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さあ。多分、何も変わらないと思います。

『過去に戻れるならいつに戻りますか?』と訊かれたことがある。そのときのことを思い出した。


高2、高3の2年間、担任だった物理の先生がいる。過去に生徒が描いてくれたという、にっこり笑った似顔絵のイラストを大事に持っていて、データ化して学級だよりの右上にいつも載せていた。自分でシールまで作っていた。

その先生は他の先生と少し変わっていた。不思議な先生だった。価値観というか、学生への接し方が、田舎とはいえ進学校(公立)と呼ばれる高校の先生っぽくなかった。




その先生は勉強しろと言わなかった。疲れたら休めばいいんじゃないですかね、と帰りのHRでちょっと無気力そうに、そんなもんでしょという感じでさらりと言う。


学期ごとの進路面談は特に、他の担任の先生と全く違っていた。高3の夏休み明けだったか、放課後の空き教室で僕はその先生と面談をしていた。厳しい先生ではないとはいえ受験について訊かれるのは緊張して、僕は肩ががちがちだったのを覚えている。

一通り進路の話(私立の併願校とか、志望校の確認とか)をした後、先生は全く進路と関わりのないことを私に尋ねた。



一度だけ過去に戻れるとしたらいつに戻りますか。戻ったら何をしますか。
あ、別にこれはみなさんに訊いてるんですよ。ぱっと思いつくことでいいので。
あの時失敗したなとか、あの時楽しかったなとか、ないですか?



「本当にこの先生は変わったことを訊くなあ」と正直思った。一方で、もし僕が高校の先生になったならこんな先生になりたいとぼんやり思っていた。
多分、この質問に意図なんてなくて、先生が個人的に訊きたいだけなのだろうと思った。だから先生は別に、僕らに「高1に戻って、もっとまじめに勉強したいです」なんて言葉を求めているわけではない。もしそんなテンプレートを答えても、「…ほかに、ないですか?」って訊きそうな雰囲気の先生だった。


進路の話題での緊張をほぐそうと深呼吸をしながら、僕はそうだな、、とこれまでの人生の中で大きなイベントを振り返っていた。


保育園で男子にいじめられたこと。小1で大好きなお姉ちゃんに「もうついてこないで」と言われたこと。中3で幼馴染の男子に部活でいじめられたこと、同じ幼馴染に僕の初恋相手についていじられて傷ついたこと。


僕はしばらく考えて、「中1に戻ります」と言った。「中1のとき、幼馴染の男子にひどいことを言ってしまったので。もし戻れるなら、今度はそれを言いません」


保育園では僕におもちゃを投げつけ、中3で僕を軽くいじめてきたその幼馴染だけど、小さい頃は僕のこと好きでいてくれたらしい。本人に確認したことはないけれど、小学校高学年になって何となく客観視ができるようになってから、恐らく間違いではないと感じていた。もちろん親はずっと前から知っていたらしいけど。

全校生徒10人程度の小規模校から、学年60人程とはいえ(僕からしたら)普通の大きな学校に入った僕ら3人(僕と双子の妹と幼馴染の彼)だった。知らない人がいっぱいいるクラス。僕ら3人は何となく同じソフトテニス部に入った。部活での友達もできた初夏頃、コート脇で雑談をしていたとき、同じクラスの女子の友達と「クラスで誰が格好いいか」という話題になったのだ。
「えー、誰かなあ」僕はふわあっとクラスの男子を思い浮かべた。

学籍番号1番の子が格好いいなとは思う、話したことないけど。あとN君も格好いいかもなあ、あと誰がいたっけ、、そうか、○○(幼馴染)も割と好みかもなあ、とこんな風に。隣にはその幼馴染の彼もいた。絶対に聞こえている、というか僕が何と答えるのか多少気になっているみたいな気がした。


だから僕は恥ずかしくなって照れたのだ、見苦しい言い訳をするとするならば。


僕は本当に馬鹿なことを言った。

「誰かなあ、でも○○(幼馴染)は絶対ない」って。
言った後、僕はちらりとその幼馴染の方を見た。そしてその瞬間後悔した。あ、やっぱり待って、違う。傷付けたかったわけじゃない、って。


彼は心底悲しそうな顔をしていた。傷付けたことは明白だった。ごめん。まだ好きでいてくれてたなんて、思わなかったんだよ。もうとっくに、忘れてるのかと思っていた。そういう言い訳を、心の中でたくさんした。僕の初恋の相手(保育園~中1)はまた別にいてずっと片思いだったから、気持ちに応えてもらえない悲しさも知ってたはずなのに。


