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【読書雑記】大江健三郎『死者の奢り』

『死者の奢り』は、東大新聞で賞をとった『奇妙な仕事』をさらに分かりやすくそして意識的に特殊な題材としているように思える

都市伝説の元ネタとなったなんてどっかに書いてあったが、死体を処理するバイト、というありそうでない仕事をする主人公のお話

死人と人間、絶望と希望、戦争と平和、など二つの世界が語られているが、主人公は、極めて死人に近く、生に対して希望を持たない

同じバイトをする女が妊娠していようと「僕にはどんな関係も持たない」ほどに

当時の大江自身の言葉が印象的だ

監禁されている状態、閉ざされた壁の中に生きる状態を考えることが、一貫した僕の主題でした

「壁」が村上春樹の近著を思い出させなくもないが、当時も今も不安に駆られる若者(僕のようなオジサンも)にとって、インパクトを与える作品でいられるのは、こうした普遍的な主題を解像度高く描けているからであろう

大江健三郎の初期作品はこういった読みやすさもあって、おすすめしやすい作品である


閑話休題

大江健三郎が3月に亡くなったとき、声を出して驚いた
石原慎太郎もいなくなり、大江健三郎がいない今、政治的なことを考えるための支柱が僕の中でなくなってしまったように感じる
(坂本龍一にも同じく時代の節目を勝手に感じている)

過去の作家に思いを巡らせるのもとても素敵なことだけど、同時代の作家の問題を自分なりに受け止めることができることも素敵なことだ

石原慎太郎の東京都知事時代の記者会見がとてもスリリングであったと同時に、僕としては、同時代を生きることのできたリベラルの代表として、大江健三郎の存在があって複雑な問題を自分なりに受け止めることができた。

読書量が少ない僕は、もう数えるほどしか現役の作家を追えていない。その意味で大江健三郎は大きな存在なように思う

唯一直接にサインをもらった作家も大江健三郎だった


戦争の影も色濃く感じられる作品で、主人公が最も深く対話する相手は兵隊である

しかしその兵隊は死体であって、物のように論理的に存在を伝えてくる

君は戦争の頃、まだ子供だったんだろう?

そう語りかけてくる死体に対して、戦争が終わるという希望の氾濫の中で死にそうだったと、主人公は考える

生きてる人間とのやりとりも「困難」で「徒労」がつきまとう

どこにいっても「壁の中」に感じる「生」は粘液的でまとわりついて息苦しい

四国の森のサーガへ変奏されていくだろう閉じられた空間には、救いはなく、物語そのものも不意に徒労のような終わりを迎える

徒労といってもやれやれと言えるようなふわふわとした軽さはなく、重くのしかかるような閉塞感

そして、この閉塞感こそが純文学らしい陰鬱な気持ちにさせてくれる


大江健三郎が生きていた頃に読むことと亡くなった後に読む行為は少し異なるかもしれない

作家という背景を探るのは、あまり好ましくない読み方なのかもしれないが、応答のない亡くなられた作家に思いを馳せるのも悪くはないだろう

神や死者との対話は人にとって大事な儀式のはず

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