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父に企画書提出

大学2回生。

1年かけてなんとか友達ができたことで、
2回生は大学生らしくたくさん遊んだ。

ボウリングに行ったり、カラオケに行ったり。
友達の家に泊まりに行ったり、ワンピース鑑賞会したり。
レポートをグループで作ったり。

1回生で何もできなかった分、
ガッツリ満喫していたと思う。


ただ、徐々に大きな課題ができ始める。

家族だ。

当時兵庫県の田舎から2時間以上かけて
大阪の大学に通っていた。
通学時間がもったいないし、何よりも親の顔を見たくなくなっていた。

家は制限が多い。
特に父がいるとき。

父がいると好きなテレビが観れない。
晩飯は家族で同じタイミングで食べないといけない。 

面白くない旅番組を家族で一緒に観る。
旅番組に父がツッコミ入れたり、知ったかの知識をひけらかしたり。
クイズ番組で問題の答えを先に言ってしまったり。

毎度嫌悪感が募る。
父がいる時は徹底的にだんまりを続ける。
最初の頃は自分に話しかけてきてたが、素っ気ない態度をようやく察したのだろう。

妹や姉にだけ話しかけるようになった。

それでも嫌悪感は止まらない。

もはや家族と同じ空間にいることそのものが嫌だった。

この家族とずっと一緒にいたら人として腐る。


家を出たい。


一人暮らししたい!


そう強く感じるようになった。


一人暮らし資金貯めるため、
バイトを3つ掛け持ちした。


元々やっていたスーパーのレジ。
プールの監視員。
オープン前のアパレル店舗の準備。

毎日朝から0時までバイトに明け暮れる。
性格的に予定を詰め込むことは好きだったようで、ミスして上司から怒られることはあってもなんとか続けることができた。

結果一人暮らしの初期費用は貯めることができた。

あとは父に許可を取らないといけない。



まずは母に相談する。

案の定、父に相談してと言われる。


僕の家は完全亭主関白一家。
大事なことは父の了承を得ないと絶対できない。

昔から怖い存在だっただけに、
父に話しかけるだけでも勇気が必要だった。


今まで父に言うのが怖いからという理由で
諦めたことは何個もあった。

ただ一人暮らしは絶対にしたい。


強い決意のもと、
父の部屋のドアをノックする。


僕「一人暮らししていい?」

父「あかん」


即答だった。


僕「なんで?」


父「なんでって逆になんでするねん」

僕「それはその。。。」

あかんと言われた時の言葉を何も用意してなかった。

父「別に家から普通に通えるし一人暮らしやとお金かかるやないか」

僕「それはまぁ、そうなんやけど。。」

父「一人暮らし始めるとして、お前初期費用も家賃も全部出せるんか?」

僕「。。。」

父「お前は何かと計画性が足りんねん。あと何かをお願いするのに、何のためにやるのかとか細かいことを考えてない」


ごもっともすぎて何も返せない。

父「何のために一人暮らしをするのか。一人暮らしをするためにいくらかかるのか。足りない分はいくらで月の仕送りがいくら必要なのか、明確にするために企画書作ってこい。」


企画書?!


僕は父の部下か?

なんで急に仕事感が出てるんや?


様々な不満が胸のうちに出たが
父の言うことは絶対。

企画書を作ることになった。



学習机に父から借りたノートパソコンを広いてWordを起動する。

企画書のきの字も分からない僕は、起動した段階で手がとまる。


どう書けばいい?何を書けばいい?
そもそも企画書ってなんだ?

当時やっとインターネットが一般家庭でもつかえるようになった頃。
調べ方もわからないし、ネットも重い。

父は一人暮らし費用はいくらなのか、
何のために一人暮らしするのかを書け、と言ってた。

父が言ってたことを最低限入れるようにした。

一人暮らしする理由。

→充実した大学生活を送るため。通学時間を短縮するため。

一人暮らし費用
→初期費用〇〇円、家賃〇〇円、食費〇〇円etc...


すぐに手が止まった。
あと何を書けばいいのか分からない。。。

ひとまずとにかく行きたいってことの熱意を書いた。

「自分は一人暮らしをして価値観を広げたいのです。何卒宜しくお願い致します」

「致します」などの丁寧語を人生で初めて書いた。

A4の2ページの企画書を父に渡す。


父「ダメや」

即却下。

父「お前こんなんで社会でやっていけると思ってんのか?数年後社会人になるんやぞ。甘すぎるねん。やり直し」

説教を受ける。
いちいち説教を受けるのが嫌だから一人暮らししたいんだけどな。
と心の中で思いつつ説教を聞く。


今までの自分なら、1回だめと言われたら
2回目お願いすることはなかった。

好きな番組を観たかったときも、
好きなおもちゃを買ってほしかった時も、
好きなゲームを買ってほしかった時も、
友達を家に泊めたかった時も、
父にダメと言われたらすぐ諦めた。

ただ、今回は諦められない。
とにかく実家から抜け出したかった。

もう一度机に向かい、Wordを起動。
数日かけて、前回よりも2倍の量で完成した。


できた企画書を父に見せる。

父「。。。」

無言が続く。

また説教か、と覚悟する。

父「ったく。勝手にせい」

と一言言って企画書を僕に返す。


こうして一人暮らしの了承を無事もらった。


2ヶ月後、友達にトラックを出してもらって実家で一緒に荷物を運んでもらう。


2回生の10月、人生初の一人暮らしを始めた。

一人暮らしは大成功。
常に金欠だったものの、
友達とたくさん遊び、初めて将来のことを真剣に考えるようになった。



父は散々一人暮らし反対していたものの、
学生の間はずっと家賃を払ってくれていた。

一人暮らしに対して最初反対して企画書を命じてきたのも、
社会の厳しさを知ってほしいという彼の優しさだったのだろう。


20歳で一人暮らしを経験できたのはとてつもなくよかった。

サポートしてくれた家族に、強く感謝したい。

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【当noteの発信内容】

当noteは、

占い師からただのフリーターになった何者でもない32歳の男が、

自分史を通じて

自身の人生のミッション(役割)を見つけだすことで、

自分探しの旅を終わらせるまでの軌跡をつづっていく。

人気占い師から、ただのフリーターになった男の話

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