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月の砂漠のかぐや姫 第262話

「王柔殿、理亜! 危ない、それから離れてっ!」
 咄嗟に羽磋は、二人に青色の球体から離れるようにと大声を出しました。
 でも、王柔と理亜はその球体の前で抱き合いながらも、逃げ出そうとはしません。どうしてでしょうか。羽磋は視線を奥へやりました。間違いありません。濃い青色の球体の姿はどんどんと大きくなってきています。こちらへ近づいて来ているのです。いまではその球体が発する気が強風の様にこちらへ吹き付けられているのが感じられます。そして、その気は強い怒りを含んでいるのです。
 逃げなければ。ここから、逃げなければっ!
「どうしたんですか、王柔殿っ」
 強い焦りを感じながら、羽磋は二人の元へ走り寄りました。
 すると、王柔たちの様子が自分の思っていたものと違っているのに、羽磋は気が付きました。離れたところから、しかも、グルグルと蠢く濃い青色の球体内部の嵐を背景にした状態で二人を見ていたものですから、王柔が理亜を抱きかかえている様子を見て、彼が理亜を守ろうとしているのだと考えていました。
 でも、違ったのです。
「オカアサーンッ! ここだヨッ、ここだヨッ!」
「駄目だ、理亜、駄目だ! 行っちゃ駄目だよっ!」
 なんと、理亜はその恐ろしい球体に向かって「オカアサン」と呼び掛け、さらに、そちらに向かって走り出そうとしていたのです。その理亜を王柔が抱きかかえるようにして、何とかその場に押しとどめていたのでした。
 羽磋は二人のところに辿り着くと、すぐにその両手を理亜の身体に回しました。
 丘の下で、羽磋には「ひょっとしたら」と思いついたことがありました。そのことからすれば理亜の「オカアサン」という言葉は、不自然ではないのかもしれません。それでも、あの激しい嵐を内包した濃い青色の球体に近づいていこうだなんて、あまりにも危なすぎます。
「あ、ああっ。羽磋殿、来てくれたのですかっ。理亜が・・・・・・、ハァ、あの、あれに、向かって・・・・・・。ハアッ」
「大丈夫です、王柔殿。わかりますっ! でも、ここは危ないです、逃げましょうっ!」
 理亜を押しとどめるために全力を傾けていて、これまでは羽磋が丘の上に登ってきたことにも気づいていなかった王柔でしたが、羽磋の力が加わったたことで、ようやくそれに気づくだけの余裕が生まれました。それでも、王柔の呼吸は大きく乱れていて、少しずつ言葉を絞り出すのがやっとの状態でした。
 羽磋は王柔にそれ以上しゃべらせるのは申し訳ないと思い、彼の言葉を途中で遮って「状況はわかった。でも、ここは危険だから逃げよう」と伝えました。球体の近くに来たからか、現実の風か負の気の流れかわからないものがゴウゴウと身体に吹き付けられて、しっかりと力を入れていないと吹き飛ばされそうに感じられます。王柔へ呼び掛ける声も、自然ととても大きなものになりました 。
「アレは危ないっ。一刻も早くここから逃げないとっ」
 いま王柔に呼び掛けたばかりなのに、もう既に羽磋の心では焦りがどんどんと大きくなっていました。
 ところが、彼らがその場から逃げ出すことは、簡単にはできませんでした。
 それはどうしてでしょうか。これまでは、理亜が濃青色の球体の方へ行こうとするのを、王柔が抱くようにしてこの場に留めていました。そこへ羽磋が到着したのです。小さな女の子がいくら必死になって走って行こうとしたとしても、男二人の力があれば、それこそ、その体を持ち上げて担ぎ上げでもして、この場から逃げ出すことはできるのではないでしょうか。
「羽磋殿ぉっ!」
 王柔が悲鳴にも聞こえるような苦しげな声を出しました。
 理亜をその場に留めていた王柔の力に加えて羽磋の力も加わったのですが、それに対抗するように理亜が足や腕に込める力がさらに大きくなりました。そして、その力はどんどんと大きくなり、男二人がかかっても、彼女をそれ以上引き留めるのが困難になってきたのです。
「オカアサアーンッ」
 理亜の口から大きな声が飛び出ました。彼女が呼びかけた先は、目の前に迫って来ている濃青色の大きな球体でした。
 ブルウウン。バワアア・・・・・・。
 理亜の言葉を聞いて喜んだかのように、あるいは、その言葉に奮い立ったかのように、球体の外側が不規則に波打ちました。その内部でグルグルと渦巻いている濃青色の雲からピカァピカァッと強い光が漏れ出ました。
 そして、それはさらにこちらに近づいて来る速度を上げました。ユラユラと漂っているのではありません。理亜の背中越しにそれを見る羽磋には、自分たちのいるところを目指してそれが空間を進んで来ていることが、はっきりとわかりました。




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