(9)手術翌日からリハビリ開始

個室に引っ越す

手術翌日、HCUから個室に移動になった。鼻の酸素チューブや指先の検査器などが外れて少し身軽になってはいたが、まだ全身管だらけのぼろぼろ。自分で動けないのにどうするのだろうと思ったが、寝ていたベッドの隣に移動用のベッドが横付けされて、数人の看護師さんが「せーの!」で移してくださった。エレベータに乗り降りするときの段差も「ちょっとガタッとしますよ」と声をかけてくれる。そんなに身体に響くわけでもなく、無事に移動が完了した。

これは治療のための個室入院なので、差額はかからない。ということを貧乏くさいけど何回か確認してしまった。もし自分で希望したら1泊1万円くらいで全額自己負担。正直それは厳しい。

手術前日に入院した大部屋で広げてあった自分の荷物は、当たり前といえば当たり前なのだが、全部きちんと移動されていた。キャビネットの下段が小さな冷蔵庫、中央にカギ付きの貴重品入れ、上にテレビがついたものは、下にキャスターがついているので、丸ごと移動してきていた。ロッカーに入れてあった着替えや細々としたものは、個室のロッカーにだいたい同じように置いてあった。ベッドまわりにS字フックでとりつけたカゴや、延長コードは、サイドテーブルにまとめて置いてあった。スーツケースも窓際に置かれていた。

個室にはトイレがあるが、尿道カテーテル中なので使うことはない。洗面所もあるが、これは朝昼晩の歯磨きの時間になると看護師さんがやってきて水を汲んだり歯ブラシを洗って片付けたりしてくださった。自分ではほとんど寝たきり。個室で広々と使いやすいのは看護師さんのためだというのがよくわかった。

リハビリは数歩から

15時過ぎくらいに理学療法士さんがやってきた。手術前日に挨拶に来てくださったかただ。仰向けに寝ている私の脚の横に来て、膝を曲げたり、足首を動かしたりという動きを、10回ずつ数種類こなしていく。脚を動かすのはわりと余裕だった。

「起き上がれますか?」

身体を横にして、腕を使って上半身を起こす。ゆっくりとベッドサイドに腰掛ける。靴は理学療法士さんが履かせてくれた。

「ちょっと歩いてみましょうか」

もう歩けるのか、麻酔の痛み止め効果ってすごいなと思いながら、ゆっくりと個室のドアから外に出る。廊下を15歩ほど歩いただろうか。唇の色が悪いから戻りましょうと言われて、ホッとして戻る。ベッドサイドに座ると、冷や汗が噴き出た。これがいまの私の精一杯なのだ。

1日、1日と戻っていく

その翌日も同じくらいの時間に理学療法士さんがやってきた。脚の軽い運動から、起き上って歩行練習。同じ内容だが、明らかに身体がラク。こんなに明らかに回復が感じられるのかと嬉しくなる。その次の日は歩く距離が伸び、またさらに伸びていく。

3日目ごろ、理学療法士さんに顔が違うと言われる。そうだろうなあと自分でも思って笑った。手術翌日なんか、やっと生きているという感じで顔が暗く、目の光も弱かっただろうと思う。鏡を見ておけばよかったな。

歩く距離が伸びると同時に、身体を起こしていられる時間も増えていった。電動ベッドで上半身を起こせるのだが、最初のうちは角度を少しつけるのも嫌な感じがしていた。それがどんどん気にならなくなる。夜に眠れるように、昼と夜のメリハリをつけるために、昼はなるべくベッドを起こして過ごした。

手術4日後には、持参のタブレットでマンガを1冊読み、映画を1本観た。映画は90分強の短めのもの。身体が疲れたと感じたら休むようにしたから細切れだったけども、今日中に1冊読み切る、1本観終えるという目標があると、身体を起こしているのも苦にならなかった。

リハビリが進むと、リハビリ室に行くようになった。リハビリ室に行くだけでも歩く距離が増えるし、足首におもりをつけて動かすなど、器具を使ったリハビリが可能になった。

リハビリ室にはトレーニングジムみたいなバイクがあった。いままでジムに通いたいと思ったことはなかったけれど、今回ばかりは「退院までにあのバイクこぎたいな」と思った。

1週間後くらいには背筋を伸ばして普通に歩けていたと思う。朝食後にコンビニにコーヒーを買いに行ったり、ランドリーまで洗濯物を運んだり。リハビリ室でバイクに乗るという目標は、手術9日後にあっさり叶った。負荷をかけて3分間こぎつづけるのは、手術前に比べれば少しきつかった。でも退院したら普通に自転車に乗れるなという感触を得た。手術10日後には自分でyoutubeを見てラジオ体操をやっていた(跳んだり、後ろに反ったりはさすがに手加減が必要だった)。

リハビリ初日は数歩歩いて冷や汗かいたし、手術後初めてシャワーを浴びたときには自分の脚がげっそりと老いて見えてゾッとしたりしたけれど、日にち薬とはよく言ったもので、確実に回復していく。自分ではとりたてて何もしていないのに早送りみたいに治っていくのはなかなか面白かった。経過が順調だったことに感謝しなければ。

大部屋に引っ越す

少し話が前後するが、個室生活は4泊で終わった。私の回復状況では本来3泊でよかったのだけれど、病院の都合で1泊延びたのだった。ラッキー全部で4万円得したぜ。

でも大部屋といっても角部屋で、カーテンで区切られていて、お隣さんも静かなかたで、泊まり心地としては充分だった。お隣さんがときどきテレビに反応して小声で笑ったり、夜中にかすかに寝息が聞こえたりする、人の気配は心地いいものだった。

(これがマナーの悪い人だったり、いびきのうるさい人だったりしたら、ずいぶん快適さが違っていたと思う。お隣さんの運がよくて本当によかった……)

こんな感じでありがたいことに比較的順調だった入院生活ですが、次回はめちゃくちゃしんどかった話を書く予定です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?