの事を恐れている様にも見て取れた。
「大丈夫ですか?」
いつの間にか戻っていたドミノに声をかけられ、ラルーは毛が逆立つほど驚いた。
「お、おぉ、もどったか。今眠った所じゃ。大丈夫」
振り返ったラルーの顔はいつもの優しいラルーの顔だった。
ドミノの傍からシロイトとマロンも心配そうに覗き込んでいる。
「寝てしまいましたか……」
ドミノはお盆に鍋を乗せて部屋に入ってきた。店の店主が教えてくれたカユが完成したのだ。ドミノは、シイナに近づきその寝顔を覗き込んだ。すると、シイナの鼻がヒクヒクと動き匂いを嗅ぎ分けはじめた。
「ん、ん。マロンの匂い。あ、後、ドミノさん。……シロイトと……」
シイナは目を開き起き上がった。
「それと、お、美味しそうな匂い!」
シイナはドミノが手にしていた鍋に目を向けた。
「さすがですね。カユを作ってみました。食べれますか?」
ドミノはお盆をベッド脇の机に置くと、鍋の蓋を開いた。美味しそうな湯気が立ち上がり、卵を垂らしたその表面は黄金色に見えた。
「た、食べます!」
ここ一番のシイナの大きな声に、ドミノに限らずその場にいた全員笑顔になった。ドミノはスプーンをシイナに差し出したが、手に力が入らないシイナはスプーンを布団の上に落としてしまった。
「だ、大丈夫です。食べれます」
シイナは必死にスプーンを掴もうと頑張るが上手に掴むことは難しい。
「貸して下さい。私が」
ドミノはシイナの横に座ると、スプーンを手に出来立てのカユをすくった。それは湯気立ち熱いのは見て分かる。ドミノは何気なくそのオカユに息を吹きかけ冷ましてかららシイナの口元に差し出した。シイナはそんな事された事が無かったのでどうしていいのか分からず、ドミノを見つめた。
「もう熱くないと思います。大丈夫ですよ」
ドミノの笑顔が幼い頃の母の顔に重なった。ぎこちなく開く口にドミノはスプーンに乗ったカユを丁寧に差し込んだ。
「!」
シイナの表情が見る見るうちに明るくなって行く。
「お、美味しい!」
シイナは口いっぱいに広がる美味しさを噛みしめ、再び口を開いた。
今度はさっきよりも大きく。ドミノは笑って、シイナの為にカユを冷まし、次々に口へと運んでいった。時々シロイトが風を送りカユを冷ましたり、シイナより先にマロンがスプーンにかじり付いたりと色々あったが、シイナは鍋一杯のカユを食べ切ってしまった。
「明日の朝用にと思って多めに作っていたのですが……」
「ご、ごちそう様でした。もう大丈夫です。明日は普通のご飯、食べれます」
そう言ったシイナの顔色はとても良く、笑顔で布団に沈んでいくその姿はとても幸せそうだった。
つづく
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