『夕焼けパラレル団地城』試し読み
こんにちは。両目洞窟人間です。
文学フリマ大阪12で発表し、現在boothの両目洞窟人間ページにて販売中の中編小説『夕焼けパラレル団地城』ってのがあるんですけど「買ってくれ買ってくれ読んでくれ読んでくれ」って言う割には、試し読みのページを作ってなかったことに気が付きまして、この度、「第一章 たまたまニュータウン」から「第二章 ミス・パラレルワールド」の中盤まで公開することにしました。(ちょっと前まで第一章だけ公開していたけども、ここまでじゃ、なんのことかわからないので、もうちょっと更に公開することにしました)
起承転結の承まで、その承も上下でいう上のくらいまでです。
よければぜひぜひです。
夕焼けパラレル団地城
第一章 たまたまニュータウン
世界が壊れそうな夕焼けだった。壊れてしまえばいいと思った。
私は長い長い長い坂を登っていた。比喩とかじゃなくて本当に長い坂。私はとぼとぼ歩きながら「わたしもうやめたー世界征服やめたー」って相対性理論の『バーモント・キス』を歌う。私が9歳の時に発売された曲。2000年生まれは、計算がめっちゃ楽。相対性理論は新しいアルバムを2016年から出していない。ボーカルのやくしまるえつこは今、何をしてるんだろう。
相対性理論の現状最後のアルバムが出た頃は、私も希望に満ちていたけども、今じゃぐずぐずだなー。
私は今年24歳になるのに、仕事もしてないし、躁鬱だし、顔も個性的だと言われてめっちゃ辛くて、ううう…と頭の中で唸る。
長い坂の真ん中には、公園と潰れた診療所がある。診療所は影がかかり、どんよりとした雰囲気を漂わせてる。
診療所の前を横切っている時にふと見ると、いつも閉まっているはずの扉が開いている。扉の向こうは夕方なのに光が届いていない濃い暗闇がそこにあって、見ているとなんか飲み込まれそうで嫌だなと思う。
その暗闇にボールが飛んでいく。
「お姉さん!ボール取って!」
甲高い子供の声が耳に刺さった。
*****
「コンカフェ?それなんなの、アヤメちゃん」お母さんはそう言いながら、よく焼いた食パンにいちごジャムを塗っている。
リビングのデジタル時計は2024年4月24日(水)10時23分と表示中。私たちは遅い朝食を取っている。
「コンセプトカフェのこと」私も食パンにいちごジャムを塗りながら答える。
「スタバみたいなの?」
「そういうのじゃなくて、メイド喫茶みたいなやつ」
「アヤメちゃん、メイド喫茶に応募したの?」
「メイド喫茶じゃないけども、近いものには・・・」
「そうなんだ。アヤメちゃん、大丈夫?ちゃんとお薬は飲んでる?躁、出てない?」
「飲んでるし、躁出てないよ。薬は飲まないとしんどくなるし」
「それならいいけども……。にしても、なかなか治らないわね、躁鬱」お母さんは食パンをかじりながら言う。
「まあ、躁鬱というか双極は一生もんだから……」私は食パンをかじり、しばらくもぐもぐして黙っている。
「そのコンカフェ?ってどこにあるの?」
「電気街」
「あ、じゃあ電気街に行くんだったら、カセットテープ買ってきてくれない?」
「カセットテープ?今どき売ってるの?」
「売ってるのよ。ほら」とお母さんはスマホを見せてくる。カセットテープ専門店のSNSのアカウントだった。
「マイ・ブラッディ・バレンタインってバンドの『loveless』ってアルバムのカセットを買ってきてくれない?」
「いいけど、サブスクで聞けるのに、なんで買うの」
「『loveless』って名盤なのよ~。カセットのもこもこした音であのサウンドが聞きたいのよね~。それに本当に大好きなのよ。大好きなものがそばにあったら幸せじゃない?」とお母さんが言って、私は「まあ、そうかも」と返す。
お母さんはコーンスープをスプーンでかき混ぜながら「そういえば、バイトの面接は何時からなの?」と聞く。
「篠宮アヤメさん、23歳。……童顔だし、20歳でいけるか。髪は黒髪ロングで、その眼鏡は伊達?」コンカフェの店長はそう言った。
「あ、ちゃんと近視です」
「じゃあ、眼鏡キャラと……普段からそういう服装とメイク?」店長は書類に書き込んでいく。
自分の服を見る。Tシャツとパーカーとジーパン。
「あ、はい」
「全体的に垢抜けてない、と……」店長は書類に書き込みを続ける。失礼なことを言われている気がするけども「へへへ」とへらへらして、相手の態度も自分の気持ちもごまかしてる。
緊張してるから視線が定まらなくて、ついあちこち見てしまう。店内は全てがピンクで、スピーカーからアニソンが流れていて、猫耳をつけた可愛い女の子たちが開店の準備をしている。
めっちゃかわいいなー。あんな風に凄く可愛かったら、私の人生は違ってたのかな。絶対違ってた気がするな。
店長をちらっと見る。アロハシャツでぽっちゃりした男性。けども目が鋭くて怖い。目が合うと怒られている気がして、つい視線を下ろしてテーブルを見てしまう。
