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遠い土地から思う「地元ネットワーク」

いちばんの親友は中学時代の同級生。もう40年以上の付き合いになる。

高校も大学も別々。そのあとの進路もバラバラ。わたしは卒業と同時に家を出て別の土地で暮らしたが、彼女はずっと地元で生活し、地元の人と結婚し、いまでも地元に住んでいる。

中学で1度同じクラスになっただけの彼女とは、不思議とウマが合う。

進路が別々になってからもちょくちょく会い続け、近況報告を欠かすことはなかった。

その関係はお互い結婚してからも変わらず、いまでも家族ぐるみで付き合っている。500キロも離れた土地に住んでいるが、折に触れて家族で会い、お互いの子どもたちの成長を見守ってきた。

彼女は、わたしのことをなんでも知っている。

ややこしかった家庭環境も、これまでの男の遍歴も、オットへの愚痴も。子どもがひきこもりになった経緯も、いまだに捨てきれずにもっているわたしの将来の夢も。

オットと大揉めして「もうやってらんないわ!!」と思って家出の支度をはじめたとき、まっさきに「ねぇ、聞いてくんない?」と彼女に電話をかけた。子どもがひきこもりになりわたしが途方に暮れていたとき、しんどい思いを根気よく聞いてくれたのも彼女だった。

ほんとうにありがたい存在。

彼女も彼女で、これまでの人生でいろんなターニングポイントがあり、そのたびに悩み、もがき、苦しんできた。

そりゃあいろいろあるよね。生きてたら。

その「いろいろ」は傍から見たらまったく分からない。だから、悩みを抱えているのは自分だけで、まわりの人はすごく幸せそうに見えたりするんだけど、実はそうじゃない。

みんななにがしかの問題を抱えて生きている。ただ、公言していないだけ。

親が亡くなり、実家自体が地元から無くなった。それでも年に1、2回は地元に帰る。そのたびに彼女の家に泊まらせてもらい、彼女の家族と一緒にご飯を食べ、お布団を並べて一緒に寝る。

毎度のことながら、ほんとうに感謝している。

ずっと地元に根差して生きている彼女がもつ地元ネットワークは、とても強固だ。わたしが「そっちに帰るよー」と連絡すると、中学のときの同級生をあっという間に集めてくれる。

地元は関東の片田舎。半分以上の同級生は、就職の時期に新天地を求め、地元から離れていった。わたしもその1人。家庭環境の問題があったので早く親の家から出たかったし、若いころは地元が好きになれなかった。

田舎特有の、粘着性の強いネットワーク。どんな小さなことでも筒抜けになってしまう環境。そんな近い距離感や暑苦しい関係性が苦手だった。

もっとアッサリした人間関係を求め、地元を離れた。

それなのに、地元との繋がりが強い彼女を見ていると、ときにうらやましく思うのだ。

髪を切ってもらうのは美容師になった同級生。
ラーメンを食べるときは脱サラした先輩のラーメン屋さん。
介護の相談は同級生の介護福祉士。
通っている歯医者さんは、中学時代の先輩。
市役所に行けば、窓口職員には同級生。

そんな話を聞くたびに、地元に残っている人やUターン就職も案外多いことに気づく。

職場の人に知り合いを紹介してもらったら、高校のときの先輩だった、中学の同級生の兄弟だった。そんなケースも珍しくないらしい。そうやって、地元ネットワークはどんどん広がっていく。

わたしが地元に帰ると彼女が必ず連れて行ってくれるのも、中学の同級生夫婦がやっている焼き鳥屋さん。

そこに、彼女が声をかけてくれた同級生が男女問わず次々と集まり、プチ同窓会のようになる。みんなは度々こんなふうに集まっているらしく、

「このあいだの話、大丈夫そうだわ。いい先生紹介してくれて助かったよ」
「うちの息子がついに彼女を家に連れてきてさ、緊張したわ」
「このあいだもらった玉ねぎ、甘くておいしかった。今年の畑、去年よりも出来がいいみたいだね」

などと、先日の話の続きを地元の方言を交えてしている。

その場でわたしはしばらく「よそもの」感覚になる(地元を離れて30年以上経つのだから、よそものには違いない)のだけど、こういう地元ネットワークもあったかくてイイものだな、と思うようになった。

同級生がやっている飲食店に定期的にみんなで行ったり、自分たちの子ども同士が通っている学校で一緒にPTA活動をしたり。

こんなふうにプチ同窓会もたびたび開いているらしい。当時の担任の先生にも声をかけて。

とにかく濃密なネットワーク。

こういった暑苦しい関係が苦手で地元から離れたはずなのに、ここまで地元に密着したつながりを見ていると、これもまたいいなと思う。

年齢を重ねたからそう思うのか、それとも、別の土地に生活の基盤があって「よそもの」枠でたまに参加するだけだからそう思うのか。それは分からないけれど。

同級生と一緒に年を重ねていく感じ。その横のつながりがなんだかいい。

焼き鳥屋さんでの飲み会が終わり、二次会は同級生がママをしているスナックへ。これもお決まりのコース。

「ママ」をしているだけあって、いつまで経っても美人の同級生(中学のころから美人だった)。

みんなでカラオケを歌ったり、酔っぱらいながらワイワイおしゃべりしていると、数人の常連さんがやってきた。

それもまた同じ中学の先輩で「このあいだはありがとうなー」なんて、わたしたちのうちの誰かに声をかける。あっというまに話の輪に入り、地元ネタでさらに盛り上がっていく。

ほらね、やっぱり。
地元ネットワークは、かくも濃いものなのだ。

「よそもの」になってしまったわたしはなんだか落ち着かなくて、地元でずっと暮らす自分を想像してみたりする。

いや、違うな。

遠い土地からふと思い出す。わたしにとってはそれくらいがちょうどいいみたい、地元は。

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今回のお話は、わたしが密かに憧れている「世界の普通から」さんのnoteにインスパイアされて書きました。

このnoteに書かれている「優越感と劣等感」、分かるわぁと共感し、わたしが地元ネットワークについて思うことを書いてみました。

「世界の普通から」さんは、ヨーロッパ・中東・アジアに移住しながら生きる会社員(プロフより)。俯瞰的な視点で物事を考察するnoteを多く書かれていて、いつも刺激を受けています。

熱き思いを「冷静さ」に包んで表現している、そんな印象の「世界の普通から」さんのnote、超おすすめですよ。










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