感想:ドキュメンタリー『スピードキューバーズ:世界を見据えて』 社会と関わる手段としてのルービックキューブ

【製作:アメリカ合衆国 2020年公開 Netflixオリジナル作品】

ルービックキューブの早解きを競う競技「スピードキュービング」のトップランカー、フェリックス・ゼムデグス(オーストラリア)とマックス・パーク(アメリカ合衆国)に焦点を当て、2019年の世界大会に挑むふたりの姿を追うドキュメンタリー。

スピードキュービングは6面の状態を観察して解法を導き出し、さらにそれを手指の滑らかな動きで速やかに再現する競技である。
最もポピュラーな3×3×3タイプは単発世界記録が3.47秒、平均世界記録5.53秒で、人間の記憶力、集中力、瞬発力の限界を争い、スペクタクルとしての側面も持つ。
さらに複雑な4×4×4〜7×7×7に加え、片手解き、パターンを記憶した上で目隠しで解く種目、足解きなど、様々なバリエーションがある。

本作は上記のようなスピードキュービングの複雑な性質、トップレベルの選手達がいかに難しいことを達成しているかが示される。
一方で、より重点を置いて描かれるのは競技のもたらすコミュニケーションなどの効果、そしてトップランカーのフェリックスとマックスの友情である。

アメリカ合衆国の選手マックスは自閉症であり、感情表現やコミュニケーションが得意ではない。
ドキュメンタリーでも彼自身ではなく両親に対してインタビューが行われ、その中で、マックスの過集中の性質を生かし、かつ手指の感覚を向上させる手段として、ルービックキューブを用いたことがわかる。
マックスはルールの設定された大会に出ることで、規則を守ることや周囲とコミュニケーションをとり協調すること、思うようにいかないときでも感情をコントロールすることといった社会における振る舞い方を身につける。
彼が並外れた記録を樹立して大会優勝した際も、両親が語るエピソードは、表彰台でマックスが隣の選手の振る舞いを真似して、表彰状とトロフィーの持ち方を変えた(=周りを見るようになった)ことである。

以上のように、競技で勝つことそのものの重要性以上に、競技が社会に参加する手段となりうることが強調される。
マックスの両親は彼が勝ち取ったトロフィーを飾り讃える一方で、勝利を至上のものとは捉えず、「どんな結果になっても私達はあなたの味方。あなたは素晴らしい」と伝え続ける。マックスも敗北で取り乱さず、周りとコミュニケーションを取れるようになったと示される。
この姿勢は療育分野に限らず、あらゆる教育の分野で実践されるべきものだと感じた。
また、フェリックスも敗北時に躊躇いなく相手を讃え、トップ選手としての仕事や選手間の交流の場でマックスをフォローしている。

スポーツを描くドキュメンタリーとして、技術向上・記録樹立とは異なる部分に注目していることには好感を持った。
解析と速度を追求し、個人種目としての色合いも濃いスピードキュービングは、対象をいかに巧く支配するかを問う性質を持つ。よりオフェンシブな作りにすることも可能であったところを、社会に資する競技として描いたのはバランスが取れていると思うし、競技の社会的な認知を高め、より発展させたいという意図もあるのではないだろうか。

20代半ばに差しかかっているフェリックスは、インターンを経て金融企業に就職する。本当はスピードキュービングを生活の中心に据えたいと彼が吐露する場面もあり、現在は世界トップ選手でもこの競技だけで生計を立てることは現実的でないことがわかる。
スピードキュービングのような競技で、選手が専業となりうるモデルケースは囲碁・将棋などが該当するかと思う。
将棋はちょうど2020年9月発売のスポーツ誌『Number』で特集が組まれているが、推理力や論理的思考力が問われるこうした競技が、スポーツとしての地位を築いていくことは、より多くの人が自分の得意分野を生かして活躍する機会をつくるという意味でも重要なのではと感じた。

スピードキュービングの大会映像では、WASPに匹敵するほどアジア系が多く、逆にアフリカ系はほぼ皆無に近い点が気になった。ルービックキューブじたいの普及率の違いによるのだと思うが、地域ごとにどういった玩具がよく用いられているのかについて知りたいと思う。

また、フェリックスもマックスもスピードキュービングを知るきっかけがYouTubeだったことも印象的で、映像メディアおよびインターネットによって発信が容易になったことによる影響の大きさを再認識した。

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