「アヤメさん。わかってると思いますが、うちのコンセプトは〝喋る猫〟です。キャストになったら、語尾は全部〝にゃ〟。これは絶対。で、キャストには猫耳をつけて貰います。はいこれ」店長は私に猫耳のカチューシャを渡す。
私はそれを鑑定するかのように触り見る。外側が黒で内側が灰色のもふもふの耳。そのもふもふをつい触ってしまう。
「とりあえずつけてみよっか。一回見てみたいし」
めっちゃ恥ずかしいやんか。
でも店長の鋭い目を見る限り、断れる雰囲気じゃないので、私はおずおずと猫耳をつける。
店長は腕を組んで、うんうん、なるほどねーみたいな雰囲気で頷く。
あー。くそみたいに駄目なんじゃないだろうか。
「いいね」
店長にそう言われて、私はえ、いいの?と嬉しくなる。
「ほら、自分で見てごらん」店長はそう言って、私に小さな鏡を渡す。
鏡で自分の姿を見た瞬間に、一気に気分が落ちる。猫耳をつけた私は全然良くないなと思う。
全然可愛くない。あそこで動き回ってる猫耳をつけた女の子たちと比べて私は全然可愛くない。
「個性的な顔によく似合ってるよ。君みたいな子を好きな人もいるし、店には色んな子を揃えておくのが大事だからね」
個性的な顔。
私はさらっと酷いことを言われた気がするけども「へへへ……」とまたへらへらして自己嫌悪が強まっていく。
「じゃあね。にゃーんにゃんって言ってみようか」
「え。にゃーんにゃんですか」
「ご主人様、にゃーんにゃんって挨拶するのが基本だから。ほら」
「……ご主人様、にゃーんにゃん」
「違う。声が小さい。ご主人様、にゃーんにゃんって」
「ご主人様、にゃーんにゃん」
「違う。もっと、心の底から甘える感じで。ご主人様、にゃーんにゃん。はい」
「ご主人様、にゃーんにゃん」
「違う」
コンカフェのバイトは辞退した。
私は猫耳をつけながら「やっぱ無理です……」と泣いて言った。そんなやつは初めてだったかもしれない。
私は私を試してみたかったのだ。どこまでいけるのかと。けども、どこにも行けず、それどころか試運転で事故ってしまった。
また駄目だった、ううう…と唸りながら、街をふらふらと歩く。
面接の後、電気街を横断して、路地裏にある雑居ビルに入る。
エレベーターはなく、薄い灰色の階段を3階上ればそのカセットテープ屋はあった。
あまり広くなくて薄暗いその店には、カセットがずらずらずら~と並んでいた。
そして店内には「音楽好きでっせ、なんならカセットテープで聞くくらい好きでっせ」って感じの若者と中年がちらほらいる。
その中をかき分けて、戸惑いながら探し続けて、やっとマイ・ブラッティ・バレンタインの『loveless』を見つける。赤くてギターがぼんやり見えているジャケット。
カセットなのに3500円くらいした。高いっ。
どんなアルバムなんだろう。今度、聞いてみようかなと思うけども、この気持ちは忘れちゃう気がする。
私はショルダーバッグにカセットテープを入れた。
地元の駅に降りて、駅前のコンビニに入る。
お金無いけども、今日は頑張ったし、午後の紅茶を飲むぞ。自分へのご褒美だ!
冷たいドリンク棚から、午後の紅茶のミルクティーを取って、レジに向かうと留学生とおぼしき店員さんが働いている。
「ドウゾ~」
名札を見るとファンと書いてある。
「アリガトウゴザイマシタ~」ファンさんは笑顔を私に向ける。嘘がないような眩しい笑顔でなんか申し訳ない気持ちになる。
ドアに向かっていると、他の店員が「ファンさん、こういう宅急便ってどうするの?」って言ってるのが聞こえる。ファンさんは駆け寄って「アア、コレネ、ヤットクカラ、レジ、オネガイ」と言った。
ファンさん、めっちゃ有能なんだ。
私もコンビニでバイトしたことあるけども、全然だめだったことを途端に思い出して「うわあああ!!」と脳内で叫ぶ。
笑顔をつくれない、声も小さい、宅急便の業務とかミスりまくり。
店長が私を叱る声が頭に響き渡って最悪。
私はどのバイトも駄目だったな。コンビニ、単発、派遣、タイミー。どれも全然駄目だった。私は要領悪くてミスばかりする。その上、躁鬱で体力がなくてすぐにダウン。
そして働いていると「自分」がすーっと消えていく感覚があって、それに耐えられなくなる。自分殺すのが仕事だとはわかってるんだけども……。
コンカフェに応募したのは、そんな自分でも何かできるものがあるんじゃないかって思ったのだ。今年24歳になる私がどこまでいけるか試してみたかった。
何にも上手くいかない。どうせ状況がどん詰まりなら、極端なことをしたかったのだ。
0から100を作りたかったのだ。
でも駄目だった。始まる前につまずいた。
本当はちゃんとした仕事にもつきたい。でも躁鬱を持ってて、留年してて、謎の空白期間がある私を受け入れてくれる会社なんてあるんだろうか。
もしかしたらあるんだろうけども、見つけ方がわからない。
なんか自分だけ同じ所をぐるぐる回ってる気分だ!
