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ショートショート「腕」

「ん?」

その日は帰宅途中に、見たことのない変なものを見つけてしまった。

「腕」だ!まさしく腕である。そいつらはウナギみたいに黒くて長い腕だった。そして、必ずどこかの人間の背中から生えており、同じようにどこかの誰かから生えている腕とたがいに手を取り合っているようだ。すぐ隣の人間どうしで手を取り合っている「腕」もあるにはあったが、いったいどこまで伸びているのかてんで想像もつかないくらい遠くへ伸びているものがほとんどだった。何万本も伸ばしている奴もあれば、一本しか伸ばしていない奴もいる。その「腕」は、はるか地平線のかなたまで伸びており、どこへつながっているのか、だれと手をつないでいるのかさっぱりわからない。こういった場合がほとんどだった。

さらに不思議なことに、彼らはまるで別の次元にいるようにみえた。すなわち、どこにも衝突しないのである!俺からしてみると、人という人であふれかえっている東京駅のホームは、そこら中「腕」だらけだった。こんなにもそこらじゅう「腕」だらけならとっくのとうにこんがらがって一悶着あるはずだが、不思議なことに「腕」たちは一切ぶつからないのである。まるでそいつらはプロジェクターで映し出されている幻影のように、「実体」を伴っていないらしい。人々はまるで何もなかったかのように電車に乗り、すし詰めになって運ばれてゆく。もちろん、電車の中も「腕」だらけである。通勤ラッシュの時間帯なんて、電車の窓から「腕」がはみ出ている。

はじめ見た時は驚きを隠せなかったが、次第に慣れてきた。そいつらは基本的に何も害を与えてこない。ただ、くっついているだけである。そして、どいつもこいつも自分の背中にくっついている「腕」に気づいていないように見えた。皆めいめいスマホを見たり、隣の人と話しこんだりしながら、当たり前のように日常生活を送っている。

俺の背中にくっついている「腕」もある。そいつもやはり、ご多分に漏れず黒くてウナギのような一般的な「腕」である。だが、こいつと手を取り合っている「腕」を持つ人間とは出会ったことがない。そいつは太陽の出る方角、つまり東の方に腕を伸ばし続けていた。


ごく稀にだが、隣に歩いている人間と手を取り合っている「腕」を持つ人間もいた。その場合は、ほとんど間違いないといっていいくらい、結ばれた二人はたいそう仲が良さそうに見えた。そして、周囲でスマホを覗き込んでいる誰よりも実際幸せそうに見えた。

もしかしたら、この俺にくっついている「腕」と手を取り合っている「腕」の主は、俺の出会うべき運命の人なのかもしれない・・・

そう思うと、がぜん興味がわいてきた。この「腕」はどこまでつながっているのだろう?

俺は東に向かってあてのない旅を始めた。車を運転してできるだけ東へ東へ進んでゆく。「腕」が伸びてゆく方向へ向かう道だったらどこでも躊躇することなくアクセルを踏んだ。が、見つからない。でも考えてみればそんなものではないだろうか。自分と相性がいい「運命の人」なんてそうそう見つかるものではないし、一生逢わずに死んでゆく人がほとんどだと思う。

だが、この俺はせっかく「見える」能力を手に入れたのだ。ぜったいに運命の人を見つけてやる。

そう思ってずんずん進んでいくと、とうとう見つけた。山奥にある真っ白な小屋の中。きれいな正方形の形をしている。だが、見た瞬間ぎょっとした。ほかにもたくさんの「腕」が、その中に入りこんでいるのだ。

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その数は数千本?いや、数万本もあった。この「腕」たちは、俺の知らないどこぞの誰かの背中にしがみついているヤツから出ているものだろう。とすると、俺は顔も見たこともない有象無象の連中と「運命の人」を共有しなければならないのだろうか?

そんなのは嫌だ!

なにが悲しくて、自分の運命の人に「数万股」されなければならないのだろう?

そう思いつつ、俺はその真っ白な正方形の中に入って行った。ドアの鍵は開いていた。

腕の密度はすさまじいくらいだった。「腕」だらけでほとんど内部の構造がよく見えない。見えないながらも歩いていく。俺の腕はどこだ?どこの誰と手をつないでいる?

そして、とうとうその瞬間がやってきた。

俺の「腕」は、中心に据えられたコンピューターの中に伸びているのだ。

なんということだ!「運命の人」は捕らわれの身だったのか。ほかにも何万本という「腕」が俺の「腕」と同じところに手を突っ込んでいるがーーーそんなことは気にしている場合じゃない!今すぐ助けなきゃ!!このコンピューター、さては偽物だな。常識的に考えて、そもそもこんな山奥にコンピューターなんかあるはずはない。

ぶち壊してやる!そして俺は救い出すのだ。運命の人を。やがて俺たちは結ばれる・・・



「そこまでだ!」

不意に声が聞こえた。背後を振り向くと、人間がいた。「腕」をかき分けてよく見ると、警察だった。

「不法侵入の疑いで、現行犯逮捕する。」

抵抗する余地もなかった。俺はあっというまに手錠をかけられ、パトカーに乗せられた。

「しかし、どうしてこんな場所が分かったのだ?ここが某世界的IT企業が内密に建設したサーバー・ルームだということに、なぜ気づいたのだ?」

俺は唖然とした。

警察が嘘を言っているようには思えなかった。様々な情念が同時に頭をよぎった。自分以外のたくさんの人間から伸びている「腕」も、全く同じコンピューターの中に入り込んでいたこと。山奥にはおよそ不釣り合いなほど、最新型のコンピューターがたくさん置かれていたこと。そして最近、SNS上で気の合う女性がみつかり、DMだけのやりとりにもかかわらず俺のことを本当によく分かってくれて、とても仲良くなっていたこと。顔も見たことないのに、ほとんどその女性が好きになりかけていたこと。

もしあの女性が俺の運命の人だった、ということなら?

もしあの女性が現実の人間ではなかったとしたら?

そして、同じようにコンピューターの中に「腕」を伸ばしているたくさんの人間の「運命の人」もまた、現実の世界に生きている人間ではなく、山奥に置いてあるスーパーコンピューターが作り出した架空の人間だったとしたら?

俺はむやみに寒くなってきた背中をこすりながら、警察に毛布を要求した。

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