【寓話】星座になったカモノハシ
夏です。それも、暑さが厳しい夏がやってきています。
この時期は夜になってもそれほど気温が下がりませんから、夜に開催されるイベントも多いです。
みなさんも、夏祭りや花火大会などで、遅い時間に外を歩く機会があると思います。
もしも、それが晴れた夜であれば、是非とも少し立ち止まって、空を見上げてみてください。きっと、自分が想像していたよりも、ずっとたくさんの星たちが頭上で輝いていたことに、気が付くことでしょう。
古来より、人々は星々が寄り添いあう姿に、動物や神話の登場人物などの姿を重ねてきました。そう、それが「星座」です。
現在では、国際天文学会が公式に認めている星座が、北と南の両方の空に八十八個あります。
もちろん、これまでに人々が夜空に描いてきた無数の絵は、八十八ではとてもおさまりません。つまり、公式には認められていない星座も、数多くあります。
「カモノハシ座」もその非公式星座の一つで、ある南の島でだけ星座の一つとして認められています。
ところが、不思議なことに、その島にカモノハシが生息しているのかと言うと、それは確認されていないのです。
では、どうして、カモノハシが生息していないその島で、「カモノハシ座」が伝わっているのでしょうか。
これからご紹介するお話は、その島で語り継がれているもので、「カモノハシ座」の由来に関するものです。
◇◆◇
昔々、南に広がる海のずっと奥の方に、大きな島がありました。
山もあれば川もあるその島には、たくさんの種類の動物がおりました。
動物たちの中には、走るのが速いものがおれば、木に登るのが得意なものもおりました。また、昼に行動するのが好きなものがおれば、夜に動き回るのが好きなものもおりました。
それぞれの動物は、他の動物と異なる特徴を持っていました。でも、島に暮らすみんなは仲良しで、その違いを生かして協力し合って暮らしていました。
ところが、そのようなみんなの輪の中に入らずに、離れた所で自分たちだけで暮らしている動物がおりました。
それは、カモノハシたちでした。
カモノハシは子供を母乳で育てるのですが、同じような育て方をする他の動物たちが赤ちゃんを産むのとは違って、彼らは卵を産むのでした。
また、子供を母乳で育てる動物のお尻には、子供を産むための穴とは別に、排せつをするための穴があるのですが、カモノハシのお尻にはそれらが一緒になった穴が一つしかないのでした。
カモノハシは、他の動物たちとは大きく異なった構造の身体を持つ動物だったのです。
カモノハシと同じような特徴を持つ動物が、彼らの他に全くいなかったわけではありません。ハリモグラはカモノハシと同じような特徴を持っていました。
でも、ハリモグラたちは、自分と同じようにアリを食べるのが大好きなアリクイたちと仲が良く、みんなと一緒に暮らしておりました。
ですから、自分と他の動物たちとの違いを気にするカモノハシたちは、自分たちだけで暮らすことにしたのでした。
「ああ、みんなは毎日が楽しそうだな。僕も仲間に入りたいな。でも……」
カモノハシも、みんなのことが嫌いなわけではありません。むしろ、みんなと仲良くしたい、一緒に暮らしたいと思っていました。
でも、「みんなの中で自分だけが違うんだ」と思うと、みんなの中に入っていく勇気が、どうしても出てこなかったのです。
そのため、カモノハシたちはみんなから離れた水辺でひっそりと暮らしながらも、草の影や葉っぱの下から、他の動物たちの生活の様子を羨ましそうに眺めるのを、止められないでいたのでした。
「そろそろ、秋のお祭りの準備をしなければいけないね」
「そうだね、神様にはいつも島を守っていただいているから、お礼をきちんとしないと」
「みんなが持ち寄る食べ物が、楽しみだなぁ」
「賑やかな歌や踊りもだよ!」
島の動物たちが、秋祭りについて相談を始めた、夏の終わりの事でした。
どこから流れて来たのか、冷たい風がヒュウッと島へと吹き付けてきました。
もちろん、夏から秋、そして、冬へと、だんだんと寒くなるのは毎年の事ですし、動物たちもそれには慣れています。それに、一日や二日、他の日に比べて寒い日があったり暑い日があったりするのは、珍しいことではありません。