私はため息をつきながら、坂を見上げる。
長い長い坂の先に私の住んでる団地「坂の上ニュータウン」がある。
そこの7棟の501が私の家。
駅前のロータリーには長い坂を上がるバスを待ってる人の行列。私はバスに乗らず、坂を上り始める。とぼとぼと歩きたい気分だった。
私は歌い始める。
「わたしもうやめたー世界征服やめたー今日のごはん考えるのでせいいっぱい」
*****
「お姉さん!ボール取って!」
甲高い子供の声が耳に響いて痛い。
声がする方を見ると、公園に小学生くらいの3人の子供がいる。子供達は診療所を指さして「ボール!」「ボール!」「ボール!」と叫ぶ。私は「自分で取りに行ったらええやん」と思うけども、それは言い出せず、子供に向かって「あ、はい」と言う。
子供相手にも強く出ることができない。
診療所を見ると重たい雰囲気が漂っていて、入るの本当に嫌だなと思う。
「ボール!」「ボール!」「ボール!」子供達が甲高く叫ぶのが耳に響く。
ううう…取りに行くから叫ばないで……。
扉の向こうは夕方なのに真っ暗なので、私はiPhoneのライトをつけて入っていく。割れたガラスが床に散乱していて踏む度にじゃりじゃりと音がする。壁には「定期的な健康診断をうけよう!」と書かれたポスター。もう潰れて結構時間が経っているはずなのに、消毒液の匂いがする。あちこちにライトを向けて、ボールを探す。
白い球体が見える。ボールは診察室の方に転がっている。診察室には高そうな機械がそのまま残っている。ここはより一層消毒液の匂いが強くて、おえってなる。
かがんでボールを拾おうとすると、突然iPhoneのライトが点滅し始める。
わっ、なになになに、やだ、こんなところでバグんな!
叩いても仕方ないとは思いつつ、iPhoneを何度か叩く。
そしたらライトが完全に消える。それどころかiPhone自体がつかない。
え!わ!うそ!やだやだやだ!!
完璧な暗闇が私の周りにあって、何にも見えない。目を閉じても、目を開けても同じ暗闇。自分の息づかいだけが聞こえる。早くここから逃げたい。
すると、どこからか、ごおおおおおおおおお!!と低い音が響き渡る。その音はどんどん大きくなり、私は耳をふさぐ。
地面も揺れ始める。
地震!?でも地震ってこんな音鳴り響くっけ?
その揺れはどんどん大きくなって、周りの物ががしゃがしゃがしゃと揺れ鳴り始める。
私は怖くて、ううう!と唸りながらしゃがみ込む。
怖い。嫌だ。助けて。
突然、揺れが止まり、音が消える。
自分の息が大きく聞こえるほど、静まりかえっている。
iPhoneのライトがじんわりと再び点灯した。
あ、よかった。助かった。早くここから逃げなきゃ。
私は床に転がっているボールを手にとって、診療所の外に慌てて出る。
夕陽が眩しくて、視界が一瞬潰れて、段々と目が慣れてくると、公園に子供達は一人もいない。
さっきまであんなに「ボール!ボール!ボール!」とうるさかったのに。
私は公園までとぼとぼと歩き「やられてるじゃん……」と呟く。
なんだよ!まじで!!とキレそうになって、ボールを投げそうになる、けども、私は投げきる勇気すらなくて、結局、砂場にボールをそっと置く。
夕闇が広がっている。どす赤くてどこか不穏だ。iPhoneの時計を見るともう18時。今日は何にもいいことがなかったな。
坂をまた上り始める。
坂を上るのはしんどくて、やっぱバスに乗っておけばよかった。
坂を上り切ると、団地が一切ない。坂の上ニュータウンが一切ない。
ただっぴろい、何もない場所が広がっている!
私は呆然としてしまって、ちょっとどうしたらいいかわからないから、午後の紅茶を飲む。糖分を摂取すると頭がちょっと冴えて、改めて状況が認識出来た。
やっぱり団地が消えている。
わけがわかんなくて「えええ……」と頭を抱えて、一旦お母さんに電話をかけようと思う。
すると電話ができない。圏外になってる。なんで。もしかして、格安simだから?
遠くの方で光が見える。
そちらに近づいていくと、坂の上ニュータウンの公園だったところに、コンビニがある。コンビニは煌々と白く光っている。店の上には緑と青の線が印象的な看板。でもよく見ると店名が違う。
『ファンズマート』と書かれている。
私はおそるおそる、そのコンビニに近づく。自動ドアが開き、聞き覚えのある入店音が鳴る。
「イラッシャイマセ~」レジにいる店員の顔を見ると、さっき坂の下の駅前コンビニにいたはずのファンさんだった。
「え?ファンさん?」思わずファンさんと名前呼びしてしまう。
「ソウデス。店長ノ、ファンデス。何カ御用デスカ?」ファンさんが店長?留学生のアルバイトじゃなくて?ううん?
「あの、ここに団地ってなかったですか?」私はそう聞きながら変な質問をしていると思う。
「団地……団地ハ、ココニハ、アリマセンヨ」
「え?」団地が無い。どういうこと?
