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忘れられるうちに

人間は忘れる生き物だ。

たとえば昨日の夜ご飯はなにを食べたか。
今朝、起きて最初に笑ったのはなぜだったか。
近いはずのことでも、簡単に忘れる。

一方で、人間は忘れたいことほど忘れられない生き物だ。

見えていたものを失って、手元に残るのは見たくないものばかり。
見れば見るほど傷は抉られる。

要らないのに。消したいのに。見たくない。

消えない。消せない。

消えて。消えろ。消えてください。

一度負った傷は、幾度となく私たちを抉りつづける。
そして、醜い私を、まざまざと見せつけてくる。

忘れたはずのことが形を変えて、私を突き刺すのは、許したはずのあの日が、また蘇ってくるのは、なぜだろう。

嗚呼でもいつかは、この疑問だって、なにも残らない、すべては消えてなくなり、忘れられることすらなくなる。

人間は、忘れられるために生きている。

だからせめて、忘れたことを、忘れないうちに。

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