ボクかっぱさん
20年以上前から学んできて、「アクティブラーニング型」授業を実施しています。さまざまな演劇的手法を駆使し、さらにKP法やジグソー法等を組み入れ、「たのしく」「ふかく」「本質的な」学びを行うことを目指しています。 更新は不定期です。
「学びはたのしい❣」🐉卒業式が終わった一人の卒業生から、 「藤牧先生、お世話になりました。先生の授業楽しかったです。ほんとほんとマジで… 一年しか受けれなかったというのがマジででかいです。逆に一年は受けれたんで前向きに考えて……ほんとうにありがとうございました! 毎日楽しかったです。」 と言われました。ぼくの方からは、 ”学びはたのしいはずですから、大学でたのしんでください” と返しました。すると卒業生から、 「ありがとうございます。楽しみます!」 と…… 「すごい役に立ち
4年次(高校1年相当)「公共」前半「代表決め」 きょうの授業は前半が明日のビブリオバトル決勝に出るクラス代表決めでした。初めて、ロイロ・ノート「アンケート機能」に搭載された「ゲームモード」を使って実施しました。 さらに、来年度担当先生希望投票や授業希望アンケート、今年度の授業への印象などなど、訊いてみました。時間に追われる感覚もゲームのようで、楽しんで進いったようで、クラス代表も決まりました。 後半「きょうのテーマ」 後半は、生徒が提供する社会に関する問題に向けて
「交通を経済学で考える」講座開催 2月26日、勤務校において、慶應義塾大学商学部教授加藤一誠先生をお招きして、実践的「経済学」の講座が開かれました。 「交通」を通した実践的なお話でした。それは、当に「中学公民」「公共」の教科書に載っているものとは異なることや教科書で学んできたことだけではないことが分かった…ということになったようです。 「経済学」って… 経済と聞くと「金儲け」のことだけが頭に浮かびあまりいいイメージがない、あるいは、現状の社会状況、経済状態をみて「経済学
”共通テスト”への思い 共通一次テスト1期生のぼく自身にとっては、ある意味「想いの深い」ものでもあります。 そして、ぼく自身にとっては、国立個別テスト(二次試験)のような試験ではそれなりに満足した気持ちで終われるのに、この「共通テスト」系では一度も満足した気持ちが持てたことがない…このことが何十年も心にわだかまりが残っているところなのです。 それでも、なんでここまで、共通一次、センター、共通テストと(途中抜けはあるものの)受験を続けているのか…そのことについて改めてちょこ
公開授業研究会 勤務校で授業公開があるときに、ぼくも授業を公開させていただくのです(公開授業とするかどうかは担当教員の自由となっています)が、いままではできるだけ多くの授業をその時間に入れていただき、公開させていただくようにしてきました。 何よりもありがたいことは、公開授業研究会等で授業公開を行ったときは、授業後に「検討会」があり、そこで自分の授業についての感想やご意見をいただき、またそこから自分の考えやその授業の意義を話し合うことによって、授業のブラッシュアップができると
5年目 某私立大学にて、教職科目「教育方法論」を担当して5年目です。そう、担当するにあたって、実は、事前に「『教育課程』と『教育方法論』のどちらか担当してもらおうと思うんだけど、どっちがいい?」と尋ねられました。どちらにも関心はありましたが、あえて、「どちらでもいいです、ぼくにあっていると思う方を回してください」と答えました。 担当は… しばらくすると、大学から教育方法論担当の依頼文書が送られてきました。「さすが、分かってくださっている」と思いました。ぼくを推薦して
9月、授業を観に来てくださった先生から① 観に来てくださった先生方からいただいたご感想を掲載させていただきます。一部、省略や見出しや注釈追加などはありますが、できるだけ原文通りにしてあります。今回は、その第1回です。 今回は授業の見学をさせていただきありがとうございました。 また途中の退室については失礼しました。 「学びの場」 藤牧先生の授業、大変興味深く見学させていただきました。 そもそも私の中では、あの授業はいわゆる「授業」というよりは「学びの場」という言い方が
えっ? なんでそんなことを言うんだろうか? なんでそんなふうに言われなければならないのだろうか… 当に、このときは、当に、耳を疑いました。 そこで、最も気になってたことは、生徒たちの心が荒んでいないかということです。この言葉は、某学校に赴任し、そこで初めての定期試験が終わり、テスト返却の後に生徒から言われた一言なのです。 ぼく自身は、基本的には定期試験に関しては原則的に平均点70点を目指して作成します。このときは結果的にはほぼ目安通りになったものでした。 本来は、
県の高教研「生物部」夏季研修会 8月8日に県の高校教育研究会「生物部」第4支部の夏季研修会の講師を担当させていただいた。研修自体を「対話的で協働的」な進め方で行う予定だったのだが、思わず「従来型講義中心の授業」のような進め方をしてしまった。つまり、こちらから、講義を行い、ところどころで質問を受けてそれに完全解答の形で応えるという講師主役の講義を行ってしまった。このやり方は、生徒主役の授業時間においてはやってはいけないことと考えているものである。なぜダメだというと、『先生がい
きょう行ったところは、こちらです💁 生徒引率で… 研究のこんな説明と体験…これは貴重なことと感じます。 🙇♀️ありがとうございました🙇♂️
公共「倫理(=哲学基礎)分野」まとめの授業 この分野は、多くの哲人が出て来て、それはそれぞれの人を深く調べるととっても興味深い(というか実におもしろい)お話になるのですが、与えられた時間は少なく、かつ登場人物(して欲しい考え方やそこに関連する人物)の数はとても多いという状況です。 そこを無理やり『教え込んだり』『プリント穴埋めでまとめさせたり』するとただただイヤになって社会科(公民科)嫌いを増やすだけになってしまいます。それは、当に、この社会で生きていく「民主主義を支える社
“教えない授業”「怖くないですか? そういう授業をするのは」 …そう、久しぶりに聴いたことばです。先日、身近な先生からこの言葉を投げかけられました。そう、そこで思い出しました、ここに来るまではよく訊かれた言葉でした。これに対しては、「“怖い”ということはありません」と断言できます。 “アクティブ・ラーニングの守護神” 一昨年度、担当クラスの生徒のみなさんからいただいた称号がこの“アクティブ・ラーニングの守護神”です。ある意味、生徒から期待されていると感じたものでした。
年報に掲載されました。昨年度前半の授業実践に関して記述したものです。観ていただき、ご意見ご感想などいただけるとうれしいです。また、これからの教育実践への参考になります。よろしくお願いいたします。 https://www.hosei.ac.jp/application/files/8616/8066/9516/3VOL.21.pdf?fbclid=IwAR1ISnVWl0tCvJGRNDIr9_4tIofK9omYcdioFFiKm1SSiEcH94paMPGzuU8