「団地ナラ、坂ノ下ニ、デッカイノ、アリマスヨ」
坂の下に行くと、確かにでっかい団地があった。
いや、めちゃくちゃ大きすぎた。
坂の真ん中くらいからでもそれは見えて、そこからでも十分すぎるほど大きかった。
それは巨大で複雑な構造だった。多くの団地が連結していて、まるで団地から団地が生えているみたいだった。
数え切れないほどのベランダと数え切れないほどのエアコンの室外機。
夜の中で、無数の部屋が光っていた。
どこかからカレーの匂いがした。
近づくと、大量すぎる自転車とバイクが停められている駐輪場。
そのそばには、大量の蛍光灯で白く照らされた巨大な入り口。入ると、これまた巨大で、それ自体が迷路のような郵便ポストの群れがあった。
天井には「第1街区 南エリア 1棟~10棟」と大きく書かれている。
私は物量に圧倒されている。こんなの見たことない。
郵便ポストを見ると「01101 岡部トオル」「01102 宮本カオル」「01103 長谷川タカシ」と書かれている。
ここはやっぱり団地で、ちゃんと人が住んでいるってこと?その郵便ポストを眺めていく。この頭二つの01ってのは1棟ってことなんだろうか?
私はふと7棟501は誰が住んでいるんだろうと思う。長く複雑な郵便ポストを辿っていき、そして見つける。
「07501」の郵便ポスト。
そこには「篠宮アヤメ」と私の名前が書いてある。
巨大な団地の中も案の定、迷路のようだった。
廊下は長く複雑。あちらこちらに通路が生えていて、どこに向かえばいいかわからない。壁にはペンキで案内が書かれている。
「5~10棟はこちら→」
それを見ながら恐る恐る歩いて行く。白い床、白い壁、蛍光灯の白い光。時折、切れかかっている蛍光灯はびかびかびかと点滅していて不穏。
等間隔で水色の扉がある。いかにも団地の扉。その向こうは住居のはずなんだけども、時折、どうやらそうじゃないのもある。
店や会社、飲食店や工場が何故かそこに入っている。
家を居酒屋に改造したのが沢山集まっている廊下に出た。人が集まってがやがやしている。そこの通り抜けて「←6~8棟はこちら 9~10はこちら→」のペンキを見かけて、左折すると、そこは工場が集まっている。何かを作る音、何かを削る音、何かがプレスされる音が響いている。まっすぐ歩いていると、どこからかニンニクと油の匂いがした。開けっ放しのドアの向こうに上半身裸にエプロンをつけた細いおじさんが、包丁を持って立っていて私を睨んだ。慌てて逃げると、紫の照明の廊下に出てしまう。いくつかのまぶしいネオン看板があって、その前には身体のラインが出るような服を着た女性たちが立っている。ココナッツの甘い匂いがする。どうやらいかがわしい店のようだった。手前にいた女性が私にウインクをして手を振る。私は怖くなって慌てて逃げた。
どこからか、銃声のようなものも聞こえた気がする。けれども誰も外に出てこなかった。
何十分歩いただろう。既にめちゃくちゃ疲れていた。持っていた午後の紅茶を飲み干した。
ようやく「7棟501」にたどり着いた。水色の錆びた扉。表札には「07501 篠宮アヤメ」と書かれていた。私と同じ名前の人。でも全然関係ないかもしれない。というかその可能性しかない。
けども、こんなわけのわからない場所で、誰に頼ればいいかわからないし、一旦誰でもいいから話を聞きたい。
私は深呼吸をして、カメラの無い黒い箱形のインターフォンのボタンを押す。ぴんぽーんと気の抜けた音が鳴って、しばらくして「はい?」とノイズ混じりの声が聞こえる。女性の声。
「……篠宮アヤメさんですか」
「……そうだけども」
「あの、助けてくれませんか」
「え、なんで?ってか誰?」
「あの、私も篠宮アヤメと言います」
しばらく何の返答もない。そりゃ、怪しみますよね。普通は出てこないですよね。
これからどうしたらいいんだろうと不安になっていると、がちゃ、と音がしてドアが少し開く。
その隙間からピンク色の派手な髪をした女性が顔を出している。派手な髪をしていて、メイクの雰囲気は違うし、眼鏡はかけてないけども、その顔は私にそっくり。というか、遺伝子レベルで同じで、私は口を開けて呆然としている。
派手な髪をした女性も驚いた表情で私の顔を見る。
「篠宮アヤメ?」派手髪の女性が言う。
私は頷く。
派手髪の女はしばらく黙って、それから口を開く。
「私ら、そっくりすぎない?」
第二章 ミス・パラレルワールド
「じゃあ、診療所から出てきたら、全部が変になってて、坂を下りたら、今まで無かったこの団地城があって、同じ棟、同じ家に、同じ名前の私が住んでたってこと?」ピンク色のショートの派手髪の篠宮アヤメ(以下、派手髪アヤメと私は呼ぶ)はそう言うので、私は頷く。
派手髪アヤメは腕を組んで「はあ?わけわかんねえ」としばらく唸ったあとに、何か思いついた顔をする。
「もしかしたらあれじゃね!パラレルワールド!パラレルワールドに来たとかじゃね?わかんねえけど」
パラレルワールド!?そう言われた瞬間、頭の中のやくしまるえつこが「東京都心はパラレルパラレルパラレル」って歌ってる。
「そうだよ!私、結構、映画とか見てっから知ってんだよ」派手髪アヤメが得意げに言う。
「じゃあ、ここは別世界ってことですか?」
「いや、私らからしたらそっちが別世界な」派手髪アヤメがそう言うので反射的に「ごめんなさい」って言うけども「謝んなって」と言う。こっちの世界の私はなんか性格が違うっぽい。
「じゃあ、そっちの世界じゃ、坂の上に団地城があんの?行くの怠くない?」
「いや、そもそも団地城がないんです」
「はぁ?団地城ないの!?じゃあどんな団地があんだよ」
「普通の……」
「普通ってなんだよ。それじゃわかんねえよ」
「ごめんなさい……あのそもそも団地城ってなんですか」
「私もちゃんとは説明できねえんだけど、最初は一つだけだったらしいのよ。でもどんどん増築されて、なんか繋がって、でっかくなって、めっちゃ人住んで、街みたいになって、とにかくでかくてやべえ団地。それが団地城」
「……こっちの世界じゃ、似たのだと昔、香港に九龍城ってのがありました」
「クーロンってなんだよ。ねえよこっちには」
「ごめんなさい」
「謝んなって。お前は、多分、別世界の私なんだろ。私が私に謝られるの、なんか気持ち悪いんだよ」
「ごめんなさい」
「だからさー」
私は私相手にうつむいてしまってる。
「ってかさ、その診療所に、また行ったらいいんじゃね?」派手髪アヤメは言う。
あっ、本当だ。また診療所に行けば帰れる!本当だ!なんで気がつかなかったんだろう!
