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北へ

早朝、薄暗い部屋のベッドで、暑いか寒いか分からず、スマートフォンで向かう先の天候を確認する。
晴れ、最高気温19℃、最低気温8℃。

朝6時の横須賀線に乗ると、窓の外からみる風景は車でよく通る場所もあった。
見慣れた景色が遠ざかる。
僕の現実と少しずつ離反していく。

東京駅で乗り換え、20番ホームへと向かった。
人気のないプラットフォームで少しぶらぶらしていると、見ず知らずの観光客らしき白髪混じりの女性が僕に声をかけてきた。
「すみません、写真を撮ってもらっていいです?」
僕は快く引き受けて、女性からスマートフォンを受け取る。
「あなた、ちょっと」
女性はそう言いながら1メートルほど離れたところでベンチに座る初老の男性を手招きした。
嫌だという意思表示で男性は手を振り、そっぽを向いた。
「私だけここで撮ってください」
僕は角度を調整してそっぽを向く男性が入るようにして女性をカメラのフレームに収めた。
「金沢に行かれるんです?今日は向こうも晴れてるみたいだから良かったですよね」
「そうですね、僕は金沢までは行かないけれど、出張でして」
「ああ、そうなんですか。今日、金曜日だから、勝手にあなたもご旅行かと私思ったんです」
僕も彼女にお願いして売店の前で写真を撮ってもらった。

9時半過ぎに目的の駅に着き、構内を出ると、青い空とどことなく使い古され始めた太陽があった。
ここには、とある製材所を訪ねる為に来た。
はじめての土地ではなく、今年の2月にも家族で来たことがある。
その時は表日本と違い、とても寒かった。
今は秋だけど陽が落ちたら恐らく寒いだろう。
製材所の方が僕を迎えに来てくれて、製材所の倉庫や作業場を見て回りながら、色々とお話を伺った。

昼過ぎにまた駅に戻り、北陸本線の電車に乗った。
ある友人を訪ねること。それもこの出張という名の旅の目的のひとつでもあった。
人のまばらな駅で降りる。

タクシー乗り場のロータリーは一応あるけれど、タクシーは来なそうだ。
南口へと地下道を抜けて歩いていくと、開けたのどかな風景に、少しちぐはぐな商業施設が建っていて、その向こう側には立山連峰がそびえていた。

「立山に毎年登らされたんだよね」

神戸にいた頃、僕の親友はドライブするといつもそう話ていた。ドライブのとき彼女はいつも古くさいロックバンドの曲を大音量で流して口ずさんでいた。
ある日、何の前触れもなく、友人は消えた。
消える前の夜中、友人は僕に何度も電話をかけてきた。僕は翌日かけ直してみたけれど、連絡は結局取れずじまいだ。

砺波というところで生まれ育ったらしい。
高校はこの駅の付近だと言っていた。
友人は同じ高校だったひとと暮らしていて、消える前にはここに戻ったことも風の便りで聞いていた。

稲が刈り取られた田んぼと空とのコントラストが遠い世界にきてしまったのだと僕に告げているようだった。

薄っぺらいダウンジャケットとTシャツじゃ多分立山なんかに登るのは馬鹿げた行為でしかない。
僕は友人がよく登らされたという遠くの山々を見ながら、降りた駅からだいぶ歩いた。
汗ばむ陽気で僕はダウンジャケットを脱ぎ、バックパックに詰めた。

用水路の出口みたいな川の土手を降り、ペットボトルの水を飲んだ。友人の言っていた駅とその川が同じかもしれない、と思った。

土手を上がって、さらに駅から南へと遠ざかり、道を適当に歩く。
影は東の方へと長く伸び始めている。
コンビニエンス・ストアでビールとビニールに包まれた花を買って、僕は貯水タンクのある池を目指した。

海が見えない以外、僕の生まれ育った街とそう大差ない田舎だ───道端のバス停の時刻表を見て僕はぽつりと呟いた。

緩やかにカーブする車の通らない道は南西へと伸びていた。
道に沿って歩き続けると僕の影も東の方からついてくる。

友人と待ち合わせしたはずの貯水タンクのある池がやがて見えてきた。

待っても意味がないから僕は先にビールのプルを開けて、緑の噴水が延々と陽を浴び水玉を作る間中、友人が来たら何を言うか想像した。

随分と「ついで」感あるけど本当に来るなんて思わなかった
いくつになったの?
家族と来なかったの?
何であの時電話出なかったの?
喘息は良くなったよ
スケッチに色塗り終わったよ
泣くように笑う意味、分かってくれた?
何でこんなとこまで来たの?
何も解決する訳じゃないのに何でこんなとこまで来たの?

陽の当たる気持ち良さそうな彼女の場所にお花を飾った。遅くなってごめんね。

妻に無事、製材所のおじさんと顔合わせできたことや、古い友人に所以の場所が近くだったから立ち寄ったこと、明日帰ることを連絡した。

書店を見つけて、立ち寄ると多和田葉子さんの新刊『太陽諸島』が置かれていた。
何冊か本を持ってきているけれど、素敵な装丁に惹かれて購入した。
ついでにエマニュエルトッドの新刊も購入。

陽が沈み始めた。
僕は家に帰ればお父さんで夫でしっかりしなきゃいけない。
いつまでも経っても僕は本当に馬鹿なんだ。
あまり感傷的になると過去を生きている気分になる。
明日はやや曇り、最高気温15℃、最低気温9℃。

今日もまだ何とか生きてる。

歌:JUDY AND MARY

作詞:TACK

作曲:TAKUYA

Baby 今は泣かないで いつものように聞かせて
あの頃 見つけた 真っ白な想いと ざわめきを
Baby 今は抱きしめて 震えちゃうから
昨日より shy な この想いを 壊さないように

雨はすっかり あがって あの道を
乾かしてく 光だけが 静かに揺れる Wo

何度も重ねた Kiss は ガラスみたいにもろくって
眠れない恋は 行き場を失くして 漂う宇宙

真綿のような 2人は 夕焼けに
影をつくる 細くなる 小さく泣いてる

今アツイキセキが この胸に吹いたら
時の流れも 水の流れも 止まるから
愛しい人 震える想いを のせて
いつまでも 夢の中にいて

約束をしよう きっと ずっと 忘れないように
Baby クラシックな Blue 涙があふれちゃう

今アツイ 今アツイキセキが この胸に吹いたら
このまま2人 素直なままで いられたのに
愛しい人 震える想いは 今も 生きてるわ
この街の どこかで 強く風が吹いたら
切ない日々も キレイな空の色に 染まる
愛しい人 震える想いを のせて
いつまでも 夢の中にいて
JUDY AND MARY 『クラシック』

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