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月の砂漠のかぐや姫 第250話

「ひ、ひどい揺れでした・・・・・・。羽磋殿は、お怪我はありませんか」
「ありがとうございます。僕も大丈夫です。でも、さっきは本当にびっくりしました」
 自分の傍にまで戻ってきた羽磋の顔を見ると、王柔は少し安心しました。それは、羽磋の顔に「驚き」は現れていましたが、「不安」は現れていなかったからでした。
「羽磋殿、一体何があったんでしょう。もうこれ以上の揺れは起きないですよね。万が一にも、その・・・・・・、なんてこと・・・・・・、ないですよね」
 それでも、王柔は自分の中にある不安を羽磋のはっきりとした言葉によって解消したくて、矢継ぎ早に質問を重ねました。ただ、一番の心配事である「天井が崩れてきて自分たちが生き埋めにされる」ということについては、それを口に出してしまうと現実になってしまいそうな気がして、モゴモゴと口を動かすだけに留めてしまいました。
 王柔が言い淀んだことは羽磋にもわかりました。それはこの状況であれば誰もがそのように心配せずにはいられないことで、羽磋の頭にもそのことが浮かんでいたからでしたからでした。でも、それについて羽磋にはっきりとしたことがわかるはずもありません。ただ、羽磋にはその心配事についてではなく別のことについて感じられたことがあったので、それをそのまま王柔に話すことにしました。
「これ以上の揺れがあるかどうかは、僕にもわかりません。それに、その、王柔殿が心配されているようなことがあるかないかもわかりません。ただ、何があったか、いや、何がこの地震のきっかけになったかについては、少し思うことがあります。僕には理亜が叫んだあの言葉が、地震のきっかけとなったように思えるのです」
「えっ、理亜が叫んだ言葉というと、オカアサンっていう言葉ですか。あれが地震のきっかけになったと」
 まさかというような表情を浮かべた王柔に、羽磋は周りを見回すように促しました。
「そうです、理亜のあの言葉です。もちろん、根拠となるものなどはありませんが・・・・・・。でも、周りを見てください、王柔殿。さっきまではあんな風にはなっていませんでした。地震だけでなく、理亜のあの声が響いた前と後では、この地下世界が全く変わってしまったように思われませんか」
 先ほどまで王柔は地震が再び襲ってくるのを恐れてしゃがみ込んでいました。それも、手で頭を覆って下を向き、できるだけ小さくなっていました。そのため、羽磋に促されて地下世界を見回したこの時に初めて、そこに大きな変化が生じていることに気が付いたのでした。
 地下世界全体に満ちていた青い光が、以前に比べてとても強くなっていました。それは眩しくてとても目を開けていられないというようなものではありませんでしたが、ゴビの砂漠で朝の日差しの強さと昼の日差しのそれが全く違うように、先ほどまでの光とははっきりと異なっていました。
 また、地面のあちこちに存在する大きな窪みの幾つかから、青く輝く水がまるで噴水のように吹き上げられていました。それは特定の窪みに限ってのことではないようで、こちらの窪みから青い水が吹き上げられたかと思うとしばらくしてそれは止み、今度は別の窪みから青い水が吹き上げられるというように、次々にその窪みの場所は変わっていくのでした。青い水が吹き上げられる高さもバラバラでしたが、多くの場合は人の背の高さよりもはるかに高いところにまで到達していました。
 その中には地下世界の天井にまで届き、そこに生じている割れ目の中に勢いよく流れ込んでいくものもありました。この割れ目は地上と繋がっていて、これまでは地上から地下世界へ太陽の光が入り込んでいたのですが、今度はそれとは反対になりました。地下世界の窪みから激しく吹き上げられて割れ目に入り込んだ青く輝く水は、割れ目を通り抜けて地面から勢い良く噴出したのです。地上でサバクオオカミの奇岩たちと戦っていた冒頓たちは、地面の割れ目から突然噴き出してきた青く輝く水を身体に浴び大混乱に陥りましたが、それはこの地下世界の窪みから吹き上げられた水だったのでした。
 さらに、別の大きな変化が起きていることにも、王柔は気が付きました。
 地下世界の天井近くを空に浮かぶ雲の様にユラユラと漂っていた透明な球体が、まるで桶に水を注いだ時に生じる泡のように、地下世界の中を上下左右に動き回っていました。それは、風に吹かれて雲が動くときのような一様のものではなく、それぞれの球体が全く関連性無しに動いていました。そのため、二つの球体がぶつかってパチンと割れてしまうものもありました。一方で、ぶつかった結果、もっと大きな一つの球体になるものもありました。
 これまでもこの地下に広がる世界は王柔が想像したこともない不思議なものでしたが、地下世界には地下世界なりの流れというか調和があったように思っていました。でも、いま自分の目に映っている地下世界は、それらをすっかりと失ってしまって混乱しているように、王柔には思えました。






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