「……じゃあ、送っていこうか?」派手髪アヤメがしぶしぶ言う。
「え、いいんですか?」
「いいよ。歩いて坂、上るのしんどいっしょ。バイク出してやるよ」
「バイク持ってるんですか?」
「ビッグスクーターだけどな」
私はそもそも、免許すら持ってなかった。こっちの世界の私は本当に色々と違うみたいだ。
診療所は潰れていた。物理的に。
落ちてきた飛行機のエンジンが診療所をぺちゃんこに潰していた。飛行機のエンジンからは白い煙が立ち上っていた。
私たちはビッグスクーターから降りることもなく、ぐちゃぐちゃになっている診療所と、煙を吐き出している飛行機のエンジンを見ていた。私は「うわぁ」と呟いた。
消防車やパトカーが何台か来ていたけども、けが人はいないみたいで、どこかのんびりと対応している。警察官が診療所の前に「立ち入り禁止」と黄色いテープを貼る。
今は入れない。ということは、今は元の世界に戻れないってこと?というかこんなぐちゃぐちゃになって帰れるの?
「あー、ここに落ちたんだ」派手髪アヤメは飛行機のエンジンが落ちてきたことにそんなに驚いていないみたいだった。
「どういうことですか?」
「たまに落ちてくるんだよ。飛行機のエンジン。なんでか知らねえけど」
「飛行機のエンジンが落ちてくるの?なんか『ドニー・ダーコ』って映画みたいですね」
「ドニー・なんて?イエン?」
「私の世界にはある映画です。気にしなくていいです。たまにって、エンジンはどれくらい降ってくるんですか?」
「年1~2の時もあれば、落ちてこない年もあるし、なんつうか、あんま降らない地域の雪みたいな?」
「なるほどです」
「あああああああ!!!」突然叫び声が聞こえた。
身なりの汚いおじさんが立ち入り禁止のテープをくぐろうして叫んでいた。
おじさんは警察官に止められ、引っ張られ、引きはがされていた。
その間、おじさんはずっと叫んでいた。
「あの、おっさんな。たまに見かける変なおっさん。あんま見んなよ」派手髪アヤメが言う。
「はい」と返事をして、私は改めて、ぐちゃぐちゃになった診療所を見る。
そっか、帰れないのか。
え、まじで帰れないのか私。
え、どうしたらいいんだ。
え、iPhoneもどうやら使えないし
え、お金もそんな持ってないし、というか、別世界だったら絶対私の世界のお金使えないだろうし……。
うわ、終わった!!!
私は口を開けてただ診療所を眺めている。
「……あのさ、私の家に来るか?」派手髪アヤメが言う。
「え?」
「今は帰れねえんだろ?それにどこにも行くところねえんだろ」
「……いいんですか?」私は恐る恐る聞く。
「まあ、良くはねえけど、一応どうやら別の世界の私らしいし」派手髪アヤメが言う。
私が「ごめんなさい」と言うと、「だから謝んなよ!」って派手髪アヤメは怒る。
「空いてる部屋があるし、ここ使えよ」派手髪アヤメが言う。
段ボールが沢山詰まれた部屋の真ん中に、派手髪アヤメはマットレスをひいて、それから周囲を軽く片付けて「これで寝れるだろ」と言う。
マットレスを見た瞬間、疲れがどっと押し寄せる。私はショルダーバッグを下ろして、マットレスに座った。
派手髪アヤメを見上げる。髪の毛とメイク以外は本当私にそっくりだ。顔も背格好も声も息づかいも。
「お前、本当に似てるな。というか、別世界の私だから、当たり前か」派手髪アヤメはそう言った後に「いや、全然当たり前じゃねえけどな」と付け加えた。
私は派手髪アヤメに、ごめんなさい、と言いそうになって、それを言うのをやめて「今日は本当にありがとうございます」と言った。
「いいよ。大したことしてねえし。明日以降、そっちの世界に帰る方法考えよ。私もねみいし」
私は頷いて、あくびをする。さすがにとても眠たい。マットレスに横になる。
「おやすみ、別世界の私」派手髪アヤメがそう言って、部屋の電気を消した。
*****
翌朝、目を覚ますと、強烈に腹が減っていて苦しい。そういえば、昨日から全然何も食べてない。
さすがに何か食べたいな、いちごジャム塗ったパンとかさ、って身体を動かそうとするとぴりっぴりっと電流みたいなのが走る。身体も鉛が詰まったようにめちゃくちゃ重たい。
あ、まずい。
躁鬱の薬の離脱症状だ!昨日、躁鬱の薬を飲まなかったから、離脱症状が出ているんだ!どうしようどうしよう、薬持ってない?とショルダーバッグを漁る。昨日、家に帰ると思っていたから、薬は一つも持っていない!