でも、この時に島を襲った風は、いつもの秋口に吹く風とは全く違っていて、肌がヒリヒリとするほど冷たいものでした。それも、一日や二日で吹き止むのではなく、秋を無しにして一気に冬に入ってしまったかのように、ずっと吹き続けるのでした。
この季節外れの寒風のせいか、たくさんの島の動物たちが、体調を崩してしまいました。でも、悪いことはそれだけではありませんでした。
どうやら、島ではこれまで見られなかった病気を、その風が外から運んできたようなのです。
その病気に罹った動物たちは、高熱を出して倒れ込んでしまいました。病気の症状は、高熱だけではありません。一度横になってしまうと、もうしんどくて立ちあがれません。喉がヒリヒリと焼け付くようで、つばを飲み込むのにも痛くて苦労するほどです。
あっという間に島中の動物たちに病気が広がったその後では、以前と同じ島とは思えないほどの静けさが、島全体の上にズーンと腰を下ろすようになっていました。
「大変だ、大変だっ」
「みんなが病気で動けなくなっちゃった。何とかお世話してあげないと!」
その重苦しい静けさの中で、唯一動き回っていたのは、ハリモグラたちでした。島の動物たちが次々と高熱を出して倒れていく中で、不思議と彼らだけは病気に罹らなかったのです。
ハリモグラたちは弱っている他の動物たちを助けてあげたいと、額を集めて相談をしました。
でも、困ってしまいました。
いつも仲良くしているアリクイたちの事なら、彼らがどのような食べ物が好きか、どのような場所で休みたいかを、よく知っています。ところが、他の動物たちのことは、よくわからないのです。
それに、弱っている動物に、どの様にしてほしいのか尋ねても、喉がとても痛い彼らからは十分な答えがもらえないのです。
「困った……。コアラくんが倒れていたんだよ。お腹を空かせているみたいだから果物をあげたんだけど、食べてくれない。じゃあ、アリが好きなのかと思ってアリをあげても食べてくれないんだ……」
「水辺でワニくんを見かけたんだ。よほどの高熱で頭がボーとしていたのか、しきりに石を飲み込んでいたから、止めようとしたらものすごく怒られた。わけがわからないよっ」
「お昼時に、大きなカメくんが道端で強い日光にさらされていたから、涼しい木陰に連れて行ったんだよ。だけど、元気をなくして動かなくなっちゃった」
「いまこの島で動けるのは、自分たちだけだ。みんなを助けよう」と張り切っていたハリモグラたちは、すっかり自信を無くしてしまいました。
助けようという気持ちだけでは十分ではないのです。もしも、間違って相手が苦手なことをしてしまったら、弱っている動物たちがさらに困ることになってしまいますから。
その時、低木の葉陰から、ハリモグラたちに呼び掛ける声が聞こえてきました。
誰の声でしょうか。ハリモグラたちを除けば、この島の動物たちは、みんな病気でのどを痛めているはずです。
首をかしげるハリモグラたちの前に姿を現したのは、カモノハシたちでした。
「やあっ! カモノハシくん! 君たちは無事だったんだね」
「……う、うん、僕たちは、大丈夫だよ。それにしても、ひどい病気が流行ったものだよねぇ」
カモノハシたちも、ハリモグラたちと同じように、寒風が運んできた病気に罹らずにすんでいました。
島に住む動物たちの中で、この二つの種族だけが病気の手から逃れたということになります。このことから考えると、おそらくは身体の構造の違いが、その理由となったのでしょう。何故なら、病気になった動物たちとならなかった彼らを区分しようとすると、お尻の穴が一つか二つかと言う視点からしかできませんから。
「自分たちはみんなと違うんだ」と思っているカモノハシにとって、自分たち以外の動物に声を掛けることはとても勇気のいることで、いままではそれを避けてきていました。
でも、この時ばかりは、彼らは自らハリモグラに声を掛け、その姿を現したのです。
それは、カモノハシたちが、ハリモグラたちが困っていることの答えを知っていたからでした。
カモノハシたちは、島の動物たちから離れた所で、自分たちだけで固まって暮らしていました。でも、自分たち以外の動物たちがとても楽しそうに暮らしているので、「いつか仲間に入れてもらいたいな」と思いながら、その様子をじっと観察してきたのでした。
