試し読み:『アニメ・ゲームのロゴデザイン』デザイナー・内古閑智之(CHProduction)インタビュー
2023年2月に刊行し、好評を博した『アニメ・ゲームのロゴデザイン』。アニメ・ゲーム・VTuber・メディアミックス作品など、エンタメ作品のタイトルロゴを約500点掲載した大ボリュームの事例集です。
今回は「文字の本」の紹介の一貫として、本書に収録のデザイナーインタビューの一部を掲載します。ぜひご一読ください。
【ロゴデザインは、作品を思い出す記憶のスイッチになる】
デザイナー・内古閑智之(CHProduction)
これまでアニメ、ゲームなど数々の作品のロゴデザインを手掛け、本書の監修を担当したデザイナーの内古閑智之さん。ロゴの持つ役割や制作プロセスなど、多岐にわたるお話を伺いました。(取材・構成・文/BNN編集部)
作品の輪郭を形作るタイトルロゴの役割
──作品のロゴを制作する際、デザイナーさんには何が求められるのでしょうか。
内古閑 先にお話させていただくと、僕は駆け出しの頃にどこかのデザイン事務所で働いていた経験があるわけではなく、デザインの師匠と呼べる人もいなくて、すぐにフリーランスとして仕事を始めました。いわゆる一般的なデザインの修行の過程を通っていないので、これからお話する内容はあくまで僕個人の見解として聞いていただければと思います。
作品のロゴを制作する際、デザイナーに求められるのは、作品への理解度だと僕は思っています。作品の表層的な部分というよりは、テーマ性であったり、裏のテーマなども含めて、どれくらいその作品を深く理解しているか。それを読み取って理解した上で、視覚的にロゴデザインの中で表現する力が求められると思います。これは例えば企業ロゴなどにおいても同様で、当たり前のことですが、企業の理念を理解した上でそれをデザインで表現するということです。
──視覚的な表現とのことですが、ビジュアルであっても絵とはまた違いますよね。ロゴだけで伝えなければならないものとは何でしょうか。
内古閑 ロゴだけで伝えるというと難しいですが、まずは作品の雰囲気ではないでしょうか。また、ジャンルというのも一つあるかもしれません。ジャンルがわかってしまうことの良し悪しはありますが、ロゴは作品を知らない人に「自分が興味のある作品か、そうでないか」を瞬間的に判断してもらえるものになりますよね。タイトルの言葉自体も大きく影響していますが、文字や言葉と合わせてどういうかたちでデザインされているか。乱暴に言えば、それが自分の好きな感じの作品なのか、もしくは自分の趣味でない作品なのかを視聴者に伝えられるというのがあると思います。
──まず視聴者との最初のタッチポイントになるということですね。
内古閑 そうですね。もちろん絵などのビジュアルもあるとは思うんですが、ロゴとセットで見られる場合、絵だけではわからない情報をロゴが補っているということはあると思います。今はアニメの作品数がすごく多いですが、その中からお客さんが選ぶ時に、瞬間的にロゴを見て判断していることもあるんじゃないかと思っていて。「かっこいい感じの作品なんだ」とか「コミカルな作品なんだ」とか。一番はまずキャラクターや、監督が誰なのかといった要素だとは思うんですが、なんとなくジャンルで自分が視聴するかどうかを決める時に、ロゴを見ている人たちがいるんじゃないかと思っています。
──ロゴを制作される際、キャラクターデザインなど設定が上がっていない段階で制作されることがあるかと思います。そういったビジュアルが何もないときに、ロゴデザインは作品や現場にどう影響していくのでしょうか。
内古閑 作品のタイトルロゴが担う役割についてのお話だと思いますが、通常アニメの作品はすごく沢山の人が参加して制作しますよね。制作現場のスタッフや声優さん、営業や宣伝の人たちも含めると、関わる人の多さは膨大な数です。そうやって色んな人が作品に参加する中で、特に原作ものではないオリジナル作品の場合、企画が始まった段階ではまだどんな作品になるのかすごく見えにくいと思うんです。