まずい、まずい、まずい!
私は動こうとするけども、それも苦しい。這うようにして、リビングに向かう。派手髪アヤメが起きている。
「え、お前、どうしたの?」
「ここら辺に精神科ってありますか……?」
「はぁ!?精神科!?なんだよそれ!」
「急いで行かないと、離脱症状が出てまして……」
「離脱症状ってなんだよ。やべえ言葉言うなよ」
「あ、お金もないし、保険証もない……だめだ行けない……」私はううう…と唸りながら泣き始める。
「あーもう!保険証は大丈夫だよ。ここら辺全員やぶ医者だし。それに金は貸してやるから!」
「いいんですか……」
「いいわけねえだろ!いいから早く病院行くぞ!」
派手髪アヤメが私を引っ張る。1階まで階段でまず降りていき、複雑な廊下をうねうねと歩いて行く。あまりに複雑で、どこをどう歩いているか、さっぱりわからない。
歩いていると、突然開けた場所に出てくる。
公園だった。木々と、ベンチがいくつか。それに滑り台や砂場、ジャングルジムや鉄棒といった遊具もある。子どもたちがきゃー!と叫びながら遊具で遊んでいる。公園の真ん中には二本足で立つねこの銅像があって、その近くで、老婆達が喋っていた。ねこの銅像は片手を天につきあげていた。上空から轟音が聞こえたので見上げると飛行機が横切っていった。
「公園まで出たら、東西南北、どのエリアにも行きやすくなるから」派手髪アヤメが言う。「で、第17街区東エリアの85棟。団地城の病院はだいたいそこににある」そう言って、派手髪アヤメは東エリアまで引っ張っていった。
団地のそれぞれの家が、またもや改造され、診察室になっている。大勢の人が廊下に置かれたベンチに座って自分の番がくるのを待っていた。
私たちは受付をしている部屋に入る。
「おい、お前、症状言え」派手髪アヤメが私を小突く。
「あの……躁鬱の薬が切れて……離脱症状が出てて」
「はい、わかりました~。じゃあ、85108号室の前でお待ちください~」
私はよろよろと85108号室の前のベンチに座る。もう既に何人か座っていて、結構待たされそうだなと思った。
身体があまりに苦しくて、頭の中で「死にたいなーうおー死にたいなー」って気持ちがマニ車のように回転している。
「お前、精神科通ってんのか。さっき言ってたけども、躁鬱ってやつか」
私は頷く。身体がぴりぴりして苦しい。
「その、躁鬱になってどれくらいなんだ」
「4年になります」
「……お前、別世界の私なのに、本当に全然違うんだな」
「……私も違うって思ってました」
「敬語やめろ。自分に敬語使われたくない」
私は「はい」と言いそうになって「うん」と言い直す。
「……なんで躁鬱になった?」
「……なんでというか、前からそういう気配はあったんですけども、いろいろなことがたまりにたまって爆発して」
「爆発する前になんとかならなかったのかよ。まあ、ならなかったから、そうなんだよな」
派手髪アヤメはポケットからタバコを取り出して、火をつけて吸い始める。すると廊下の奥から、看護師さんが走ってきて「ここは禁煙です」と注意した。派手髪アヤメは舌打ちして、床にタバコを放りなげて踏んで消した。
「タバコも吸うんだね」私は言う
「お前、吸わないのか?酒は」
「飲まない」
「ギャンブル」
「やらない」
「なんだよ。本当見た目と名前だけじゃねえか。どこが一緒なんだよ」
私は黙ってる。
「……家族は?」派手髪アヤメが言う。
「お母さんがいる。お父さんは単身赴任中」
「……そっか。私は、両方とも高校ん時に亡くなったよ」
私は唖然とする。
「本当、違うんだな。私たち」派手髪アヤメが呟く。
「篠宮さんどうぞ~」私たちは呼ばれて、診察室に入る。
一ヶ月分の躁鬱の薬をなんとか貰うことができた。
iPhoneに入れていたお薬手帳のアプリをお医者さんに見せて「こういう薬を飲んでたんです……」と必死に説明したら「その薬は知らないけども、似たような効果がある薬ならあるから出すよ」と医者は言った。
派手髪アヤメの言うように、正規の病院じゃないらしく、保険証はいらなかった。その代わり、少し高かった。それでも「薬、個人輸入だからお安い方だよ~」と医者に言われた。
「金、絶対、返せよ」派手髪アヤメは私にそう言って支払いをした。
家に戻った私はまず朝ご飯を食べさせてもらう。
食パンにいちごジャムを塗って食べる。これはこっちの世界でも同じだ。めっちゃ美味しい!
