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僕はね、先生みたいな学生になりたいんだ── レトルトパウチ!感想

要約

子供の頃、僕は先生に憧れてた。

先生に憧れる学生は期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなる。そんなコト、もっと早くに気が付けば良かった。

こんな煩悩に溢れる開幕のラブコメを読んで、僕はプラトニックな後悔をしている。

好きの意味を求めて

横槍メンゴせんせ。聖杯戦争に近しい地獄をつくりあげる魔法使い。僕はその地獄を巡ってきた。好きの意味を求めて。

そして今回も、自分がみることが決してあってはならない地獄に片足を突っ込む。僕が普段いるつまらない天国の片隅。そこで義務を果たすために読まなければならない専門書を、わきに置いて。

「レトルトパウチ!」。性欲に屈服した高校生たちのなかにいてなお、純潔ヴァージンを守るものたちの、恋の物語。

といえばアホほど聞こえはいいが、ラブコメなので凄まじい戯画カリカチュア化がなされている。政財界の顔がいい連中ばかりのなか、コンドームを筆頭とする普段は隠されているはずのものが溢れる無法地帯。

なんやこの悪夢は……

煩悩は満たされるが大切なものがみつからない地獄で

横槍メンゴせんせの短編集「一生好きってゆったじゃん」と「めがはーと」は、かなり現実に即した部分から恋と煩悩を巡る説得力リアリティあるストーリーラインを組み立てていた。

それだけあって、今回のレトルトパウチ!は混乱した。

とはいえ、ストーリーが進んでいくほど、僕が短編で味わってきたあのせんせの調子が戻ってきた。煩悩と恋との違いを証明する、いつもの横槍メンゴせんせだ。

それで僕は気づいた。
そうか。煩悩で溢れたその世界においてこそ、もっと大切な好きとか恋愛とかいう多義的で、バラバラで、抽象化されてなお伝わることのない、遥かなるモノへと近づけるのかもしれないと。

最終話は、そんな全てが詰まって光り続ける。

僕が学生の時、そうした煩悩と恋の違いを大真面目に考えることはうまくできなかった。学生の時は煩悩と妥協に溢れたしょうもない行動しかできなかった。

かといって、本当に自分の夢を果たそうとしている相手に選ばれるための努力もうまくできなかった。いま振り返れば相手は憧れの存在でしかなくて、どう接すればいいかわからなかったせいでもある。

そんな、僕にとっての先生に恋をした学生の頃を思い出す。

わずかな時間、これまでほんのささいな出来事だったとしても本気になっていた自分を。好きとか恋愛というにはあまりに多義的で、バラバラで、抽象化され、結局は遥かなるモノに辿り着けなかった、あの頃を。

学生時代の先生との恋というにはあまりに多義的な思い出

あるイベントの作画講座に選ばれて行ったことがある。そこで凄まじい作画をしている人がいた。講師の人とも堂々と毅然と話していた。かっこいいと思った。そんな憧れから話してみたくて、僕は人生で一度きりのナンパをした。彼女は笑って応じてくれた。

ほとんど同い年なのに、僕よりずっと、絵の上手い人だった。それだけじゃなくて、姿勢が良くて、それは芸術で食べていくと話しているその精神にも宿っていた。僕らはイベントをまわりながら、話をした。

LINEを交換し、僕の作画についても直してくれたりして、教えてくれたりもした。僕にとって彼女は、関わった時間がどれだけ少なくとも、先生だった。

出会った時、先生は誰よりも、何かを学び取ろうと努力している学生だった。

その努力の甲斐もあって、先生はやがてアニメーターになったようだった。動画マンからがんばっていたようだ。

いっぽうの僕は、絵がうまくなれたものの絵の仕事に就く道を諦め、やむなしでスーツに身を包み、ITエンジニアとしてキャリアを始めていた。高専を終えてすぐ、妥協して年上の彼女と同棲を始めていた。僕の歩みは、煩悩にまみれていた。

あのとき、先生から教わったことをもっとたくさん学んでいれば、先生と違う場所で、けれど同じように絵を描く仕事に就けたかもしれない。

先生にとってはアニメーターとしての仕事のほうが圧倒的に忙しそうなのは、LINEの投稿(名前がよくわからない)を見る限りでもわかっていた。だが、働いていて疲れていそうな言葉が印象に残った。だから、見返りは少ないだろうと思った。本当のところはわからない。

そんな先生をみていたせいか、なんだか不平等なのをそのままにするのはよくない、という気持ちだけが、傍観者の僕にはあった。

ITエンジニアとしてサラリーマンになりたくなかったのも、そういう不平等にきっと屈することになるだろう、と思ってのことだった。かつてサラリーマンと不条理はセットなのだと本気で思っていた。

会社で不条理でもないように仕事を続けられているのは、周囲の人たちのおかげで、本当に偶然でしかないんだと思っていた。だから期待に応えられるように、けれど誰よりも最良のやりかたをもとめて必死にIT系の本にかじりついていたし、コンピュータでプログラムを書きまくった。

