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月の砂漠のかぐや姫 第263話

 それに呼応するかのように、王柔と羽磋の身体に伝わる理亜の力が増々強くなりました。まるで、理亜とその球体とが、お互いに強く引きあっているかのようでした。
 王柔も羽磋も理亜が飛び出していかないように、彼女を抱く腕に全身の力を籠めていました。
 彼らの腕の中でもがいているのは本当に小さな女の子なのかと疑いたくなるぐらい理亜が発する力は強く、彼女を掴んでいる力が少しでも弱まれば、その瞬間に自分たちを振り払い走り去ってしまいそうでした。王柔も羽磋も人間ですから、ずっと全力を出し続けることなどできません。でも、そうしないと、駄目なのです。二人は歯を食いしばり身体を震わせながら、身体中の力をかき集めてなんとか理亜をこの場に留めていました。
 羽磋は理亜たちを連れてこの丘を降り、あの球体から離れたいと考えていたのですが、とてもそれどころではありません。いまできることは、この場に彼女を押しとどめることだけで、それも時間の経過につれてどんどんと難しくなっていっているのでした。
「理亜っ、ううっ、くっ」
「王柔殿、しっかりっ」
 王柔と羽磋が、苦しさの中から声を上げた、その時です。
 ググッ、ドドドゥンッ! ドウンッ!
 またもや、地下世界を大きな揺れが襲ったのです。
 それは、一瞬身体が宙に浮かんだのではないかと思うような、激しい縦揺れでした。
 地下世界を流れる川は大きく波打ち、川縁を乗り越えた青い水が泡を立てながら地面に広がりました。また、点在している窪みのあちこちから、その底に溜まっていた青い水が間欠泉の様に吹き上がりました。天井を支えている太い石柱も、まるで風に吹かれる青竹のようにブルブルと震え、その肌にはいくつもの亀裂が走りました。また、地下世界の天井には新たな亀裂が生じ、そこから入ってきた何本もの地上の光が、雲間から差し込む光の様に地下世界を貫くのでした。
 もちろん、その激しい揺れは、丘の上の羽磋たちも見逃しませんでした。
 理亜が走り出すのをなんとか押しとどめようと、腰を落として重心を低くしながら彼女の身体を後ろから抱きかかえていた羽磋は、その衝撃で彼女の身体から手を離してしまいました。前に走り出そうとしている理亜とは反対側に体重をかけていたため、勢い余った羽磋は揺れる地面の上を後ろ向きに何度も転がることになりました。
「ああっ、急にっ・・・・・・」
 自分を後ろ向きに引っ張っていた羽磋の力が無くなったことで、グンッと理亜の身体が前に進みました。まだ彼女の腰には王柔の両手が回されていましたが、それをまるで気にせずに理亜は前へ進もうとしました。なんとしてもそれを止めさせたい王柔でしたが、これまでに長い間理亜を引き留めていたせいか、それに対応する力は彼にはもう残っていませんでした。
 それでも、王柔は最後の力を振り絞って、理亜の身体にしがみ付きます。そのため、理亜は王柔を引きずったまま走らなければなりませんでしたが、それも数歩の間だけでした。
「ああ、理亜、理亜ぁ、駄目、だぁ・・・・・・」
 とうとう理亜に両手を振り解かれてしまった王柔は、頭から砂ぼこりを被り地面に腹ばいになった状態で取り残されました。彼は彼女の方に手を伸ばして悲痛な声を上げます。でも、理亜の関心は、自分の前方にしか向いていませんでした。自由になった彼女は後ろを一度も振り返ることなく、間近に迫っている濃青色の球体の方へと走り寄るのでした。
 不思議なことに、先ほどまで羽磋たちの身体を強く叩いていた風、あるいは、負の気は、自らの方へ走り寄る少女を迎えるためにか、ピタッと止まっていました。
 既に球体は丘のすぐ近くにまで接近していたので、その姿ははっきりと見えるようになっていました。空間を浮かんでいる時にはその大きさはあまり実感できなかったのですが、近くで見るとその外殻は人の背丈の何倍もの大きさをしていることがわかりました。それに向かって走っていく理亜の後ろ姿は、青く輝く大きな満月へと飛んでいく小鳥のようにも見えました
「理亜!」
 何度も後ろ向きに転がることになった羽磋でしたが、身軽に跳ね起きるとすぐに、理亜の後を追って走り出しました。丘の下では「どうしたらいのか」と悩んでいた羽磋でしたが、この時はそのような事は何も考えていませんでした。ただ、とっさに「理亜が危ないっ」と思ったのでした。そして、どうすれば良いかを考える前に、身体が動き出していたのでした。
 王柔も土埃だらけになった身体をすぐに起こすと、理亜を追って走り出しました。彼も考えがあったわけではありませんでした。それはただ、「理亜を守る」というその想いから生まれた、とっさの行動でした。
 ゴオオオォォッ!
 いまや濃い青色の球体は、これまでとは逆に、周囲の空気を吸い込んでいました。その風に乗るように、理亜は勢いよく丘の上を走りました。そして、その縁まで来ると、全く躊躇することなく丘の土を蹴り空中に浮かぶ球体に向かって飛び込みました。
 その理亜に続いて、羽磋が、王柔が、丘の上の固い土を蹴って、濃青色の球体の中心に向かって飛びました。






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