私がいちごジャムをべたべた塗ってると、派手髪アヤメは「お前、ぬりすぎじゃね?」と言う。派手髪アヤメはいちごジャムをあんまりパンに塗らず食べていた。
私は食後に躁鬱の薬を飲む。
「すぐ効くのか?」派手髪アヤメが言う。
「2~3時間したら、段々ましになるけど、今日はずっとしんどいと思う」
「そっか。じゃあ、横になってろよ。水とか、カップラーメンとかあるし、適当に食べてていいから」
「どっか行くの?」
「仕事だよ」
「何の仕事をしてるの?」
「団地城の中にあるコンカフェの店長」
コンカフェの店長!?別世界の私は、私が諦めたコンカフェで登り詰めているの!
「まあ、雇われみたいなもんだけど。つうわけで、忙しいし、晩まで帰ってこないから。ほら、これ」とタブレットを渡される。
「なにこれ」
「oPadだよ。見りゃわかんだよ」
「iPadじゃなくて」
「あーもう細かい違いがだりいな。これ見て、暇でも潰しとけよ」
「わかった」
「じゃあ寝てろよ」
派手髪アヤメは家を出て行った。
2~3時間して、やっと身体のしびれが取れ、鉛が入っていたような重たさが抜けてくる。 それでも、全体的にはまだ怠い。
私はだるい身体を動かして、oPadを触る。色々と調べたいことが山ほどある。検索エンジンを出すと、homerってサイトが出てくる。ここが検索最大手らしい。意味を調べるとホームランを打つ人って言う意味らしい。アメリカの企業だなと思った。
まず私は団地城を調べる。
以下、団地城の情報。
団地城はいくつもの団地が組み合わさって出来た団地である。誰も正確な数は把握できていないが、100以上の団地で構成されている。内部はあまりに複雑で、迷路と化しているため「団地城に一度入ると二度と出てこれない」とさえ言われている。
団地は東西南北のエリア、20を超える街区でわかれており、上空から見ると四角系のような形をしている。今なお増築につぐ増築が繰り返され、違法建築につぐ違法建築である。中央には小さな公園があり、二本足で立つ猫の銅像があるが、誰が置いたかは不明。
団地城内には住居だけでなく、会社や工場や学校や病院に飲食店や銭湯に商店街があり、団地城を出ること無く生活をすることが可能である。その一方で風俗店や違法賭博、反社会的勢力の事務所もあり、行政は常に危険視している。団地城の人口は正確には不明だが最低でも5万人は住んでいると思われる。
団地城は、この国最大の人口過密地帯である。
以上。
私はなんか凄まじいところに来てしまったなと思う。それから色んなものを調べてみる。やっぱり色々と細かく世界が違う。
例えば首都は大阪。名探偵コナンは存在そのものがない。千葉県全体が一大スラムエリアになっている。スラムになった千葉にもディズニーランドはあるけども、根本的にミッキーがいない。未だにアメリカではアポロ計画が続いている。Zって名前のSNSが流行っている。カネコアヤノが去年の紅白歌合戦に出ている。
バンドの相対性理論は脱退したメンバーが復帰して、今年に新しいアルバムを出している。
私はサブスクで相対性理論の最新アルバム『サンキュー分立』を聞きながら、昼寝をした。
「どう?帰れそうかー?」派手髪アヤメが私に言う。
「わかんない」と私が言うと「聞こえねえよーもっと大きい声で言えー」と派手髪アヤメは言った。
あれから数日後、私と派手髪アヤメで坂の真ん中の診療所に行った。
落ちてきたエンジンは撤去されていて、ぐちゃぐちゃになった診療所が残されていた。私は黄色い立ち入り禁止のテープをくぐる。天井も壁もなく、ただ、潰れた物だけしかないぐちゃぐちゃの建物。私はそこでジャンプしてみたり、うろうろしてみたり、地面を蹴ったりしてみた。
けども、帰れそうになかった。
「身体、消えたりしてないかー?」派手髪アヤメは叫ぶ。
全然、消えたりしてない。肉体すぎてびっくりする。
私はとぼとぼと、診療所近くに停めた派手髪アヤメのビッグスクーターまで歩く。派手髪アヤメはビッグスクーターに寄りかかってタバコを吸ってる。
本格的に帰れないぞ。
どうしたらいいんだろう。どうしようもないんじゃないか……。
私がううう…と唸っていると、派手髪アヤメはため息をついて「しばらく、あの家にいていいから」と言う。
私は「えっ!?」と叫ぶ。私は思わず笑顔になる。
「その代わりだけど、ちゃんと仕事しろよ」派手髪アヤメはタバコの煙をはいて私に言う。「え?」私の顔が曇る。
「これから住むんだったら、食費や光熱費も折半だからな。あとこの前の診察代も返せよ」派手髪アヤメが言う。
仕事をしなきゃいけないのか。え、仕事をしなきゃいけない?
嫌だ嫌だ嫌だ!
仕事絶対できない。今までだって無理だったのに、こんな場所、世界で仕事なんてできるわけがない!
無理だ。無理って言わなきゃ。無理って言わなきゃ!
