アツイ土地を気ままに歩く ~1人旅はケセラセラ~
こちらの1人旅(2008年6月)の話のつづき。
「きょうは、ハノイ名物“ブンチャー”と“雷魚”を食べる。あとはテキトー」
ベッドで大きく伸びをする。1人旅は縛られない、それがイイ。
小さなホテルで朝食をすませ、スタッフとおしゃべりする。彼女の対応はテキパキしていて気持ちがいい。
通勤ラッシュだろうか。
ハノイ旧市街の中心地、ホアンキエム湖のあたりを散歩していると、おびただしい数のバイク。ほこりっぽい空気が道路から舞い上がる。バイクにまたがる女性の足元を見ると、みんなカラフルなサンダル履きだ。
ぺたんこサンダル可愛い。欲しいな。
湖をくるっとかこむ遊歩道には、ジョギングする人、散歩する人、制服の学生。道路の喧騒さとは一線を画し、のんびりしている。
体をくるりと湖のほうに向けると、朝陽を受けた湖面がサラサラと光っている。
「今日も暑くなりそう」
首すじを触ると、汗がうっすら。すでに30℃近いかもしれない。
バイクがピュンピュン走る道を現地の人についてヒョイヒョイ向こう側に渡り、旧市街の狭い路地へ。
旧市街一帯は歴史を感じさせる建物が多く、保存地域に指定されている。下町のノスタルジックな風景と、ほとばしる生活感。
カゴ&ゴザ通り、銀製品通り、仏像通り、文具通り、布製品通りなど、細い路地は迷路のよう。
混沌のなかに、眩しいくらいの活気がある。近代的な街並みとはまったく違う魅力だ。
歩道では、花売りの女性が黄色やオレンジの花飾りを作っている。長い棒を肩にかつぎ、その前後のカゴに野菜を入れて売りに歩く女性の姿も多い。せっせと働く女性たちはエネルギッシュだ。
男はどこだ?と思い視線を移す。男たちは歩道のあちこちで5~6人ずつ群れをなし、将棋の真っ最中だ。
おっちゃんたち、仕事しないんかい?と後ろから強く念じたけど、伝わる気配は全くない。彼らの目は将棋盤に釘付けだ。
狭い路地をプラプラと歩き、店員さんとおしゃべりをする。現地の人とのこんな触れ合いが好きだ。
ふだんは遠く離れた場所でまったく違う生活を送っているから、出逢うはずもない。でも旅は、旅人の人生の1点と誰かの人生の1点とを繋げてくれる。お互いの人生でほんの少しだけ重なって、小さなスパークが生まれる、という事実。
その奇跡みたいな事実を、心の宝箱にそーっと入れる。ホロホロこぼれ落ちないように、両手で包んで入れる。
♢
“文廟”から出ると、バイクタクシーの運転手につかまった。まわりに何人も寄ってきてしきりに「乗れ乗れ」と言う。商売熱心な彼らに感心しつつ、「自分の足で歩きたいので乗りません」と断った。
ケセラセラな一人旅。急ぐ必要もないし、歩くほうが断然楽しい。
ジリジリ差す太陽を避けるように、木陰を歩く。湿度は80%超で、水のボトルはもうすぐ空っぽだ。じっとりした暑さのなかを、ゆっくりと歩く。
目的地に到着。ハノイ名物“ブンチャー”の老舗、ダック・キムだ。現地の人にも観光客にも人気のお店。
ブンチャー・・・ハノイを代表する料理。素麺のように見えるもちもちとした食感の米粉でできた麺“ブン”を、炭火焼肉、揚げ春巻、大量の香草と一緒に甘酸っぱい汁につけて食べる。
想像以上にローカルな店構えにニヤリとする。清潔かと聞かれたら口ごもってしまうが、庶民的でイイ味を出している。
メニューはブンチャーのみ。狭い店内でプラスチックの椅子に座ると、オーダーをたずねられることもなく、ドン!と運ばれてきたブンチャー。
え?こんなに大量?
