やっさんとのお風呂戦争①
今もなお、解決策が見つからず、われら家族を悩ませつづける認知症患者にありがちな厄介な問題がある。
「やっさんがお風呂にはいってくれない」だ。
家族としては衛生面が気になるのはもちろんだけれど、元来、風呂好きなのを知っているのでなぜそんなにも拒否をするのかがわからない。戸惑うしかない。
こちらが「お風呂にはいったら?」「最近着がえてないよ」などと言おうものなら決まって「風呂は自分ではいりたいときにはいるんだ!」「なんで人に指図されなきゃならないんだ!」とブチギレる。
そしてやっさんに拒否されたときになにが困るかというと、前もってのお風呂の準備が大変なのである。
まず、風呂に入るか確認をしてから湯をためる。
そのあいだ、やっさんが脱衣所に向かったときに少しでも寒いと感じると「きょうはやめる」といいだしかねないので、廊下、脱衣所、浴室をすべてあたためておく。
下着や着がえは自分で用意をしないと気がすまないらしく、自室の見つけやすいところに揃えておいておく。
バスタオルはふかふかできれいなものを、からだを洗うためのタオルもやっさんが気に入っているものを脱衣所においておく、など。
どこかの国の王子様をもてなすかのごとく、手厚く手厚く準備は抜かりなくしておかなければならない。なにをきっかけに機嫌を損ねるかわからないので、こちらとしては風呂にはいってもらうまでの緊張感といったらないのだ。
週に一度の入浴介助
当時、通院中の病院の看護師さんが2名、訪問看護できてくれていた。
名目は健康診断とお風呂の介助。
1週目、わたしは意気揚々と朝から準備をしていた。
看護師さんたちが来るのが14時。やっさんがお昼ごはんを食べおえてリラックスしているちょうどよい時間帯である。
天気がよくてリビングには窓から光がはいってきていた。
いいぞ、さすがに「寒いから嫌だ」とはいわないだろう、そうおもっていた。
母の入院やわたしの介護力不足もあり、この時点でやっさんは2週間お風呂に入っていない(恐怖)。
レンジであたためた濡れタオルで顔を拭いたり、何度か着がえてもらっていたけれど、わたしは完全に焦っていた。
看護師さんたちはとても親身でやさしかった。
経験豊富なベテランナースと、まだ若い新人ナースのふたり組。
最初は談笑をしながら血圧を測ったり心臓の音を聞いたり、ベテランナースさんが父と会話をはじめて和やかな雰囲気になった頃合いをみて、新人ナースさんがお風呂に湯をためにいく(入らない可能性が高いため、お湯は張っておかなくていいといわれていた)。
阿吽の呼吸。
ふたりのすばらしいチームワークぶりに期待は高まらざるをえない。
ところが…というか
案の定というか………
「じゃぁお風呂に入りましょうか」という看護師さんのひと言で、やっさんの顔は般若になった。まるで一秒湯沸かし器。
「風呂はいい」「はいりたくない!」
(頼むからはいってくれよ)
「きのうはいってるからいい」
(ウソつくなっつーの、半月はいってないんだけど)
「風呂にはいるかはいらないかは自分で決める」
(決められないからこんなことに)
「なんであんたに指図されなきゃいけないんだ」
(やっさんが医療関係者に弱いの知ってるからおねがいしておいたんだよ)
でるわでるわ屁理屈のオンパレードである。
看護師さんたちはそれでもやさしく「じゃぁ着替えだけでもしましょうか」と説得を試みてくれたが、極めつけは
「こんなに外が明るいうちから風呂にはいるやつがあるか!!」であった…。
「おれは風呂にはいってから寝たいんだ」
はぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー。
押し問答をくりかえしたが、結局最後までかたくなに拒否。わたしは絶望感と恥ずかしさでいっぱいだった。
(というより、人ってどのくらいお風呂にはいらなくて平気なの… おそろしいよ)
(看護日誌より)
あまりに落ち込んでいるわたしを見かねて
「すんなりはいってくれるときもあるんだけど…今日は一貫して拒否だったね」と看護師さんは慰めてくれた。
そして「おかあさんの様子はどう?入院なさったのよね」と母の様子を気にかけ、休職して介護にあたっているわたしの事情についても話を聞いてくれた。
訪問看護の看護師さんたちが、介護の支えになっていたことは間違いない。
つづきはこちら↓
もれなくやっさんのあんぱん代となるでしょう。あとだいすきなオロナミンCも買ってあげたいと思います。