あ、今、めっちゃ『ぼっち・ざ・ろっく!』のぼっちちゃんみたいだな。ふふふ。
「どうすんの?」
「あ、はい。仕事探します」
団地城の中には色んなお店がある。勿論、中華料理屋もある。
派手髪アヤメの家の近くにある中華料理屋「雨傘」(07313~07314号室)。
床は油でぬるぬるとしていて、天井からはどこか青みのかかった蛍光灯が光っている。薄く黄色くなった壁にはメニューが貼ってあった。左の壁にテレビがかけられてあり、知らない俳優達による『相棒』的なドラマの再放送が流れている。奥には調理場が見えて、定期的に火柱があがっていて、その度に私は「おおっ」と驚く。
私たちは赤い丸椅子に座って昼ご飯を食べている。
私は麻婆豆腐、派手髪アヤメは炒飯。麻婆豆腐は山椒がききすぎて、辛かった。
「お前、なんかしたい仕事とかねえの?」派手髪アヤメは聞いてくる。
「……あんまない」
「稼ぐなら、コンカフェいいぞ。くるか」
「コンカフェは……あっちの世界で駄目だったから」
中年男性のにゃんにゃーんという声がフラッシュバックする。
「あっそ。じゃあ、何ができるんだよ」
「……あんま人と接しない仕事とか?」
「そういうのが一番キツいんだぞ?」派手髪アヤメは私にれんげを向けながら言う。
私は経験的にそうなんだよなあ……と落ち込む。けども人と接するのも怖いし……。「まあ、そういうところで働きたいんだったら、北棟に行けば?工場とか沢山あるし。行ってこいよ」
仕事は全然駄目だった。
最初にやったウィンナー工場では、文字通りウィンナーを作っていた。豚の腸を機械に挿して、挽肉が流し込む仕事。汗を流し、工場長に怒られながらも、「はいっ!頑張りますっ!」と耐えて頑張っていたある日、工場長が激高した愛人ともみ合いになった結果、工場長は挽肉を作る機械に巻き込まれて削られていくのを目撃し、めっちゃ怖くなって退職した。
次にやったのはバイキング形式のレストランの皿洗いの仕事。生ゴミの匂いにまみれながら無限に湧き続ける皿を洗いまくっていた。手が荒れ、汗だくになりながら仕事をしていても社員から罵倒されまくる日々。目が死にながら仕事をしていたら、隣で仕事をしていたギャルが「ってか逃げね?」と提案されたので、一緒に仕事を飛んだ。
Uber Eatsみたいな仕事もした。団地城の飲食店からご飯を受け取って、団地城のどこかの家に届けた。だけども困ったことに団地城は縦に横に複雑すぎて、店に行くのも一苦労、さらに届けるのはもっと大変だった。団地城を走り回って、迷子になりながら、なんとかラーメンを届けたら「おいこれ!冷めてるし伸びてんじゃねえかよ!!」と罵倒されて、号泣。その仕事もその日に辞めた。
三つともしんどい仕事だったけども、何よりしんどかったのは自分が消えていく感覚だった。仕事ってそういうものなのかもしれないけども、その感覚がどうも耐えれなかった。
「なんで全部辞めてんだよ」派手髪アヤメが言う。
「全然駄目なんだよお。どんな仕事も続かないんだよお」と私は泣いてる。
「泣くな馬鹿。今年24歳だろ。しっかりしろよ」
「しっかりしようと頑張ってるんだけど、しっかりできないんだよお」
「…じゃあ、別の仕事紹介しようか?」
「え、コンカフェ?コンカフェはやだよう。にゃんにゃーんなんて言えないよお」
「コンカフェじゃねえし、にゃんにゃん言わねえよ。まあコンカフェの系列店だけど」
「系列店?私、何させられるのお?」
「ゴスロリバー。ちょうど前の子が辞めてよ、人いなくて、店閉めてる状態だから、お前でも働いてくれたら助かるんだよ」
「え、無理だよお。バーなんて、躁鬱には無理だよお」
「大丈夫だよ。本格的なバーってよりはバーとガールズバーの中間みたいなもんだしさ」
「ガールズバー?私、チェキ撮れないよお。顔が変っていわれたし」
「うるせえな。チェキ撮らねえよ。それに顔が変って言うな。それは私の顔面でもあんだよ。働け馬鹿」
「ううう。あと、ゴスロリバーのゴスロリってなにい?」私は泣きながら言う。
(続く)
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試し読みは以上になります。
全部で五章あり、ここまでで全56ページのうちの20ページ目までで、文字数も46000字中の15000字目くらいです。
このあといろんなことがあったりします。(小説だから当たり前ですが……)
とりあえずアヤメはこの奇妙な団地城で、そして謎のゴスロリバーで生きていくことになります。
アヤメは団地城で生きていけるのか!
仕事が苦手なのにゴスロリバーで働けるのか!!
そもそも元の世界に戻れるのか!!!
団地とゴスロリとパラレルと音楽と生活を詰め込んだ中編小説!!!!
『夕焼けパラレル団地城』(どーーん!!!!!!)
boothで販売中!!!
よろしくお願いします!!!!!
あとありがたいことに感想を頂いているので、そちらのリンクも…
ぴのこ堂さんの感想。
マツさんの感想。
ふたさんの感想。
目黒乱さんの感想
のまたろさんの感想
柴原逸さんの感想
BFC6ジャッジにして子鹿白介さんによる批評。
有料なので財布と心に余裕があって気が向けばよろしくお願いします!!!