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『きっかけ』のこと

料理がつくるのが好きだったし、お店で食べたものを再現したり、誰かに食べてもらうこと、好きなことで異性にも興味をもってもらえるための表現するツールの一つだったように…でも特別モテなかったけどW

想像がカタチになる、答え合わせをすることは実験みたいで楽しかった。
飲食店を選びの基準は、自分が作りたいような料理があり、見つかりそうかどうか。食べては口の中で分解していく…ゲームのように。
「作りたい基準」なので、より身近で日常に繋がっていることとアイデア、洗練されていることが大事だったように思います。高級食材や老舗職人はどうのこうのできるものではないから自分からは行かない。

【食育意識】
子供が産まれたことで「食育」に意識が向かいました。
お腹の中にいる時には何が良いのか、和食はバランスがよく子供にもいいのか‥とか。離乳食から幼児食も「出汁をひき、野菜でバランスよく」と、楽しくやれた。それで自分たちの心身は「食べること」で形成されること、子供っての食が情操教育になるんだなぁと。
料理をする親たちに伝えられないかと、小さく活動してみたが「できたに越したことないがそこまでしてとは思わない」「安い、簡単、時短が良い」と…もともと料理はそれほど興味ないから、「子育てで正直それどころじゃない…」「親になっても素敵に楽しみたいし、忙しいし」料理は楽しいと思わないからこれ以上は色んな負荷はイヤで後向きという感じ。だから「簡単時短ぱぱっと美味しい」というキャッチなのが好きとなるよね、人それぞれだから正解はないけど…う〜となる。

では子供に直接感じてもらおうと「食育イベント」をいくつかやってみる…喜んでくれても、あとは大人だよなぁ…と。

【貢献意識】
食を意識すると、環境とより良い社会に通じる。自分、子供たちに何ができるか。
そんな中、東日本大震災と原発事故があり僕らは岐路に立たされた。人間がふるいにかけられた気がしました。放射能漏れでどうなるのか…逃げる?どこに?と。テレビでは「すべてが予想外」で未曾有の事態と言われ続け、社会もストップして右往左往してる。こんなにも予想できていないのか、人間はなんて無力なんだと。いつも賢い達が仕組みをつくり、僕らは「右肩上がりの経済上昇が当たり前」どんどん経済を回さねばの仕組みになんも疑いを持たなかった自分。仕事ではモノを売ることが豊かさなんだと伝えていた。もっと買え買えと、石油、石炭。クリーンな原子力エネルギー。どんどん使い、みんな余計に欲しがり過ぎていたこと。原子力村にたかっていた人たち、信じこんでいた国民、それに疑わず加担していた僕たち。調べたらどこも今にも爆発しそうな古い原発に囲まれていた。もう暴発しだしたらだれも止められないこと。みんな無知な被害者。出続ける放射能のゴミは生命が滅びるくらい溜り続けていてそれをどうするのかさえもまだ見つけられないまま原子力政策は進行している…アホです。マンションを建てているけどトイレをつくるのを忘れているのと同じです…福島の汚染土や水も大丈夫なはずと自然に返している。もう手に負えないってわかったから主要国は原発を止めた。
(これ私の知識不足のところも沢山あり間違っていることもあるかもね)

そのころは何もできない自分の無力さにがっかりしていて、せめて自分たちで考えて何かできることはないか…と考えた時期だったと思います。

仕事ではモノを買え買えという面もあるけど、止められないからせめて良い方向にする努力はしよう仕事として。でも個人としては自分で考えて何かよいことを思いっきりしていこう!と思い直し、自分のできる範囲の5人、10人、50人のひとにできることをしようと思ったこの12年。

少しですが自分発信できることを細々としていて、仲間も増えてきました。

「きっかけ」は未曾有の事態。
みんなが考えること、発見をした機会だったと思います。
僕もまたそのひとり。

いつ何が起こるかもわからない、
いま、この時に本当に大切なもの…とは。

自分は、手の届く範囲ででも、食と社会貢献の活動をつづけること…まだまだつづけるよ未来のため、自分のために。

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