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月の砂漠のかぐや姫 第237話

 今にも理亜と手を取り合って踊り出しそうな王柔の横で、羽磋は改めて洞窟の上部から差し込んでいる光の筋を見つめました。その筋に沿って視線を上げていくと、薄暗い天井の所々にほんのわずかな大きさの亀裂があって、そこから光が差し込んでいることがわかりました。もちろん、岩や土の襞に隠れている箇所もありますから全ての亀裂の大きさがわかるわけではありませんが、光の筋の大きさから考えると、それらの大きさは自分のこぶしよりももっと小さなものに過ぎず、そこから外に出ることなどは、とてもできる大きさではなさそうでした。それに、仮にそれが人が通れるほどの大きな裂け目であったとしても、自分たちを二人か三人重ねてもなお手が届かないほどの高さの天井にその裂け目は開いていましたから、やはりそこから脱出することなどはできそうにありませんでした。
「王柔殿、残念ですが、出口まで来たという訳ではなさそうです」
 羽磋はとても言いにくそうに、のどの奥から小さな声を絞り出しました。これほど喜んでいる王柔が「出口はまだ先だ」と聞くとどれだけがっかりするだろうかと、とても心配になったからでした。
 でも王柔の返答は、羽磋が思っていたような酷く落ち込んだものではありませんでした。王柔は王柔で、自分たちが置かれている状況を整理していたのでした。
「ああ・・・・・・。そうですかぁ。まぁ、仕方ないですね。光が入ってきているとはいっても、穴が開いているのは横の壁ではなくて天井ですものね。あの天井の高さまで壁を登ることは、とてもできそうにないですし」
「ええ、それに、亀裂そのものの大きさも小さいようです」
「でも、羽磋殿。光が入ってきているということは、外が近くなってきているということで間違いないですよね。大丈夫ですよ、ここは小さな穴かもしれませんがこの先に大きな穴が開いているかもしれませんし、ひょっとしたら、手が届く高さのところにそれがあるかもしれません。いや、そこまで上手く行かないにしても、確実に外に近づいていることが分かっただけで、僕は嬉しいです。そうじゃありませんか、ねぇ?」
「え、ええ。そうですね」
 物事を見るときにすぐにその心配な側面に目が行ってしまい、結果として落ち込んでしまう王柔でしたが、出口があるかどうかかわからない洞窟の中を歩くという不安な状況がずっと続き心が押し込められていた反動か、光の筋と言う明るい出来事がようやく現れたことで、不安とは反対側の積極的で楽観的な心持ちに一気に気持ちが振り切れてしまっているようでした。
 確かに、王柔の言うことにも一理ありました。羽磋は王柔の言葉を聞いて自分の心が明るくなるのを感じました。そうです。ここから外に出ることは叶わないにしても、自分たちが地下深くに潜っていっているのではなくて、外の世界に近づいて来ていると感じられるだけでも、大きな励ましとなるのではないでしょうか。
 羽磋は光の筋の一つに手の平を差し込んでみました。
 川の水が放つ光で青く染められていた羽磋の手の平に、太陽の明るい光がはっきりと映し出されました。太陽の光が差し込まない地中の洞窟は、外部よりもずっとひんやりとしていました。いつのまにか羽磋の身体もそれに馴染んでいたのでしょうか、太陽の光を受けている手の平がとても熱く感じられました。その熱量は、羽磋の手の平だけでなくて心までも、じんわりと暖かくするのでした。
「よし、進みましょう、王柔殿、理亜。僕たちは確実に外に近づいていますよ。もう少しです」
「ええ、進みましょう、羽磋殿」
 羽磋たちは幾本もの光の筋が差し込む洞窟を、再び奥へと進み始めました。
 相変わらず洞窟の床には細かな凹凸こそありましたが、全ての部分が川の水の底に沈むことはなく、羽磋たちは足を濡らすことなく歩き続けることができました。朝一番に歩き始めたときには、昨日の駱駝のことがあって、曲がり角がある度にこの先で何か恐ろしいものが待ち受けているのではないかと足が鈍ったのですが、その様な恐れも光の筋により掻き消されてしまったのか、今ではまるで一度通ったことがある道を歩いているかのように、ずんずんと先へ進むようになっていました。
 先ほどの光の筋が差し込んでいた場所を境にして、洞窟には光の筋が大きさや密度を変えながら度々現れるようになってきました。羽磋たちは、背の高い草を触りながら草原を歩くかのように、光の筋を見つける度にそれに手を差し込みながら、洞窟の奥へと進み続けました。
 すると、洞窟の内部に別の変化が現れてきました。段々と洞窟の幅が広がって、川の水が流れる部分よりも乾いた床の部分の方が広くなってきたのです。これまでは地面の多くの部分は川の水が覆っていましたし、残りの地面にも川の水の飛沫が掛かって濡れたところがたくさんありました。できるだけ青い水から離れていたいと思っている羽磋たちは、それを避けながら歩いていたのですが、これで増々歩く速度を上げることができるようになったのでした。






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