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届かない

あなたとの会話はいつも一方的なキャッチボールみたいだった。
私の豪速球とか変化球を彼はなんなく拾って、私には柔らかく弧を描いて投げる。
お互い落とさないようにするけど、たまに私が掴めない。
きちんというと掴まないのだ。

そんな2人には始まりがなければ期限もないように思えた。
常にストイックなあなたに私はいつも上目遣いで詰る。
あの日もそうだった。
外はとても晴れていたのに私は私の部屋に居る彼と、もう少しで咲きそうなサルビアとぼうっとテレビを観ていた。
私はいつも通り彼の右側、定位置について横顔をなぞってみたり、つまらない旅番組を見たり携帯をいじったりしていた。
明日は全国的に雨の予報です。
嘘つけ、こんな天気なのに。
心の中で思った。

別れようか

いきなりの最悪の出来事だった。
それから何分間かつらつらと理由とか気持ちとか、私が傷つかないように考えながらゆっくりと噛み砕いて話してた。
そっか、彼には明日が雨だとか今日が晴れだとかそんなことはどうでもよくて、私と別れるための話を切り出すことばかり企てていたのか。
明日は、雨だよ。
外を見ながら呟いた私に、
こんなに晴れているのにね。
なんて返すから、私はついに泣いてしまっていた。
だって、終わりまでおんなじ事を思っているのに、さっきまでの日常はもう思い出になろうとしているから。
返したくない。だって、明日は雨だよ。
あなたが嫌いな雨なんだよ。
黙ってるあなたの横顔を詰った。もう私の目すら見てはくれないと分かったから、冷たくなったあなたの大好きな手をそっと握った。
まだ少し暖かい私の体温が前見たくあなたに移って、いつもみたいに抱きしめてって、あなたを見た。
そんな最後だった。

思えば最近彼はおはようとおやすみを私を見ないで言う。
真っ白な壁やきれいなフローリングや薄緑のカーテンを見ながら、おはよう、おやすみを繰り返していた。
2人で買ったマグカップももう隣には置かなくなっていたし、ドアを閉めるときに帰りの時間も言わなくなっていた。
そんなことにたった今気付いた自分に嫌気がさした。
時間がそんなに経っていたことに今更気付いた。
2人の時間は空気みたいになって、やがてこんな風に咎めたく思う今日がやってくる。
一緒にいるだけで幸せだなんて幻想でしかないよな。
恋なんてあまりにも脆く、呆気なく、そして拙い。

あなたが出て行った後も、あなたの匂いに釣られて少し泣いたりして、部屋の全部が懐かしい思い出に変わっていく、眺めたらまた涙が溢れた。
もう、戻って来ないあなたの髪の色を想う。
雨だなあ。
あなたはきっと、しかめっ面をしているだろうな。


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