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【実話怪談】アノヨニオクル

三十代の主婦、今川さんが小学五年のときに体験した話しだ。

近所に住んでいる友達のA子とふたりで、様々なおしゃべりに花を咲かせながら、毎日楽しく下校していた。
田んぼと田んぼの間の舗装された畦道を、ただひたすら真っ直ぐ進んでいく、そんな田舎の通学路だった。
その途中には小さな川が流れていて、とても短い橋を渡る。

夏のある日だった。
いつものように下校していると、その橋に背の高い、華奢な女が立っていた。
黒い上着に黒いスカート。黒いタイツに黒い革靴。ツバの大きな黒いハット帽を目深に被っている、髪が腰の辺りまである喪服姿の女だった。
そしてその女は、黄色い菊の花を手に持ち、花びらをむしり取っては、それを川に向かって投げ捨てていた。
子供から見ても、とんでもなく奇妙な光景だった。

それを見て今川さんとA子は顔を見合わせた。ふたりとも人見知りしない性格だったし、何より溢れ出した好奇心を止めることが出来なかった。
二人は女の横に立ち、話しかけた。
「ねぇ、何してるの?」
今川さんが声を掛けると、女は顔を川に向けたまま、
「アノヨニオクッテイルノヨ。」
と言った。

その瞬間突風が吹き、女の帽子が風にとばされ、髪が逆立った。
今川さんとA子は、露になった女の横顔を見てぎょっとした。
眼球があるべき場所に、眼球が無かった。
眼球があるべきその場所は深く抉れていて、そこに赤黒い絵の具が注がれて固まっているようだった。
今川さんもA子も悲鳴を上げ、一目散に走って必死で逃げた。

いつの間にかA子とは別れていて、気づくと今川さんは自宅にたどり着いていた。
必死で走って喉が乾いた今川さんは水を飲もうと台所に向かった。
すると、シンクの三角コーナーに、どっさりと黄色い菊の花が捨てられていた。
「やばい。」
そう直感した今川さんは咄嗟に菊の花を手にすると、自宅の庭の植え込みに花を投げ捨てた。
しばらくしてパートから帰ってきた母親に起こったことを興奮気味に捲し立てていると、それを聞きつけた祖母がやってきて、
「菊の花かい?それは、お寺の住職さんに頼んで供養してもらわなけゃだね。」
と言ったという。

次の日今川さんは、A子と話し合い、これからは橋を通らずに遠回りして下校することにした。
しかし何ヵ月かたつと次第に恐怖も薄れてきて、いつの間にか普通にまた橋を渡り登下校するようになった。
それから、あの女を見掛けることはなかったということだ。







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