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【短編小説】雨の日のグラウンドを見るたびに、いつも人口密度のことを考えていた。



少しずつ濡れていくグラウンドを見るたびに、いつも人口密度のことを考えていた。


体育の授業をしていたどこかのクラスも、雨が降り出すと先生の指示で撤収していく。この教室内の僕ら数十人だけじゃない。校舎中のほとんど全ての人が今、教室の中で静かに座っているのだ。



それが時々、妙に不思議だった。



あんなに大きなグラウンドがあるのに、なぜ僕らは教室に閉じこもっているのか不思議でならなかった。


少し大粒の雨がグラウンドを塗りつぶして、最後には水溜りを作るのを見ているのが好きだった。落ちる場所を選べない雨粒がグラウンドを自由に使って、どこにでも行ける僕らは、狭い教室で結晶のように規則正しく並んでいる。


例えばグラウンドにクラス全員が入れるギリギリの大きさの円を描いて、その中でみんな直立していたら、きっと誰もがもっと大きな円を描けばいいのにと思うだろう。なのに、誰も、教室の人口密度の奇妙さには気がつかないみたいだった。


雨が強くなって窓際の人は窓を閉めていくけれど、雨粒で徐々に黒くなっていくグラウンドを最後まで見届けたかった。僕らが使わないグラウンドを今、有意義に使っているのは雨の方だった。





ふとグラウンド脇の昇降口に黒い影が見えた気がして目をやると、制服を着た誰かがちょうど傘を差したところだった。彼はカバンをその辺の地面に置いて、その上に持っていた傘を差した。荷物が濡れるのが嫌なら校舎内に置けばいいのに、彼はそうは思わないようだった。


傘も差さず、彼は濡れながら誰もいないグラウンドまで歩いていった。誰かに呼び止められることもなく、どこかのクラスが撤収していったあとのグラウンドの真ん中まで行って立ち止まった。


彼はしばらくじっと立っていた。授業はさぼったのだろうか。1時間目から?それとも今さっき来たところだろうか。あんなにずぶ濡れじゃ午後の授業にも出られないだろうけれど、そんなことを気にしている風には見えなかった。


ふいに彼が空を見上げた。目を閉じてただただ雨を受けているように見えた。しばらくそうして、彼はまた悠々とグラウンドを横切って、カバンと、カバンに差した傘を手に取った。





傘があった周りだけ地面がまだ乾いていて、その白い円がここからでもくっきり見えていた。その円が塗りつぶされるのを見ている彼の背中を、僕もまた教室から見ていた。彼はカバンからタオルを取り出して、軽く髪を拭いてから肩にかけた。傘を差した今の彼なら、近寄れば僕にでも触れられる気がした。





次の日の午後、僕は体育の授業でグラウンドに出た。炎天下のせいで地面はすっかり乾いていた。彼がいた辺りに行ってみたけれど、今日、ここはただのグラウンドだった。昨日こっそり覗いた、彼だけのグラウンドとは程遠かった。



僕の足元に誰かの靴跡が残っていた。靴底の凹凸はよく見るスニーカーのものだった。その靴跡の上に軽く自分の靴を合わせてみたけれど、多少踏んだくらいでは崩れないほどぐっと踏み込んだ跡だった。僕はそっと足を戻した。






昨日、一番自由なのは彼だった。







どこへでも行けるはずの僕らの中で、自由にグラウンドを踏んだのは彼だけだった。






最後まで読んでくださりありがとうございます。読んでくださったあなたの夜を掬う、言葉や音楽が、この世界のどこかにありますように。明日に明るい色があることを願います。どうか、良い一日を。