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月の砂漠のかぐや姫 第242話

 曲がり角から少し進んだところで、洞窟は終わりになっていました。
 でも、それは洞窟が行き止まりになっていたという訳ではありませんでした。
 まるで川が海に注いでいるかのように、細く伸びていた洞窟の先には海のような広大な空間が広がっていたのでした。交易路から落下した羽磋たちが川を流された後に最初に目覚めた場所である大空間も、とても地下にあるとは思えないような大きな空間でしたが、いま羽磋たちの前に広がっている空間はそれをはるかに上回る広さを持っていました。
 羽磋たちは洞窟の奥に精霊の強い力の源があると考えていましたが、それがどのようなものであるか、具体的な姿は思い描いておりませんでした。むしろ、冒頓の護衛隊の馬の足音の事があったので、この洞窟の先がどこかの岩壁に丸い出入口を開いていて自分たちはそこから外に出で冒頓たちと合流できるのではないか、という想いが強くなってきていて、羽磋たちの心の中には陽の光が降り注ぐ外の世界が浮かぶようになってきていました。
 もちろん、できるだけ考えないようにはしていましたが、洞窟が冷たい岩壁に突き当たって行き止まりになっているという光景も頭の一部にありました。でも、このような広大な地下世界に辿り着くことになろうとは、羽磋も王柔も思ったことがありませんでした。
 自分たちの目に映る想像もしていなかった光景に引き寄せられるかのように、羽磋たちはフラフラと前へ進み、洞窟から地下世界の中へとスッと足を踏み入れました。「どこかに危険なものが潜んでいるかもしれないから気をつけよう」などと言う考えは、羽磋にも王柔にも全く残っておりませんでした。
 彼らの足元では、タフタフタフッっと小気味よい音を立てながら、洞窟を流れてきた川が目の前に新たに広がった世界へ流れ込んでいました。
「ああ・・・・・・」
 急速に胸の中に膨れ上がってきた感嘆の思いが、羽磋の口から吐息となって漏れ出ました。
 羽磋たちの前に広がっていたのは、もはや地下の空間などと言う言葉では表すことのできないものでした。地上とは別の世界が地下にも存在していた、羽磋たちにはそのように思えました。
 これまで羽磋たちが歩いてきた洞窟は、川の水が放つほのかな青い光によって下の方から照らされていましたが、この世界も青い光に満たされていました。ただ、これまでとは違ってその青い光はぼんやりとしたものではなく、まるで太陽の光の下にいるかのように周囲の様子を不自由なく見て取ることができました。池があった大空間や川が流れる洞窟の中では、水から離れていてほのかな青い光が届かない場所は暗闇に没していましたが、ここではその様な場所はなく、壁や地面が青く見えることが無ければ、自分が地上にいるのではないかと錯覚を起こしてしまいそうでした。
 地下世界がどれほど広いかを知ろうとして羽磋が左右を見回しても奥の方を見通そうとしても、この空間がどこまで広がっているのかは全く分かりませんでした。地上において遠くの方がぼんやりと霞んで見えるように、この地下世界も遠くの方はぼんやりと霞んでいて、とにかく広いという以上のことはよくわかりませんでした。
 これまで歩いてきた洞窟の天井も人が何人か重なってようやく手が届くような高いものでしたが、この地下の空間、いや、この地下世界の天井はそれよりもはるかに高く、人が何人重なれば届くかを想像することも困難なほどでした。
 その天井から、何本も何本も黄色い柱が斜めに降りてきていました。これは地上の地面にある亀裂から差し込んで来ている太陽の光でした。おそらく、天井にある亀裂はとても大きなものなのでしょう。洞窟の中で羽磋たちが見たのは細い糸のようになって差し込んできている太陽の光でしたが、この地下世界に差し込んでいる光はそれよりもずっと太く強いもので、まるで曇り空の雲の隙間から地上に差し込む太陽の光のようでした。
 この広い地下世界の天井はやはり岩や土でできていて、それを支えるゴツゴツとした柱状の岩があちらにもこちらにも見られました。それは、あたかも大地に根を広く張った大樹が枝葉を広げて空を支えているかのように、地面に接する部分と天井に接する部分が大きく広がっていて、その間の部分は木の幹のように真っすぐに力強く伸びる石の柱となっていました。
 天井を支える石の柱はとても太く、また、何本も何本もたくさんの数があったのですが、地下世界は恐ろしく広かったので、そこには大きく開けた空がありました。その空間には透明で丸い物が幾つもフワフワと漂っていました。まるで水面に浮かぶ泡のようなそれは、光の柱の中に入り込んだ時にはキラキラと黄色く輝き、石の柱に近づいた時にはその表面に歪んだ柱の像を映し出していました。羽磋たちが立っているところからも遠くの方にその透明な球体が幾つも浮かんでいるのが確認できましたから、それは少なく見積もっても大人の人間が何人も入り込めるような大きなものでした。






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