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「きょう、なに食べる?」”かんがえる”ということの”ゆたかさ”

”2020.6.6”


人は考える葦(あし)である

かの有名な、フランスの哲学者フレーズ・パスカル(1623-1662)はそう言いました。

私たちはちっぽけなものであるが、考えることができる。
考えることは尊厳があり偉大である。

「パンセ」と呼ばれる彼の思考のメモを一冊の書籍としてまとめられたものの中にも彼の思考の深さと哲学的な思考の経路。考えることへの敬愛と尊敬がみてとれる。


”ゆたかさ”とは何か。


現在、noteでそのテーマでコンテストが開催されている。
簡単ではあるが、その流れにのって、
「私たちがゆたかになる」

その考え方

について書いていこうと思う。


"2つの中から好きなものを選ぶより、100の中から選びたい"
選択肢は多い方がいい。


選択肢を取るも捨てるもそのヒト次第ではあるが、
”知る”が増えることで、人生の”ゆたかさ”を享受しやすくなることもまた真である(これには若干の二面性を孕むが今回は省略する)。



***

考えないあなたは空気と同じ

やや攻撃的なタイトルではあるが、これは一種の比喩である。


大学や就職、人生のターニングポイントにおいて、あなたはその意思決定をどのように決めているだろうか。
大切な人への贈り物、なぜそれを贈ったのだろうか。


私たちは、何か行動するとき、意思決定を行うとき。

常に考えながら動いている。


これを毎回行い、起きた現象に対して向き合い、自己と対峙することで
思考の可能性は一気に加速していく。

普段、何かしようと思った時、知らないうちに考えている。
けれど、あなたがそれをやめた時。
”あなた”としての生き方は減っていく。
”あなたらしさ”は薄れていく。

空気のように、身の回りのことに流され、”なんとなく”で
生きてしまうかもしれない。


***

思考しないという思考。例外もある。


私たちは、何か行動するとき、意思決定を行うとき。
常に考えながら動いている。


常に。である。
ここに例外はない。


ただ、例外ではなく、異なる次元で起きているケースはある。


今日どうやって、歯磨きをしただろうか。
今みているケータイ、なぜ触っているのだろうか。

この問いにおそらく自信を持って答えられる人は少ない。

なぜなら、”既に考える次元を超え、無意識的に行うこと”ができているからだ。

言い方を変えるのであれば、”無意識になるように意思決定をした”からである。


1日に何万回もの意思決定を行っている。
決定すると同時に、エネルギーを消費している。

ヒトのエネルギーは有限。

だからこそどこで抑えるかを見極める。
それが、無意識と意識して意思決定をしているかどうかのである。


無意識に行うには、相当の時間と労力がいる。
日々行っていることは、労力とはおもわないほどに
私たちが繰り返し行っているため、そこまで大変とは思わない。


ヒトは常に行動を起こす時、思考しているかというと、そうでもない時もある。
それは、無意識的に何かを行っている時。(意思決定はしているが、思考しているという感覚には陥らない。)


