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月の砂漠のかぐや姫 第249話

 理亜の口を飛び出したその言葉は、王柔が理亜に呼び掛けた叫び声と同じように、地下世界の天井や石柱で何度も反響しました。でも、その声の反響の仕方は王柔の声のそれとは全く異なっていました。王柔の声は何度も反響を繰り返しながら広がっていきましたが、それに伴って少しずつ小さくなっていきました。ところが、理亜の声はどれだけ反響を繰り返しても、その声の大きさは全く変わりませんでした。いいえ、むしろその声は大きくなっていきました。まるで理亜の言葉を受けた石柱が自分で大声を張り上げて次の柱に伝達していっているかのように、その言葉は広大な地下世界の隅々へと広がっていくのでした。
 オカアサーンッ、オカアーサーンッ、オカーアサァーン・・・・・・。
 もちろん、その声は彼女を追いかけている羽磋や王柔にも聞こえていました。
「オカアサンって、お母さん? 一体何を言っているんだ、理亜は。理亜のお母さんは、西の国から月の民へ連れてこられる途中で亡くなっているんじゃなかったのか」
 王柔が知っている話では、彼女の母親は西の国から月の民へ奴隷として送られて来る間に亡くなっていたはずでした。そして、その話は理亜自身から聞いたものでした。それなのに、どうして理亜はあんなことを叫んでいるのでしょうか。
 王柔にはその理由が全くわかりませんでしたが、とにかくいまはそれを考えるよりも理亜を連れ戻すことが第一です。彼女は立ち止まって叫び声をあげているのですから、今のうちに近づかなくてはなりません。既に全速力を出して理亜の後を追っている王柔でしたが、それ以上の力を出そうと大きく腕を前後に振りました。
 その時のことです。
 ド、ドドドオウッ! ブルブルブルッ!
 ゴウゴオウッ。ドウドウドウンッ!
 足元の地面が、王柔の周りに立つ石柱が、そして、彼の頭上を覆っている石の天井が、一斉に大きく揺れ出しました。
「うわぁ、ああっ!」
 王柔の少し前の方にある盛り上がった地面の影から、大きな叫び声が上がりました。羽磋の声です。それは、突然生じた大きな揺れに、羽磋が驚いて上げたものでした。
 その揺れはとても大きかったので、王柔は理亜を追いかける勢いを増すどころか、その場に立っていることさえもできなってしまいました。彼は崩れ落ちるようにして地面にしゃがみこむと、頭を抱えながらすっかりと頼りにしてしまっている年下の羽磋の名を呼びました。その声は揺れに対する驚きと不安で震えていました。
「何だっ、うわうわうわっ、羽磋殿、羽磋殿ぉ!」
 王柔と羽磋を襲ったこの揺れは、地下世界だけに留まるものではありませんでした。これはとても大きく激しい揺れで、ヤルダン全体に影響を与えていました。
 この時、地上にも王柔や羽磋と同じように突然生じた地震で肝を冷やした男たちがおりました。そうです。それは、ヤルダンの奥深くにある母を待つ少女の奇岩が立つ盆地へと突入し、そこで彼女が指揮するサバクオオカミの奇岩と激闘を繰り広げていた、冒頓率いる護衛隊でした。
 騎馬のもので構成された冒頓の護衛隊は、大きな砂岩の塊が点在する盆地の外周部でサバクオオカミの奇岩の群れと逃げたり追いかけたりと駆け引きをしながら、その矢を放つ機会を狙っていました。お互いの距離が近くなり、いよいよ戦いが始まろうとした正にその時に、彼らの足元が大きく揺れたのでした。護衛隊の男たちとその愛馬たちを驚かせたこの大きな揺れこそが、理亜の叫び声が揺り起こした地震だったのでした。
「うわ、うわっ、うわぁっ」
 地下世界の中では、王柔が何度も悲鳴を上げ続けていました。あまりにも強い揺れだったので、「このままだと天井が崩れ落ちてきて、僕たちは生き埋めになってしまう」とさえ王柔には思えるほどでした。でも、驚きや心配に捕らわれていた王柔たちはとても長い時間揺れが続いたように感じていましたが。実際にはそれほど長い時間揺れ続けたわけではありませんでした。それは、揺れが生じた時と同じように前触れもなく、段々と弱くなるのでなくピタッと止まりました。
 王柔は揺れが止まってからもしばらくの間は手で頭を覆っていましたが、もうあの強い揺れは襲ってこなさそうだと思えたところでそうとその手を下ろすと、座ったままの態勢でできるだけ背中を伸ばして辺りを見回しました。
 先ほどの地震の揺れはとても大きなものだったのですが、この地下世界は固い岩でできた天井とそれを支える多くの太い石柱で構成されているせいか、天井が落ちたり地面が割れたりしているところは見られませんでした。
「王柔殿っ。大丈夫ですかっ」
 前方から羽磋が走ってやってくるのが見えました。後方から聞こえた王柔の声があまりにも弱々しかったので、心配になって戻ってきたのでした。
 羽磋に対して「僕は大丈夫です」と答えながら、王柔はゆっくりと立ち上がりました。初めはまだ周囲がぐらぐらと揺れているように感じて驚いてしまいましたが、それは地面が揺れているのではなくて、王柔の膝がガクガクと震えていたからでした。





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