***


僕は後悔しないように生きるって自分に言い聞かせてるけど、多分きっかけはこの時だと思う。何も考えずに適当に道を選択して僕は、過去の自分にも、未来の自分にも責任が取れないような間違いを選んでしまった。というひとつの後悔。




話が長くなってしまったけど、担任の先生に「過去に戻れるとしたら」って訊かれて、僕はこの時の発言を今度は絶対にしないと思ったのだ。それ以外の僕が傷ついた事件も、後悔も、どうしようもない日々(時間)の流れの中で避けられなくてぶつかってしまった川に沈む岩みたいなもの。避けてもどこかで同じような岩にぶつかっていただろう。だから別に過去に戻ってやり直したって何も変わらない。でもこの発言だけは少し違う。この発言を後悔して僕は変わったかもしれないが、この発言自体は、僕が思考を一瞬放棄して目を瞑った、避けられたはずの結果だ。


そうですか、と先生は言った。詳しいことを訊いてくるような先生ではなかった。こちらがどうぞと言わない限り、人の中にずかずか踏み込んでくる人ではなかった。


それじゃあ、susukiさんは中1に戻って、その言葉を言わないようにしたら、未来(現在)はどう変わっていたと思いますか。

先生はさらにそう尋ねた。




さあ。多分、何も変わらないと思います。


このときなぜか僕は鼻声だった。涙がじわっとにじんで唇が熱くなるのを感じていた。僕は案外、いろんなものを引きずっていたのかもしれない。


きっと何も変わらないと思った。中3の1学期、部活の話し合いで不自然にハブられたことも。練習試合中、1試合に1回は僕の顔面狙ってストレートで思い切りボールを打ってきたことも。中3の12月、初恋の相手をクラスの男子にばらされ「susukiの怒ったとこ見たことないと言うから」なんて言われ傷ついたことも。



だって僕は彼のこと好きだったわけじゃないから。いつか彼はどこかで(避けられない川の流れの中で)傷ついて僕を諦めることになって、「変な子、でも優等生」だった僕をからかいたくなったかもしれない。

中3でなぜ彼が僕に冷たかったのかなんて僕は知らない。でも中1のとき、君にひどいこと言ったせいだったなら責任は僕にあるだろうと思っていた。だから中3のとき、僕は一度も文句を言わなかった。今はこういう「これは自分が背負わなければいけないものだ」って思う思考回路、危ないから好きじゃないんだけど(ひとりでは絶対抜け出せないし周りの人の言葉も届かなくなる、つまり抜け出せない)。



ともかく、中1で馬鹿な発言をしたことが原因で中3のとき彼は冷たかったのだ、という確信はなかった。もしかしたらそうかもしれない、くらいには思っていたけどそれだけではないだろう。でも彼の中からその記憶だけ消してしまいたかった。そして私はその後悔を覚えておけばいいと思った。


そして傷ついた当時を思い出してまた悲しくなったのかもしれない。先生は本当に何も変わらないのだろうか、という顔をしていたし、全く何も変わらないなんてことはないだろうとは僕も思ったけれど。

それでも僕は「一度傷付けてしまった記憶を一人抱えて二度目やり直すとしたら」、この中1のときだと思ったのだ。


***

何だかまとまりのない文章になってしまった。
ひよっこさんの記事を読んで、この面談のエピソードを思い出したので記事にしてみました。



さっき少し書いたけれど、ひよっこさんと同じで、僕は基本的に過去に戻りたいとは思いません。楽しかったことは大切な記憶として抱えておくし、悲しかったこと苦しかったことをもう一度味わいたいとは思わない。それに、いろんな出来事を通ってきたこと含めて、今の僕を肯定しようって決めているので。


いつかの日記帳に、僕はこんなことを書いたのです。

『それで良かったかどうかなんて、きっと考えても分かんないんです。ならせめて、今の私が納得できる方を、選べるようになりたい。』


選択を迫られた、そのときの僕が選んだ道だから、僕はそのときの自分の選択を肯定する。焦って間違ってしまうのも仕方ない、でもそのときの僕の精一杯だったということを認めてあげたい。そのために僕は、「精一杯だった」と明日の自分が言い訳できるように「今の私が納得できる」今日を生きていたいのです。

*自分を追い込むのは好きじゃないので、「納得できる」というのは「今日、自分に降り注いだ陽の光を認めて(自分を追い込むマイナス思考をやめて)したいことをする、大事なことを大事にする」という意味合いです。



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湊谷翔-Minatoya Kakeru-
最後まで読んでくださりありがとうございます。読んでくださったあなたの夜を掬う、言葉や音楽が、この世界のどこかにありますように。明日に明るい色があることを願います。どうか、良い一日を。

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