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「字幕翻訳のキモは、日本語をどれだけ知っているか」--- 映画字幕翻訳家:戸田奈津子氏の講演を聞いて [Part 2]

戸田奈津子」と聞いてピンときた人は、おそらく洋画好きだ。

87歳になった今もなお、現役の字幕翻訳家である戸田奈津子先生。分野は違えど、特許翻訳者のわたしにとって憧れの存在だ。

先日、戸田奈津子先生の講演会に参加する機会があったので(ホントにありがたい)、そのときの話をシェアしようと思う。Part 1はコチラ。


戸田先生が洋画と出会ったのは、戦争が終わったばかりのころ。当時小学生だった戸田先生は、米軍が見せてくれた洋画に強烈なカルチャーショックを受けた。

すっかり洋画に魅せられ、洋画に恋をした戸田先生は、それ以降ズブズブと洋画にハマっていく。

中学時代から1人で映画館に行くようになり、大学時代もずっと映画館に通いつめた。昭和の映画館には、ロードショー上映が終わった作品を3本立てで流す「名画座」があったが、そこで1日3本洋画を見て過ごす日も多かったらしい。

「とにかく映画漬けの人生ですから、私は」

「洋画は大好きだったけど、決して英語が好きだったわけじゃないの。英語に興味をもったキッカケは洋画。洋画の中の人が話しているあの言葉はなんだろう?それが英語との出会い」

洋画に恋をした戸田先生は洋画のことをもっともっと知りたくて、英語の勉強を始めたという。

大学卒業後は秘書として働くが、会社勤めが合わず「好きなことを仕事にしたい」と思い、1年半で退社。

「自分の1番好きなものは映画、それは分かっていた。でも、映画だけで仕事をしようと思うと難しい。じゃあ2番目に好きなものは何?と考えたら英語だったんです」

「映画と英語を組み合わせた仕事をすればいいんだ!と」

学生時代に映画ばかり見ていた戸田先生は、洋画の最後に必ず出てくる「字幕翻訳」というのを思い出した。

「あぁ、これだ!と思いましたね」

字幕翻訳をやりたいと思った戸田先生。

1950年代後半に、洋画の最後に必ず出てくる清水俊二氏に字幕翻訳をやりたいと手紙を出し、会いに行った。しかし「字幕翻訳は難しい世界だから」と言われ、断られてしまう。

「当時の字幕翻訳は男社会でした。公開される洋画の翻訳は、全て男性がしていましたね」

断られても字幕翻訳者の夢をあきらめきれず、清水氏に手紙を書き続けたという。30代はじめのころ、清水氏からようやく映画会社を紹介してもらい、そこで翻訳のアルバイトをするようになる。しかし、仕事は字幕翻訳ではなく、アメリカ本社への手紙を訳したり、新作のストーリーを訳すようなものだった。

「字幕翻訳はプロの人がいるから、と全くやらせてもらえませんでした」

そんなとき、その映画会社で、来日する海外映画プロデューサーの通訳ができる人を探していた。通訳をやってもらいたい、と突然頼まれた戸田先生。

「私はそれまで1度も海外に行ったことがないし、英会話もろくにしたことがなかった。それなのに、初めての通訳が記者会見だなんて。あの通訳は本当にひどい出来でしたよ。当時その映画会社では、映画をよく分かっていて英語の知識のある人を探していたんです。私は学生の頃から映画ばかり見ていたので、映画のことはよく分かっていたし、仕事で英文レターを書いていたので、英語ができる人と思われてたみたいで」

それ以降、数々の映画スターの通訳としても活躍した戸田先生。ハリウッドスターたちからの信頼は厚かったが、昨年、86歳になったときに通訳からの引退を表明した。

初めて字幕を翻訳した映画は「野生の少年」。その後「小さな約束」などの字幕翻訳を担当し、下積みをしていた。

1976年、「地獄の黙示録」を撮影中のフランシス・コッポラ監督が来日。そのときに通訳やガイドをしたのが戸田先生。その縁で、コッポラ監督の推薦により「地獄の黙示録」の字幕翻訳を担当することになったという。

「運命的な出会いでしたね。私はそのとき40代はじめでした。それまでは字幕翻訳をやりたい、でもやらせてもらえない、そんなウェイティングの時期が長かった。字幕翻訳をやりたいと思ってから20年経っていました」

「だから今の若い人たちに『好きなことを早くあきらめちゃダメよ』と言うんです。1、2年であきらめるなんて早すぎるわよ、ってね。覚悟を決めて、ゴールを決めて、チャレンジして、機会を待つのよ、って」

いま、劇場で公開される映画の字幕翻訳を担当している翻訳者は、何人いるかご存じだろうか。

戸田先生の話によると、劇場映画の字幕翻訳だけを専門にしている翻訳者は10人もいないという。

「映画の字幕翻訳だけで食べていける人は10人未満。それで十分まかなえる規模の市場。ストリーム配信の映画は別ですよ。マーケットが違うから。劇場映画の字幕翻訳者は狭き門です。やりたい人はたくさんいらっしゃるから」

戸田先生のような字幕翻訳者になりたい、どうしたらなれますか?というような問い合わせが、戸田先生のところには多数寄せられるという。なかには、わたしは帰国子女だから英語はペラペラで、なんの問題もなく英語を流ちょうに操れます、というような方からの問い合わせもあるらしい。

「映画の字幕翻訳を志望する方たちに、必ずこう言うんです」

映画の字幕翻訳をしたいのなら、英語はできてあたりまえです。それよりも日本語がどれだけできるかが重要ですよ、って」

「字幕翻訳は、英語の一言一句を日本語に訳すわけではありません。いろんなルールがあって、それに沿って日本語に訳しています。英語のセリフをどんな日本語にするのか。それが1番の悩みどころ」

「私が実際に字幕の翻訳をするとき、8割は日本語のことを考えています。英語のことを考えているのは2割しかない。字幕翻訳者にとって大事なのは日本語をどれだけ知っているか、なんです」

以前わたしは、映画字幕翻訳のワークショップを受けたことがあったので、戸田先生の話を聞き、やっぱりそうなのかと納得した。

「まぁ言ってみれば、字幕は必要悪。字幕が主役になったら絶対にダメなの。お客さんは映画を見たくて映画館に行くんです。字幕を読みに来てるわけじゃない。だからこそ、映画のストーリーを邪魔しない、映画に没入できるような日本語に訳さなくちゃいけない。英語よりも、日本語の能力がどれだけあるのか、それが字幕翻訳者には大切なんです」

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この講演会では翻訳の世界の話のほか、戸田先生と長く交流のあるハリウッドスター、トム・クルーズとのエピソードも盛り込まれ、大変楽しく、有益な時間を過ごすことができた。

先人の方たち、著名な方たち、ある分野で何か偉業を成し遂げた方たちの話を聞くのは、とても勉強になり、刺激がもらえますね。

講演会などの機会があれば、また先人たちや偉人たちの話を聞いてみたいなと思いました。





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