***

私たちの身の回りで使われている、思考を放棄したような言葉

「なんとなく」

「どうせ」

「みんな」

「ふつうは」


これらの言葉。
一度は使ったことはあるかもしれないが、
思考を放棄している状態の時によく見受けられるのではないかと思う。


考えることを途中でやめてしまった「なんとなく」

 わからなかったし、なんとなくこれにした。  
  →最後まで満足いくまで、考えただろうか。
   そうであればまず使わない言葉である。

極論にして投げ出してしまう「どうせ」

 どうせあいつはああ言うやつだよ。
 →物事を単眼的にみて、全体を見たようにしてないだろうか。

物事を単純化させすぎている「みんな」「ふつう」

 学校では髪の毛が黒いのが「ふつう」だよ。
  →外国人のことを考えたことはあるだろうか。
    それを考えていない時点でふつうではない、みんなではない。


考えないと言うこと。

言い方を変えると、

「自分の納得するまで向き合っていない。」

と言うこと。

「別の角度からの視点で言われた時に、その思考に苛立ちを覚え心の窓が開いておらず、拒否してしまう。」

と言うこと。

否定すること。拒否すること。

受け入れるよりも簡単である。

そうすることで、今までの価値観、概念は崩れずに済むから。


十分に考えないことは空気のように透明な人生を歩んでしまう。
”あなたらしさ”の消失が起きる。

あなたが生きる意味とはなんだろうか。

空気になっていないだろうか。


今、この文を読んでくれている”あなた”は、
既に頭の中で”考え”が渦巻いている。
その時点で空気ではない。

ただ、十分考えずにいたら、半透明の空気になる可能性は大いにあり得る。


***

考えることは素晴らしい


”考えることは素晴らしい”

それはなぜか。

考えることで、

生活がゆたかになる。

人生に厚みが増す。

人に優しくなれる。

メリットしかない。


考える素晴らしさを実感してしまったら、もう後戻りはできなくなってしまう。

それくらい幸せなことである。


***

考えられる人になるための方法


色々あるが主に思いつくものを上げていきたいと思う

・旅をする
・人の話を聞く
・本を読む
・妄想する
・5cmずらして考える
・立ち止まってみる

などがある。


・旅をする

   いつもとは違う新しい自分の"感覚"に出会える。
 国内でも国外でもいい。
 大切なのは、今の生活環境ではできないことをすること。
 高級なご飯を食べに行ってもいい。
 逆に思いっきり生活環境の整っていな場所へ行ってもいい。

・人の話を聞く

 あなたの知らない経験、思考、そこに至ったプロセス。
 いろんなものが異なっていて、あなたとは別の思考を持っている。
 どんな些細のことでもいい。
 その人の考えを1つの考えと捉えて、自分の思考に
  ストックしておくことが大切である。

・本を読む

 本は知識を濃縮したようなもので、その人の人生である。
 誰かが一生懸命考え、わかりやすくまとまっている。
 これを数千円で買えるのである。
 あなたが同じようなことをしようと思ったら、
 運とお金と、辛抱強さが驚くほど必要になる。 
   それを体験できる本は貴重である。

・妄想する

 この場合はこれも考えられる。
 この時はこうした方がいいかもしれない。
 これはやっぱりこの路線でもあり得る。
 好きな人にサプライズする。
   そんな感覚で起きた現象に対して、イメージを膨らませ妄想する。

・5cmずらして考えてみる

 いつも歯ブラシは右手でしていたけど、今日は左手で。

 この人のこと気になっているから1時間ちょっと調べてみよう。

 大したことでなくて良い。些細なことでいい。 
 いつもしなかったことを、普段していないやり方で。
 新しい体験になる。

・立ち止まってみる

 考えすぎると、よくわからなくなることがある。
 そんな時は思い切って考えなくていい。
 時間が経って、新しい経験をしたら、
 もしかしたら新しい経験がパッと浮かぶかもしれない。
 意図的に立ち止まることも大切である。


***

考えることは、”あなた”とその周りをゆたかにする


人は考える。

考えるからこそ。ここまで集団で活動できるようになった。

協調性を持ち、一緒に生活をできるようになった。

考えたからこその賜物である。


人は考えた。

初めはロマンからの出発だったかもしれない。

けれど、いつの間にか”宇宙”にいくことができるようになった。

必要性も何もないけれど、考えたからこそできたことである。


”考えること”はあなたの想像を越える。
”考えること”は誰かを幸せにできる。
”考えること”は人を傷つけ悩ませる。
”かんがえること”はヒトをヒトたらしめ、”いきること”を肯定する。


”今日のご飯何食べる?”


”あの人へのプレゼント、何をあげようか”


”週末は何しよう”


”何を買おう”

”何をしよう”

”何を食べよう”


わたしたちの身の周りは、”考える”で溢れている。
その数だけ幸せで溢れている。

幸せということ。
それは考えるということ。

考えること。
それはゆたかさにつながる一歩である。


私たちは考え、ゆたかになり、幸せになっていく。

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