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元気と癒しを届けるつもりが、その10倍くらい癒された

ゴスペルクワイアで歌うことがライフワークの1つ。季節を問わず、イベントやボランティアで歌わせていただくことが多い。

病院が主催する『秋のコンサート』で歌ってほしい、というリクエスト。

入院患者さん、ご家族、病院スタッフの方たちに“ほっこり時間”をお届けする、年に1度のイベントらしい。

コンサート開始まであと5分。

車いすに乗ったご年配の患者さん、長期入院の若い患者さん、ストレッチャー(移動式ベッド)の患者さん、そのご家族。

およそ60名を超える人たちが病院のロビーに集まってくれた。ゴスペルを聴くのは初めての人ばかりだ。

リーダーがゴスペルの由来や歌詞に込められた思いなどを説明し、私たちクワイアが“Amazing Grace”を歌った。ゴスペルといえばコレ、と言われるあの有名曲だ。

“Amazing Grace”を歌い終えたあと、患者さんの表情が固いことに気づいたリーダー。なにか思いついたらしく、こう言った。

「ゴスペルはまたあとで歌わせてもらうんで、みなさんも一緒に歌いましょうか。ギター持ってきてるんですよ」

とギターを準備する。

「ステージ側にいるぼくらと、客席側にいるみなさん。ここには何の境界もありません。みんなが歌える空間に一緒にいる、それだけです」

と言って、歌詞を印刷した紙を全員に配った。

そのセットリストはこちら。

・赤とんぼ
・翼をください
・上を向いて歩こう

これらの曲は、患者さんがひとときでも病気のことを忘れて、気持ちが軽くなって楽しめれば、との思いでリーダーが選んだもの。もちろん、クワイアメンバーはあらかじめ練習した。

最初は表情が固かった患者さんたち。“赤とんぼ”のイントロがギターから聞こえてくると、口ずさんでくれた。歌詞を見ずに、クワイアを見ながら一緒に声を重ねてくれる人もいる。

嬉しくなった私たち。患者さんの近くに行き、腰を落とし、同じ目線で歌う。はずかしそうにしながらも、患者さんが微笑んでくれた。

鼻の奥がツーンとなる。じんわりとした何かが心に沁みていく。こういう感情は言葉でなんて表現すればいいんだろう。

“翼をください”を歌いながら、メロディに合わせて体を横にゆらし、一緒にリズムにのる。

歌うことで患者さんたちの心がほぐれていくのが分かる。目に輝きがある。口元が優しくほころんでいる。

《認知症の患者さんは、自分が若いときによく聴いていた曲を耳にすると、そのころの記憶が鮮やかによみがえり目を輝かせる》、となにかの本で読んだことがある。

音楽はやっぱり人の心に寄り添ってくれるんだ。

患者さんとご家族から手拍子が起こったのは、“上を向いて歩こう”のイントロが流れたとき。

こざっぱりした笑顔で、だけど、目の端に涙をためて歌っている患者さんたち。そんな患者さんに視線をおくるご家族。

その様子に癒されたのは私だけではない。クワイアメンバー全員だ。

音楽はやっぱりチカラをもっている。

会場がやわらかい一体感に包まれたあと、クワイアメンバーでゴスペルを3曲歌った。そのうちの1曲が、“天使にラブソングを”の映画で有名になった“Oh Happy Day”だ。

リーダーが歌詞の内容を日本語で説明し、サビの部分は会場にいるみんなで歌った。

ステージと客席の近さが生みだす心の交流。患者さんやご家族とアイコンタクトをとり、ほほ笑みながら声を合わせる。

にこやかで、でも泣きそうな、何ともいえない表情で歌う患者さんたち。涙を浮かべながらも目元は笑っているご家族。

コンサートが終わったあと、患者さんのご家族代表の方から、もったいないくらいのありがたい言葉をいただいた。

明るい気持ちと癒しを届けるつもりで歌ったが、癒されたのは私たちだった。

病気に立ち向かう姿に元気をもらい、患者さんやご家族の笑顔にあったかい気持ちが込みあげた。

あと100回くらい、「ありがとうございます」と言いたかったな。

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