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過去記事を振り返る 家族にうつ病患者が居たということ

嵐の中に居た感覚はあります。ただ、嵐だからそのうち去るとなぜかその時思ったんですよ。とても自然になぜかそう思っていました。

ぜーんぶ吹き飛ばされてめちゃくちゃになっても、災害大国の大和魂的な、淡々と粛々とガレキを片付ける姿みたいなことを想像していました。

実際の災害に比べれば、特にガレキは無いわけで、後は感情的なものをとっとと片付けるみたいな。こう言う言い方をすると、当事者の方には失礼なのかもしれませんが(・_・;)まあまあドライな私です。

わかり合えないし、どうすることもできない。と言うのが私の基本スタンスで、自分ができる事をする。ただそれだけ。

夫婦でも、親子でも、特に変わりない。

定型発達でも、発達障害でも、それが何か?

と本気で思っている。

オチビちゃんだった頃の息子たちには、それなりに頑張ったけど。でもそれなり以下だったと思うwwwそれくらいでちょうど良かったんじゃないかなと感じています。

私がこんな調子だから、子どもたちも自分のできる事をするようになったわけで、結果オーライ◎

分かってもらいたい
分かり合える

みたいなスタートをしなくなったのはいつ頃からだろうか。多分、27、8とかくらい。30代手前で猛烈に悩んだり落ち込んだりして、厨二病を拗らせて、どん底まで掘ってみた。そしたら、自分のエゴの強さに自分でドン引きしたのを覚えている。

でも、これくらいの頃はまだなんとなく可愛げとか娘っぽさとかを持っていたような…(ノ∀`)多分この感じが無かったら結婚には至ってないだろうな…。

女は弱し、母は強し
みたいな事やっぱりあったなぁー。あっ。妻も強しだなぁ。

強さっていろいろあるけれど、私は今の強さがけっこう気に入っている。ドライな私が、ウェットの塊である家族なんてものをやっていて、それが案外楽しくて、毎日のように学びがあるのだから、まだまだやめられそうにない。

世の中的な枠とか、向いているとされる事が必ずしもそうとは限らないもんなんだなぁ。結婚とか家族とか子育てなんかに向いているか?と聞かれたら、私みたいな女は向いてないと思う。相手が良かったし、環境が整ったから楽しく過ごせているだけのこと。

環境調整は誰にとっても、すごく大切。環境さえ整っていれば大抵のことは乗り越えられるものだと、私なんかは思います。それは、家族構成を変えるみたいな方向の人もいるかもしれないけど、私の中ではそれは考えられなかった。上手く行く為の調整をもっとやってみたかった。

制約の中にある自由というのはとても面白い。夫がうつ病を患ったという制約の中で、私に何ができるのか。相手のためでなくて、私が家族の中でいかに面白味を感じて生きるのか?そう言う挑戦をしていたように思います。

あるものは、ある。
あるものを無くそうとしたって無くならない。
あるものは、あるんだから。

あるものが、無くなることだってあるでしょ。
それは、私が無くす事はできない。
ただ、無くなった。それだけのこと。

結界を壊しにかかっても無駄だし
触らぬ神に祟りなしもちょっと違う

居るようで居ないような、居ないと思ったら居た!みたいな変な存在が意外といいんじゃないかなと。変態女は考えたのでしょうね。全くもって変な事をしていたなぁと思いますよ。うつ病の夫と不登校児と暮らしているとは、あまり誰も思わなかったかもしれません。そう言えば誰にも言ってないなぁ。スクールカウンセリングでイケメンカウンセラーさんにチラッと夫の話しした事もあったけど、息子の話し以外は基本的にはしてないから、私の周りの人はほぼ誰も夫がうつ病だとかは知りませんでした。

この頃の私の困り事って殆ど無くて、唯一困ったというかなんというか、家族に何かしらの問題があると、音楽が聴けなくなっちゃうんです。自分の気分に合う音が無くなってしまう感覚。だから、少し寂しいというかヒマというか娯楽みたいなものが無くなっちゃうんですよ。音楽に限らず、これまで楽しんできた芸術鑑賞みたいなこととか、映画とかマンガとかそういった類の物や事、全般が壊滅的な状態になってしまった。どこにもアンテナが振れないし、受信できないみたいな。そのくせ、子どもたちが『ゆず』の曲とか歌っちゃった日にゃ〜号泣するとか(T_T)とても不思議で、結婚するまでにこんな経験をした事が無かったので、とても驚きました。

恐らく、竹のようなしなやかさを手に入れる為に無意識で中身を全部捨てようとしたのだろうと、振り返ると気が付きます。中身が無ければ、片付けるのは一瞬ですからね。この辺りも、怠惰のなせる技かもしれない。

↑すけさんのおっしゃることが、なんだかものすごく腑に落ちる感覚がありました。私の中で起こっているような事が、すけさんのnoteの中に見つけられて、なんだか安心したようなホッとしたような。焦るつもりはないのだけど、すけ先輩のようにちょっとずつ初めてみようかな。なんて。

最近もまだピッタリな音楽が何なのかは分からずじまいだけど、↓ベタちゃんの歌声がなんだかフラットに入ってきて嬉しかった。空っぽな私のアートの棚は、空っぽなくせにより好みをするの。若い頃のように何でも棚に並べてみてから要るものと要らないものを分ける事ができなくなっちゃった。無くなったつもりでも本当は棚にあるのかもしれないな。今はまだその時じゃないから、魔法がかかっているのかもしれない。

ベタちゃん素敵な音楽を届けてくれてありがとうございます!皆さまもぜひ聞いてね。

次回は、私がベタちゃんの音楽やnoteから勝手に受け取ったイメージとか、いいなぁと感じている事をnoteにしてみたいなと思います!ベタちゃん、上手く伝わるかどうかわからないけれど、やらせてください。よろしくお願いします。

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