さくら

短編集

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そんなことだったのか。

面倒見が良い彼はいつも私を甘やかした。 お腹が空いて起きた朝は、食パンかご飯か、私のあくびを見送ってから支度をしてくれた。 トースターがパンの焼けたを知らせてから私はゆっくりと立ち上がって、カーテンの隙間から今日の天気を調べた。 それから彼は空気のようになる。本を読んでいる横顔はまるで芸術品のように佇んで、私を纏う。 私たちはいつも遠慮がちのようでお互いに頼りきっていた。 結婚となると逡巡したが、一生一緒にいるんだろうと漠然と毎日を過ごした。 彼が作る料理はどれもシンプルだっ

    • 2人暮らし

      苦い味がした。 あなたが私の名前を呼んで、果てるときは必ず苦い味がした。 「服なんか着なくていいじゃん、その方があったかいよ」 って君が言うから、私はいつもそれに従った。 そうなのかも知れないと思った。 私が朝寝坊して起きる時は、君は仕事に行くねと優しくキスをして扉を閉めた。 預けてくれた鍵は、唯一の縋り付く理由で、あなたが私に託すから、私は素直に受け取った。 気づけば、慣れに徹した自分をふとした時に感じて、静かに律した。 彼に出会う前は、刺激だけが毎日を照らしてた。 彼に会

      • 仄暗い夜明け

        朝起きた時に、まだ少し寂しくて、天気が良い日は海へ行きたくなって、酔っ払って寝る日は、どうしようもなく会いたくなってしまう、仕様のない私を、誰でもいいから救って欲しかった。 昨年の秋は、肌寒い日が続いて、夏の暑さはすっかり忘れてしまっていた。 マスクの中に色を仕込むのを忘れない私に、「どうせマスクに付いて、洗うのが大変になるだけなのに」と彼は眉を顰める。 その顔が大好きだったから、彼が困ることや、仕様もないところをずっと魅せていたかった。1LDK、2人でいるのは少し狭い部屋だ

        • 冷めない

          私はもう、分かっていた。 これから言おうとしてる言葉を君が飲み込むことも、黙って頷くことも、私が泣くことも。 もう季節は君と出会った頃からだいぶ変わってて、あんなに蝉が鳴く8月は、とうとう雪を降らす12月まで捲られていた。 夏は嫌いだ、虫も暑さも海もなくていい。 君が言った言葉が今も消えない。 私もいつしか夏が嫌いになった。 あまり外へ出たがらなかったから、たまにの外出は頗る幸せだった。 君の発する言葉は、いつも私の顳顬を擽る。 喉から口先まで出まかせでもいい、悦ばせて欲し

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        そんなことだったのか。

          行方知らず。

          眩しい昼下がりはまるで私たちの温度のように暖かくて、幸せだと呟いた。 手を繋いで帰る帰り道は、私たちだけのヴァージンロードのように赤く染まって、高揚する気持ちと紅色の頰が優しく光る。 零さないように落とさないように、気をつけながら歩いていたつもりだった。 だって、幸せって儚いから。 幸せなんて幻想だから。 最初に彼と2人でお酒を飲んだ時に、更新を選んでいる私が素敵だと彼が言うもんだから、思わず好きだと言いそうになった。 痛いところをつかれた。 隙を見せないように生きていたつ

          行方知らず。

          生活

          彼の華奢な指が好きだった。 あなたが私の部屋に来る時は、必ずチョコレートと350mlの缶ビールを2本買ってきた。 部屋に入るとすぐに、私にキスして、缶ビールを開ける。プルタブを引っ張るとプシューとときめきが詰まった音と白い泡が湿った部屋を包む。冷たいビールだったけど、私はチョコレートとビールは合わない。とずっと思っていた。それは一度も口に出したことがない。だってあなたが、幸せそうに笑うから。これが幸せかーなんて横顔を詰って、もう一度キスをせがむ私に、「星が、綺麗だよ」とその綺

          千切れる

          つい先日旅行に行ってきた。 一人旅というやつで、カメラだけは持ってきた。 昼間は海辺の街をぶらぶらして、商店街の猫に驚かされたり、昔ながらのクリーニング屋さんの前を撮ってみたり、同じ向きの木を眺めながらご飯を食べた。 ホテルに着いて、温泉に入ってから、少しビールを飲んだ。ほろ酔いで、外の空気に触れたくなって、外に出た。 私は、ここの屋上にあがったら綺麗な夜景は広がっていないでくれと心の底から願いながら階段をあがった。 もし、海の上に光が点在して私の目の悪さが善と出てボヤけてい

          千切れる

          届かない

          あなたとの会話はいつも一方的なキャッチボールみたいだった。 私の豪速球とか変化球を彼はなんなく拾って、私には柔らかく弧を描いて投げる。 お互い落とさないようにするけど、たまに私が掴めない。 きちんというと掴まないのだ。 そんな2人には始まりがなければ期限もないように思えた。 常にストイックなあなたに私はいつも上目遣いで詰る。 あの日もそうだった。 外はとても晴れていたのに私は私の部屋に居る彼と、もう少しで咲きそうなサルビアとぼうっとテレビを観ていた。 私はいつも通り彼の右側

          届かない

          ぼやけて

          窓際で小さく洗濯物が揺れた。 今朝は始発まで飲んでいて、その時の服が嬉しそうに揺れている。 私と彼が良く飲むのは上大岡駅のブルーラインから地上に昇って、横断歩道を渡り、右に歩いて少し行った、地下に降りた居酒屋。 魚料理が有名なお店で、ひっそりと佇ずむ雰囲気がお気に入りだった。 話すのは大抵、仕事の話とか、友達の話とか、恋愛のこととか。 はっきり言って、お互いいい恋愛をしてきたとは言えなかったけど、それなりに一喜一憂はしてきた。 彼は一途に思っていた私の友達に振られ、私は長らく

          ぼやけて