それでも僕は先生のように気丈に振る舞えるほど強くなかった。僕は兵士のように要求されたことを果たす。だからこそ、ITの世界で兵士として、自分のできることを増やそうと必死になっていた。

それでもアニメーターとしていくつかの作品に参加したと報告し、輝いていた先生に憧れを抱いていた。そのほかにもいろんな事情があって、ちまちまとオリジナルを描いたり、絵を描いたりしていた。

しかしどんな作品をつくればいいのか検討がつかない。そういうわけで、ふだんから何か作ってる人たちで集まったりできる場をつくって、そこで考えたりできるようにしようと思った。そういう仕事を、スーツに身を包んだだけの僕はつくりたかった。

だがこれは悪手であった。今ならわかるが、ITバブルにおいてとりあえずシステムをつくりましょう、なにをつくるかはこれから決めるね、みたいなのと違いがない。

要求があいまいすぎる危険プロジェクトだったのだ。

プロジェクトは、関わる場合はこれからの進退を賭ける必要がある。その要求を叩き直し、公正さをつくりだせる統制を敷き、集まった意見を最高のものにしていくべく、自分自身で主導権を担って対処しなければならない。

僕はいくつかのプロジェクトに参画しながら、自分にとってもっとも噛み合うオフィスカジュアルとアスレジャーのハイブリッドの服装へと変わりながら、そのすべてを改作する役目を担ってきた。だから余計にわかる。

かつての僕のようなスーツを着ただけの煩悩まみれの依頼主、プロデューサー、編集者、リーマンに誰もついてくるはずがない。要求のあいまいな、つまり信頼できない依頼人でしかなかったのだ。そんなやつは責任を負えそうにない。

先生からは当然、丁重にお断りされてしまった。言葉少ない、毅然とした先生の対応は、まったくもって正しかったといまならわかる。

とはいえ、煩悩まみれな僕はイジけたりした。先生は僕のような妥協ばかりで欠点ばかりで、なのにすごくなろうと振る舞おうとするスーツ着ただけのクズの僕と一緒に仕事をしたくなかったんだろうな、とか。

イジけてるとき、LINEの投稿を眺めていることがあった。それでたまに先生の投稿をぼんやりながめ、かっこいいな、と思っていた。だが、あるときに投稿がすべてなくなってしまった。

きっと、アニメーターとしての生活が先生にとって当然になったんだろうな、と思った。僕もそうしてITエンジニアをやりきるために、入社直後に学生時代のLINEの投稿をぜんぶ消したからだ。

先生がどこか遠くに行ってしまったようで、少し寂しかった。自分のことを棚上げにして。

学生の頃からしていた僕の先生への恋は、そうして相手から教えてもらった自分の未熟さに打ちのめされて終わった。

わずかな時間、これまでほんのささいな出来事だったとしても本気になっていた自分。好きとか恋愛というにはあまりに多義的で、バラバラで、抽象化され、結局は遥かなるモノに辿り着けなかった、学生の時代は終わった。

そうして僕は、自分のために大人になる道を選んでしまった。人から見て眩く気高いものなんか、一切ない。自分の使命感のためにたくさんのものを作り直す、他人にとってはつまらない大人の道だ。

小説も、絵も、システムも、たくさん作り直した。

だから、いまはそれに巻き込まれてしまった他人のために、その責任を負う。それがいま僕が社会にいる理由を保っている。時々誰かに教えなければならないのも、自分のしたことを償うためだと思っている。

僕はそうして、先生とは程遠いあり様のまま、大人になってしまった。

エピローグ

子供の頃、僕は先生に憧れてた。

先生は誰よりも、何かを学び取ろうと努力している学生だったからだ。

先生に憧れる学生は期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなる。そんなコト、もっと早くに気が付けば良かった。

あのとき、先生のように、先生から教わったことを起点にもっとたくさん学ぶ学生であったのなら、先生と同じように絵を描く仕事に就けたかもしれない。だが、いまや何もかもが遅かった。いまやただの、ひとりの大人でしかない。

本当にしょうがない。
しょうがないから、僕はもう一度なってやろう。

どこかの学校に入り直すのはもう無理だけど、独学なら大丈夫だろう。本ならすでに、600冊以上はある。もう絵を描くかどうかはわからないけれど、プログラムコードに近い小説ならばどうにかなるだろう。

あのときの先生の毅然とした振る舞いに、あの優しさに、あの努力に、僕はまだ近づけそうにない。

それでも、レトルトパウチ最終話のように、

あの恋を、
あの憧れを、
諦める必要は、どこにもないのだ。

そう思うから、誓いの言葉を宣言する。
今この気持ちを、いつまでも、決して忘れずにおきたいから。

僕はね、先生みたいな学生になりたいんだ──

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