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マインドフルネスに基づくコンパッショントレーニングを振りかえります④

こんにちは。菩提樹の広場です。
私は、この「マインドフルネスに基づくコンパッショントレーニング」は入り口の入り口で足踏みしていたら終わってしまいましたが、こうやって少しずつ振り返りの機会を作ることで、何が起きていたかが思い出されます。
もう少しだけ、お付き合い下さい。

コンパッションの中でよく出てくるお話です。内容の抜粋なので、詳細は許して下さい。
あるアメリカンインディアンが、その孫に対して2匹の狼の話をしました。
「人の心には二匹の狼がいる。悪い狼は、怒り・嫉妬・後悔・・・などを持つ。良い狼は、喜び・平和・共感・・・などを表す。その二匹が戦っている」
孫は、尋ねました。「どっちが勝つの?」
「自分が餌をやって育てたほうだよ」

私は、人に対してよく怒りの感情を持ちます。それに気づくと、このお話が横切ります。「悪い狼を育てている」と。
練習をすることで、コンパッションを育てることが出来る・・さて、今回の内容は「優しさの瞑想」についてみていきます。

ここで書いているものは、あくまでも自分の体験からの気づきです。

自分自身への優しさの瞑想

自分にかけたい願いは何でしょう~
どんなことが浮かびますか?
私は、その言葉を聞くと、苦しい場面、嫌な思いをした場面がありありと浮かんできました。まず、そんな場面の中で「どう思っていたのか」「どうしたかったのか」に寄り添うことが必要でした。
でも、その苦しい場面に引っ張られ、その時の思いにとらわれてしまい、そこからなかなか抜けきれず、「自分自身への優しさ」を向けることが難しかったです。

私が安全でありますように、
私が心安らかでありますように・・・

心に届かず、苦しい場面の苦しい思いに油をさすように、自分でより自分を非難する思考がわいていました。

中立的な人への優しさの瞑想

好きでも、嫌いでもない、よく知らない人。その人を思い浮かべて、優しさを届けていきます。

優しさの種を広げる練習。

これは、比較的出来ました。
「この人たちも、安全でありたいと思っています」
それは、イメージがわいて、素直に
あなたが、安全でありますように~
あなたが、心安らかでありますように・・

ということが出来ました。
ということは、自分に優しさの種がないわけではないんだな、と
思うことが出来ました。

でも、自分に向けるのは何度もいうけど難しい。

困難な方へ向けた優しさの瞑想

苦手な人、傷つけられたと感じた人への優しさの瞑想。
これは、優しさの深さの練習。
決して嫌いな人に心地よい感覚を与えようとしなくてもいい。

とは、思っても難しいですね。
「この人たちも幸せでありたいと願っています」というガイドに
「私からおいしいところ、取っていって十分幸せじゃん」とか
「あなたはもう、いいよ」なんて思考が飛び回る。
   ↑
(言葉で書くと、ほんとに醜い思考ですね)

でも、そんな自分をマインドフルにみていく。
醜い思考が出ていることにも、その思考が出る自分にもジャッジせずに。
嫌な感覚が出てくる体の感覚にも優しく気づく。

あ、これって、結局は自分へのコンパッションを育ててあげているんだ、と感じた。

そう思うと
「あのとき、そんだけ傷ついたんだね」
「悔しかったのわかるよ」
など近くにいる大事な友人のようになれた。

試行錯誤して行き着いた自分への願い。
「私が、私のことを価値があり、大切な存在であると認めることが出来ますように」かな。

あなたの、自分のかけてあげたい願いはなんでしょう??

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