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月の砂漠のかぐや姫 第236話

 羽磋を先頭にした短い隊列は、足早に洞窟の奥へと進んでいきました。
 ザザザシャ・・・・・・。シャササア・・・・・・。
 羽磋たちが歩いている箇所と川との距離は離れる時もあれば近くなる時もあり、水音が小さく聞こえる時もあれば大きく聞こえる時もありましたが、それが全く聞こえなくなることはありませんでした。川が完全に地中に潜ってしまうことはなく、それは常に洞窟と並走しているようでした。
 羽磋は心の奥底で駱駝を恐怖に陥れた何かが襲ってくることを心配していましたが、その何かが現れることはありませんでした。また、岩壁の襞に隠れた小さな凹みはともかくとして、人が歩けるような大きさの洞窟はずっと一本道であり分岐は生じていませんでした。そのため、彼らは進む道を選ぶために悩む必要に迫られることはなく、短い休憩の他は黙々と洞窟の奥へと歩き続けることができました。
 羽磋たちの進む先を案内するかのように足元を流れている川の水は青い光を放ち続けていましたが、洞窟の奥へ進むにつれてその光が少しずつ強くなって来ているように、羽磋には感じられました。やはり、この先は外へ通じているのではなくて、精霊の力を川に与えて青い光を発するようにした存在が潜むところへと通じているのでしょうか。もちろん、この先に何があるにしても、前へ進むこと以外に羽磋たちにできることはないのですが・・・・・・。
 大空間から洞窟へ入ってしばらくの間は、凸凹として足場の悪い中を駱駝を引きながら歩いていましたが、今日は自分たちだけです。羽磋たちは昨日以上の速さで、洞窟の奥へと進むことができていました。
 その歩みの過程で、洞窟の内部の状況について川の水の光の変化と共にもう一つの変化が起きていることに、羽磋たちは気が付いていました。それは、光の筋でした。これまでの洞窟の天井部分は隙間なく分厚い岩や土で覆われていたのですが、洞窟を奥の方へ進んでいくとその天井部分のところどころに隙間か穴が生じているようで、川の水が発するほのかな青い光とは別の光、つまり外部に降り注いでいる太陽の光が、その割れ目を通して洞窟の内部にまで差し込んできているのでした。
 洞窟を進んで来てその光の筋を発見した時には、羽磋は心臓が飛び出るような興奮を覚えました。
 それは「陽の光が差し込んできているということは、天井が薄くなってきているのだ。自分たちが知らない間に洞窟が上り坂になっていたのかもしれない、もうすぐ地上へと出ることができるのかもしれないぞ」と、思ったからでした。
 羽磋の考えは、半分は正しく半分は間違っていました。
 陽の光が差し込んでいるということは、天井が薄くなっている、少なくとも、光が差し込むような割れ目が外と通じるほどの厚さにはなっているという証拠です。これまではそのような現象はなかったのですから、間違いなく以前よりは外部に近いところに洞窟は来ていると思われました。
 とは言え、洞窟の内部が上り坂になっていたというのではありませんでした。どうしてそれがわかるのでしょうか。それは、相変わらず川の水が羽磋たちの歩く地面の脇を流れ続けていることからわかるのでした。もしも洞窟が上り坂になっていたのなら、川の水はそれを登ることはできないので、地面の中へと流れ込んで消えて行っていたはずでした。川がその様になっていないということは、羽磋の考えと逆の状況になっているということを示していました。
 では、この「光がが差し込んできている」という変化は、何によるものなのでしょうか。
 大空間に端を発して地中を長く走ってきている洞窟の上には、これまでのところ小山のようなゴビの大地が載っていたのですが、ここに来てそれがなくなっていたのでした。そうです、洞窟が上り坂になっていたのではなく、その天井の上に載っていた土の厚みが変わっていたのでした。見方を変えると、複雑な形をしたヤルダンの岩山の下を抜けた洞窟は、ヤルダンの中にある開けた広場の下に到達していたのでした。そして、その広場にはところどころに亀裂があって、そこを通った陽の光が洞窟の空気の中に筋となって現われていたのでした。
「羽磋殿、光が差し込んできていますよっ。出口ですかねっ、僕たちはとうとう出口まで来たんですかねっ」
 後を歩いていた王柔にもその光の筋が目に入ったようで、彼の興奮した声が羽磋の耳に届きました。これまでは羽磋に話しかけることを控えていた王柔でしたが、この大きな発見には声を上げずにはいられなかったのでした。
「あ、はいっ。そうですねっ」
「ですよねっ、ですよね。やった、やったぁっ」
「あ、いや。すみません、王柔殿。少し待ってください・・・・・・」
 光の筋を目にした羽磋も王柔と同じように興奮していましたから、王柔の嬉しそうな問い掛けにすかさず賛同の声を出しました。でも、王柔があまりにも手放しで喜ぶものですから、逆に少し冷静に考えようとして、時間を取り始めました。困難な状況の中で何かを判断する際には、指導する立場の複数の者が安易に同じ見方に染まってはならないと、貴霜族の若者頭を務める父から教わっていたのを思い出したのでした。






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