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福田和也『乃木希典』読んだ

私の実家の近くには明治天皇のお墓がある。

その側には明治帝に殉死した乃木希典を祀った乃木神社がある。しかし私が乃木将軍に関心を持ったのはそれ故ではない。

夏目漱石の『こころ』である。漱石自身は乃木の訃報に接して自分には無理だと言ったらしい。そのせいかどうかは知らないが、『こころ』では、明治帝が亡くなったときに先生に殉死するなら明治の精神に殉死すると言わせて、乃木を追うようにして自裁する。

このときに、乃木将軍は西南戦争で御旗を奪われて以来、死のう死のうと思っていたのに死ねなかった、その心中はいかばかりであったかという描写がある。

ずっとそのことは引っかかっていたが放置していた。しかし歳を重ねて自分の中でリアリティが増してきたのである。

というわけでまず福田和也氏による評伝を手にとってみた。

まず薄くて読みやすいのがいいね。

体裁は、なるべく事実を羅列して、ときどき著者の想いを挟むという感じ。好感度は高いと言わざるをえない。

いくつか知らなかったことがあって、まず乃木は西南戦争の直前の萩の乱の指揮について上司から論難され、死にたくなっていたようである。この一連の戦いで乃木は恩師と実弟を敵に回して死に追いやってもいる。これも死にたみが増す原因になりうる。
そして西南戦争があって、放蕩三昧の日々を送ることになる。

遊蕩はドイツ留学まで続くのだが、そこからは180度方向転換してカタブツになってしまうのであった。福田氏によれば、方向性は違うものの軍人の理念型を目指したという点では同じだという。当時の軍人は部下を連れて飲み歩くのが流儀であったから。まあ乃木の場合は度を越していたのだけど。

福田氏は指揮官としての乃木の能力については踏み込まない、懸命である。そのかわり乃木の指揮のもとで一瞬で大量の兵士が死ぬことがいかにして可能であったかを論じる。それは乃木が徳義の人であったからだということだ。少なくともそれを可能なかぎり演じようとした。兵士は武士ではなく、徴兵された庶民である。お国のために死んでこいといえるためには、徳義の人でなければならなかった

よくある乃木擁護論は、日露戦や第一次大戦のころは戦術の転換期であって死傷者が多く出たからといって指揮官が無能とはいえないというものだ。トーチカと機関銃で固めた高地に突撃する以外に方法がなかったとすれば、やむをえないと。。。

とはいえ一人一人の人生の重みを考えるとやむをえないでは済まされないと乃木は考えたのかもしれない。西南戦争云々はあんまり関係なくて、明治帝崩御をきっかけとして、その自己矛盾を清算すべく自裁したんではないかと邪推してしまうのであった。

いや西南戦争の件が直接の原因だったとしても、勝ち戦だったのだから自裁する必要はなかったのではないか。大東亜戦争は負け戦だったのに処決した将校はどれほどいただろうか。

などなど色々と考えさせられるものがあった。暫定的な結論としては、乃木将軍は自分自身のダブルスタンダードに我慢できない人だったんだろうと思う。

解説の兵頭二十八氏もそんなことを書いていた。そして司馬遼太郎は、自決することでダブスタを解消したのを恨んだのではないか、そんなことは小説家には許されていないから。

それと本筋とは関係ないけど、司馬遼太郎があのような人物像を作り上げた背景もわかった気がする。乃木の評価は時代とともに揺れ動いていたし、戦後のある時期には無能な指揮官として描かなければならなかったんだろう。

でも今はそういう時代ではないから、福田和也氏はこのような評伝を書いたのだろう。読んでよかった。

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