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令和6年度共通テストを受けてきました

”共通テスト”への思い

 共通一次テスト1期生のぼく自身にとっては、ある意味「想いの深い」ものでもあります。
 そして、ぼく自身にとっては、国立個別テスト(二次試験)のような試験ではそれなりに満足した気持ちで終われるのに、この「共通テスト」系では一度も満足した気持ちが持てたことがない…このことが何十年も心にわだかまりが残っているところなのです。
 それでも、なんでここまで、共通一次、センター、共通テストと(途中抜けはあるものの)受験を続けているのか…そのことについて改めてちょこっとだけ綴っておこうと思います。

今年の共通テストは…

 今年の受験会場はT大学。大学入試センターの主催する試験をここで受験するのは初めてです。センター試験から共通テストになって数年、今年の問題を解いていて、ちょっと落ち着いてきたのかな、それとも来年の新課程生を迎えるにあたっての姿勢なのかな……と思いながら受験させてもらいました。
 たとえば…英語(リーディング)は、またまた分量が多いですね。これを内容を抑えながら読み切るのは大変です。理科については、はっきりと難易度の変化(時間のかかり具合の相違)を感じました。世界史は……倫理政経は……国語は……いろいろと思いはありますが、細かい問題の傾向などは、各予備校さんや教育関係の業者さんなどの専門的な分析にお任せしたいと思います。

共通テストを自分が受験し続ける意味

1.生徒の気持ちを忘れないため

 まあ、このことは、「そうだろうな」と常識的に受け留めていただけることと思います。当日に至るまでの気持ちの動き、試験中の気持ちの変化、試験と試験の合間の感情、終わったときの思い…そこをそのときどき刻々と変わる子どもたちの感情について経過とともに理解しておくことがとても重要かと捉えています。また、この結果をもって各大学に出願する生徒の心の重みを少しでも感じて分かち合いたいと考えています。

2.問題傾向の変化を知るため

 これについては「当たり前のこと」とはいえるものの、「別に受験場で受けなくてもいいんじゃない?」という疑問を持たれるかもしれません。
自分の担当教科・科目だけであれば受験場にまで行って受験生といっしょに受ける必要は感じません。しかし、自分が普段担当していないものも含めて、全体として把握し、それをもって以降の生徒への指導に生かすためには、ぼくにとってはこのような場が必要であり、またそれを継続することが求められると感じています。

3.試験場の雰囲気や変化を掴むため

 試験場の雰囲気に圧倒されてしまう生徒が必ずいます。普段の力が出せないで終わってしまう生徒、とても悔しそうにしている生徒…毎年見かけます。
 共通テストは、一般的な(=学力)入試のはじめであり、なおかつ大きな影響を与えるものです。ここの結果が第一志望の合否に大きく影響を与えることがほとんどです。そのマイナスな影響を極力小さくするようにしたいと考えています。
 そこで、単なる情報伝達だけではなく、実際の受験場における雰囲気をできるだけ忠実に詳細に伝えていくようにしています。たとえば、試験監督の話す「セリフ」や各試験の前の時間の様子…などなど、通常の学校や教室では感じることのない雰囲気をもった場について説明し、あるいはできるだけ「現場」の雰囲気に近い場創りをおこなったりすることが求められていると考えています。 

4.「合格するための方法」を実感するため

 授業担当科目以外に関しては、「受験勉強」はもちろんのこと、特別な学習や復習をせずに受験することとなっています。そうするとどういうことになるか、どれだけ得点力が落ちるのか、自分のものとして実感することができます。
 たとえば、数学は「勉強」することがなくなってからどんどん得点できなくなっています。その変化は……
①問題を見たとたんに「これは○○の問題、△△をつかえば解ける」と意識さえしないうちに手が動く感じで直ぐに解ける。
②問題を見て「これは○○の問題だから、△△をつかえば解ける」とまでは直ぐにいけるもののその後のスピードが落ちてしまう、または計算間違いをしてしまう。
③問題を見て「これは○○の問題だなぁ」とまでは直ぐに気づくものの、どうすればいいのか解き方を決めるまでに時間がかかるようになる。
④問題を見て「これは○○の問題かな」まではいけるが、解き方がなかなか浮かんでこない。
 結果として「時間が足りない」ということになり、得点することが難しくなっています。
 ここで気づくことは、「対策をとらないと高得点できない」ということです。それを実感できます。特に数学やそれに類する科目は練習量でスピードが変わります。共通テストは、処理能力が問われる形のものですから、そこが如実に表れます。常に練習を重ねること、そこが絶対必要だと感じます。こうして、自分自身の実感をもって、「受験勉強」の進め方について伝えていくことができます。

生徒さんの…

 少なくとも、周りの生徒さんたちの何らかの思いを背負って受験していることは確かなようです。ある意味「いっしょに頑張っている」ということで仲間として受け入れてくれているのかもしれません。そういう意味でも、この高校教育に携わっている間は、点数は取れなくても、受験し続けていこうと覚悟を決めたところです。

追伸

もうやめたいけれど…

 正直言って、体力的にはキツイです。限界に近いといってもいいでしょう。首は痛くなるし、腰も痛いし、背中も痛いし、ああキツイ…それでも、毎年マラソンレースに挑戦する人と同じ気持ち(?)で、受験しています。
 周りの人の中には「趣味で受験しているんでしょ!」という人もいます。本当に失礼な!! 特別な勉強もしていないから、得点も下がっていく、それでおもしろいわけがないじゃないですか!!! それでも、受験することの意義を感じるからお金をかけて会場で受け続けているんです。

試験監督をしている方々へ

 最後に、試験監督の先生方ご苦労様です。あれだけ気を遣って長時間見守るなんてぼくはやりたくありません、いやぼくにはできません。ありがとうございます。このような形の試験がいつまで続くのかわかりませんが、これからもよろしくお願いします。




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