驚いて「これ、1人前ですか?」と聞くと、もうその質問は聞き飽きたとばかりに、ウンウンとうなずく店員さん。
つけ汁には、焼肉と肉団子がゴロンゴロンと溢れんばかりに入っている。その横には、いまだかつて見たことがないくらいに盛られた香草。揚げ春巻きまでついている。
量の多さに目を奪われていると、隣に座った西洋人バックパッカーも分かりやすい大袈裟なジェスチャーでその量に驚き、ブンチャーを凝視している。
青パパイヤが入ったヌクマムベースのつけ汁に、麺“ブン”、赤トウガラシ、たっぷりの香草を入れて食べてみる。
ズルズルズル。音を立てて食べると、隣の西洋人がこちらをチラリと見た。あら、失礼。
ちゅるちゅるちゅる。うん、ウマイ!
暑い土地で汗が吹き出すものをワシワシ食べる。すごくイイ。
香草たっぷりバージョン、麺だけバージョン、唐辛子たっぷりバージョンと、1人で色々楽しんでみる。
ちゅるちゅる、ワシワシ、もぐもぐ、完食。おなかいっぱい、満足だ。
♢
人の列をかきわけ“ダック・キム”を出て、街をそぞろ歩く。店先にぶら下がる可愛い布製かばんや、屋台のバインミー(ベトナムサンドイッチ)を眺める。
次はどこに行こうかとポケットに手をつっこむと、手書きのメモが出てきた。今朝ホテルスタッフから教えてもらった、マッサージ店の名前と住所だ。
現地で人気のマッサージ店(観光客向けではなく、現地の人向け)を教えてほしいと頼んだ。ホテルスタッフは「女性向けスパもありますよ」と言ってくれたのだが、マッサージ店で、ともう1度リクエストしていくつかお店を教えてもらった。
そのメモと地図を照らし合わせると、そのうちの1つがこの辺だと分かった。
次はここだな。
そのマッサージ店を目指して歩き出す。店の前に着き、値段を確かめた。
ボディマッサージ70分で7ドル。その安さにちょっぴり不安がよぎるが、ホテルスタッフが人気で安全なお店って言ってたよね。自分を納得させて階段をあがる。受付をすませてマッサージ部屋へ。
薄暗い部屋に通された。照りつける太陽に目が慣れていたので、部屋の様子がよく分からない。
目を凝らすと、広い部屋にズラーっと簡易式のベッドが並んでいるようだ。仕切りはない。縦横のベッドを数えて計算してみると60台近くあり、半分くらいは埋まっている。
安全ですよと言っていたホテルスタッフの顔を思い浮かべ、大丈夫と気合を入れる。
所狭しと並んだベッドの間をスルスル歩くマッサージ師のあとについていった。
彼は1台のベッドの足元で立ち止まり、笑顔で
「ここです。パンツ一枚になってください」と言う。
「分かりました。どこで着替えるんですか?」と聞くと
「ここでお願いします」
― え?ここ?まったく仕切りがないココで?
「暗いから大丈夫。あまり見えませんから」と、わたしの心を見透かしたマッサージ師が言う。
隣のベッドを見ると、わたしより先に店に入った白人男性が、上半身ハダカでこっちをジッと見ているではないか。そう、ここは男女混合のマッサージ室。仕切りも何もないここで、えいやぁっとパンツ一丁にならなくてはいけない。
反対隣を見ると、パンツ一丁の男性が6人ズラリとベッドで寝そべっている。
― ちょ、ちょっと怖くない?お客さん、ほとんど男だし。
小さく頭をブルブルと振り、安全ですよと言っていたホテルスタッフの顔をお守りのように思い出す。意を決し、その場で上半身ハダカになった。
ほかの男性たちと目が合うが、ビクビクしていませんよと精一杯強がった表情でパンツ一枚になる。
幅の狭いベッドにうつぶせになると、下半身にタオルをかけてくれた。上半身の施術が始まった。指圧系マッサージで、全身を隅から隅まで丁寧にしてくれる。
途中何度も眠りそうになるが、パンツ一丁で男性たちに囲まれている状況なので、必死で睡魔を追いやる。
マッサージが終わると心も体も解放された気分になり、パンツ一丁のままベッドに座り、しばらくポーッとする。隣の男性がハダカのわたしをジッと見ていたが、堂々としていれば恥ずかしくないものだ。
丁寧なマッサージが70分間たっぷりで7ドル!と感嘆のため息をつき、店を後にする。ホテルに戻ったら、スタッフにお礼を言わなくちゃ。
外に出ると太陽は相変わらず容赦なく照りつけ、10分も歩くと、暑さと湿気でTシャツはぐしょぐしょになった。
さて、と。
次はどこに行こう。
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