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冷めない

私はもう、分かっていた。
これから言おうとしてる言葉を君が飲み込むことも、黙って頷くことも、私が泣くことも。

もう季節は君と出会った頃からだいぶ変わってて、あんなに蝉が鳴く8月は、とうとう雪を降らす12月まで捲られていた。
夏は嫌いだ、虫も暑さも海もなくていい。
君が言った言葉が今も消えない。
私もいつしか夏が嫌いになった。
あまり外へ出たがらなかったから、たまにの外出は頗る幸せだった。
君の発する言葉は、いつも私の顳顬を擽る。
喉から口先まで出まかせでもいい、悦ばせて欲しいから、いつも目を見張った。
そんなことを考えてるけど、もしや、今日も帰っては来ないのか。
今頃誰と、今頃何を、して、させて、その表情で柔らかく包んでいるのか。
気を紛らわす方法は死ぬほど知っている。
死ぬほど試したのに、私は今日も気が狂いそうなほど、苦しくて、やるせなかった。

彼の自由なところを好きになった。
好きになったツケが、今は私を蝕む。
私を縛らない人が良かった。彼を縛るつもりはないから。
最初の約束は見事に守られて、今は私を蝕む。
干渉は別れを早めるのを初めから知っていた。詰められない心も、沸きらない私も、こんなことを君が知ったら、とっくに冷めるんだろう。

半分一緒に住んでいるような彼の部屋は、生活感がまるでない。
絨毯も敷かないフローリングと、コート掛け、テレビとテーブル、ソファーがあるくらいで、未だに私に懐かない。
ソファーだって座り心地が悪いし、部屋のどこにいても隠し事は全てバレてしまうような一室で、君はいつも、どうやって嘘をつき続けてるんだろう。
やっぱり私には懐かない部屋だ。
君ばかり溶け込む。
鍵をはじめて持たせてもらった時は、飛び跳ねるほど嬉しかった。
彼を所有出来ている気がして、殊勝な女であった私なんてすぐに捨てた。
そこから恋愛の概念も変わった。
尽くすだけの愛は、いつか飽きられるのを分かっていたはずの私が、爪先から頭のてっぺんまで彼に捧げようとしていた。
友達に何度止められても、私は彼をやめられなかった。
彼は、私の他にも愛でた女がいる。
感づいていて、気づかないフリをして、隣で甘えた。
だって、合鍵を持っているのは私なんだから。
彼のこのがらんどうのような部屋だって、その気になれば変えられるし、私の匂いにだって出来る。
そんな強がりは3秒で弱気を連れてくる。

ほら、今日も1人だ。

今日も君がいない部屋で、君の匂いに包まれて、眠る。
もう同じようには愛せない。
今日で最後にしたら、明日からは、この合鍵も別の誰かの悦びになるんだ。

ただいま

聞き慣れた声が、足音と共に部屋に入って、寝たフリの私の髪を優しく撫でた。
ああ、こうやってまた君に溶けていく。
痺れる足先を一生懸命冷やして、
もう少しだけ、信じてみたい、寝言でいい、少しでも愛があるのなら。
そんな、弱い意志が私を崩す夜。


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