そうです。カモノハシたちは、島の動物たちの様子をずっと眺めてきていましたから、彼らそれぞれが、どのようなものを食べ、どのような場所で過ごすのを好むのかなどを、良く知っていたのでした。
「コアラくんが好きなのは、ユーカリの葉なんだ。ワニくんは、食べたものを消化するために、石を飲み込んでいるんだ。それに、カメくんは、身体を温めるために、日差しに当たる必要があるんだよ。それから、それから……」
カモノハシたちは自分が知っていることを、ハリモグラたちに惜しみなく伝えました。そして、彼らに教えてもらった知識を元に病気で弱っている動物たちのお世話をしようと、ハリモグラたちは島のあちこちへ向かって走っていくのでした。
「この動物には、この食べ物を……。あの動物は、あの場所で休ませてあげて……」
島の動物たちをよく観察していたカモノハシたちの指示は、とてもはっきりしたものでしたので、ハリモグラたちは少しも迷うことなく行動することができました。
彼らの適切で心のこもったお世話のお陰で、島の動物たちは酷い病気から快復することができました。
しばらくすると、一時は、風が森の木の葉を揺らす音ぐらいしか聞こえなくなっていた島内で、再び動物たちの朗らかな笑い声が聞こえるようになりました。
「ありがとう、本当に助かったよ」
「こうして元気になれたのは、ハリモグラくんとカモノハシくんのお陰だねぇ」
島の動物たちは、口々にハリモグラたちとカモノハシたちに感謝の言葉を伝えるのでした。周りから注目されることにあまり慣れていないハリモグラとカモノハシも、この時ばかりは、恥ずかしさよりも嬉しさの方を大きく感じるのでした。
島全体が病から解放され、楽しい日常を取り戻したと思われました。それに、これまではみんなの輪の中に入ることができていなかったカモノハシたちも、この一件を機会として、これからはみんなと仲良く暮らすことができそうでした。
ところが、です。
今度は、ハリモグラたちとカモノハシたちの間に、病気が流行したのです。
それは島の動物たちの間に流行った病気と同じ種類の病気のようで、発症したハリモグラやカモノハシたちは、高熱のせいで動けなくなってしまったうえに、喉があまりにも痛くて満足に話すことができなくなってしまうのでした。
島に住む他の動物たちの間には、再びの流行は起きなかったので、彼らは「今度は、僕たちがハリモグラくんとカモノハシくんを助ける番だ」と、声を合わせました。自分たちがハリモグラとカモノハシのお陰で命を拾ったことに、心から感謝していたのです。
ハリモグラたちはアリクイたちと仲が良かったので、アリクイが中心となって彼らの看病をすることができました。ハリモグラたちは、病気のせいでひどく弱ってしまいましたが、アリクイの指示で用意された好きな食べ物と過ごしやすい場所のお陰で、元気になることができました。
でも、カモノハシたちのお世話の場合は、そうはいきませんでした。
カモノハシたちがどのような食べ物を好み、彼らにとってどのような場所で過ごすのが快適なのかについて、誰も知らなかったのです。そのため、病気のせいで衰弱しているカモノハシたちを目の前にしても、どのようにお世話をして良いのかが、全くわからなかったのでした。
どうして、このような事になってしまったのでしょうか。
それは、カモノハシたちが、自分たちと他の動物たちとの身体の構造の違いを気にして、島の動物たちの暮らしの輪から離れていたからでした。また、島の動物たちの方でも、自分たちから距離を取って暮らしているカモノハシたちに特段の注意を払うものはなく、両者は同じ島に暮らしてはいたものの、交流というものが全くなかったからでした。
「ああ。どうして、もっとカモノハシくんに、声を掛けてあげなかったんだろう」
島の動物たちは後悔の声を上げるのですが、それはもう時機を逸していました。「何がカモノハシに適しているのか」と、必死に頭を捻る彼らの目の前で、一頭、また、一頭と、カモノハシは命を落としていくのでした。
ウオーオオンッ……。
キキュッ。
ホホオー、クオオオオンッ……。
キュキッ。キキキウッ。
オオカミやキツネ、サルにリスたち。
もちろんその他の動物たちも、声を合わせて歌います。
彼らの歌声は、深い紺色をした秋の夜空に響き渡り、穏やかな白光を纏いながら地上を見下ろしている大きな満月にまで届こうとしています。
月日は流れ、秋のお祭りの日となりました。
この秋祭りは、島を見守っている神様に感謝を捧げるお祭りで、島で行われる行事の中でもっとも大きなものでした。
夏から秋にかけて、島は大変な病気に襲われましたが、ほとんどの動物たちは無事に元気を取り戻し、お祭りを楽しんでいます。
広場に出て来て踊る動物たち。
木々が広げる枝の上で歌を歌う動物たち。
それらの姿は、例年と全く変わりません。
でも、お祭りに参加している動物たちは知っていました。
「確かに、今年のお祭りは、昨年のお祭りと同じように見える。だけど、違うんだ」と。
見た所では、今年のお祭りも昨年のお祭りも変わりはないようなのに、一体何が違っているのでしょうか。
その違いは、見えないところにありました。
これまでは、表立ってはお祭りには参加していなかったものの、森の奥にある水辺に集まったカモノハシたちも、歌ったり踊ったりして、彼らなりの方法でお祭りに参加していたのです。
ところが、あの恐ろしい病気のせいで、この島に住んでいたカモノハシたちは全て死んでしまいました。いまではもう、森の奥での彼らのお祭りは行われなくなってしまったのです。
秋のお祭りは例年のように賑やかでしたし、そこに集まった動物たちはみんな笑顔でした。
でも、楽しい会話を交わしながらも、ちょっとした間があった時には、自然と彼らの目は広場の外に立ち並ぶ木々の陰に向くようになっていました。
それは、「もしも、僕たちが少しでも周りに目を向けていたら……。ひょっとしたら、自分たちと仲良くしたいと思ってこちらを観察している、カモノハシたちと目が合っていたかもしれなかったのに」と言う後悔が表れたものでした。
ただ、林の奥をいくら探しても、低木の枝の下に注意を向けても、そこにこちらをじっと見つめるカモノハシの姿を見つけることは、もうできないのでした。
動物たちの中には、昼に活動するものもいれば夜に活動するものいましたから、お祭りは昼から夜にかけて、とても長い時間続きます。
ちょうど、お祭りが昼の部から夜の部に切り替わる頃でした。薄暗くなってきた広場に、誰かが出した大きな声が響き渡りました。
「ねぇ、見てよ! あれ、カモノハシくんに見えるよ!」
大きな声を出したのはハリモグラでした。動物たちは、不意に聞こえて来た大声に驚いて彼の方に振り向きましたが、すぐに空の方へと顔を向け直しました。ハリモグラは、夕焼け空を押しのけて空に広がりつつある、深い海の色をした夜空を指さしていたのです。
ハリモグラが何を言っているのか、夜空を見上げた動物たちにはすぐにわかりました。
東の水平線から空の上へと広がる夜空に、彼らがずっと探していた懐かしい姿があったのですから。
「ああ、ホントだ!」
「カモノハシくん、カモノハシくんだ!」
もちろん、空の上にカモノハシがいるはずはありません。動物たちが夜空に見つけたのは、カモノハシの姿を写しているように見える、幾つかの星の集まり。つまり、星座だったのでした。
「ありがとう、カモノハシくん。僕たちのために頑張ってくれて」
「ごめんね、カモノハシくん。僕たちから声を掛けてあげたらよかったのに、できなくて」
動物たちは、口々にカモノハシへの感謝と謝罪を表しました。また、その中には、島の神に対して、「カモノハシくんを星座にしてくれて、ありがとうございます」と、お礼を言うものもいるのでした。
◇◆◇
この一件があって以来、この南の島では、夜空に浮かぶ星座に「カモノハシ座」が加わったということです。
「カモノハシ座」はいまでも、夏の終わりから秋にかけて、日没後に東の水平線から天上へと昇って行く星々の中に、その姿を認めることができるそうです。
残念ながら、日本で見える夜空は北の夜空ですから、「カモノハシ座」を見ることはできません。
もしも、南の方へ行く機会がある方は、夜空にその姿を探してみてください。愛くるしいその姿を写した星座は、まるでカモノハシがこちらを眺めている格好のようだと言われています。
(了)