例えばロボットものをやるということはわかっていても、それはどんなロボットものなのか。監督でさえ、最終的にどんな作品になるのか手探りでやっている時期もあると思います。そういう時にロゴデザインの依頼をいただいて、制作したり決定していくプロセスの中で、監督やプロデューサーたちがそのロゴを見ることで、自分たちが作ろうとしている作品の輪郭がもう少し見えてくるのではないかと思います。それぞれ考えていたことが違ったのが、少しずつ意思統一されていくという感じでしょうか。
──なるほど、ロゴの持つイメージは道標のようでもありますね。
内古閑 例えばロゴがカラフルだと、「これは賑やかでポップな作品なんだ」ということがわかると思います。すごく太い書体でデザインされたものだったら「熱くて図太い作品なのかな」と思うし、逆にシャープなデザインだったら「熱いというよりはクールな作品なのかな」「繊細な作品なんだ」ということがわかる。筆文字のロゴであれば「荒々しい作品なんだ」ということが伝わってきます。
アフレコ台本や絵コンテの表紙にロゴが大きく載ることがあるんですが、声優さんたちが作品の説明をそこまで多く受けていない状態で参加する時、そのロゴを見て自分が参加している作品がどんな作品なのか、イメージしてもらえることもあると思います。沢山の人が参加して作られるアニメでは、チームの意思統ーや意思共有が、ロゴの役割としてあるんじゃないでしょうか。それはそのまま、作品が発表されてからお客さんたちにも同じように機能していきます。順番としてはそういう感じでしょうか。ロゴのもたらす影響は結構大きいんじゃないかと、僕は思っています。
チャレンジだった『アイカツ!』のロゴデザイン
──得意不得意の話になりますが、内古閑さんが苦手だなと思っていたけどもチャレンジされたという作品はありますか。
内古閑 『アイカツ!』(2012/本書p.20掲載)ですかね。どちらかというと僕はシンプルですっきりしたデザインをずっと続けてきていたので、いわゆる一般的な女児アニメのキラキラしていてデコラティブなデザインというのは経験がありませんでした。依頼が来た時に驚いたし、自分にはできないんじゃないかと思いましたね。
──確かにそれまでの内古閑さんの仕事と比べると、異色の案件ではありますね。
内古閑 なんの実績もなかったですからね。深夜アニメなど、ターゲットの年齢層が高めのいわゆるハイエンドな作品を主にやっていたので。もっと女児向けのジャンルを得意としていた人が他にいたかもしれませんが、僕が候補に挙がったのは、『夏色キセキ』(2012/本書p.23掲載)でご一緒した水島精二さんと木村隆一さんが、『アイカツ!』でそれぞれスーパーバイザーと監督を務められたのが大きかったのかなと。このお二人とは以前からご縁があって仕事を重ねてきていたのでご推薦を頂いたのかもしれません。
──作る上で苦労されましたか? これまでとは違う作り方だったのでしょうか。
内古閑 作り方はだいぶ違いましたね。今までやったことがないジャンルで未知数だったので、『アイカツ!』とターゲット層が被っているアニメや漫画、女児雑誌などにとにかく目を通しました。普段だとあまりそこまでやらないんですが、その時はかなり資料を集めて研究していました。他の女児もののシリーズでは、先行してどんなデザインが築き上げられてきたのかも調べました。その上で、どうやって差別化しようかと考えました。
通常一人でロゴデザインを考えて作ることが多かったんですが、『アイカツ!』はスケジュールの都合もあって、社内のスタッフとかなり共同作業をしています。細かい話にはなるんですがカードなどのパーツを先にいくつか作ってもらったり、大枠のデザインを作ったあとにパスの清書は頼んだり。当時女性スタッフが多かったこともあって子供の頃の気持ちを聞いたり。相談も重ねながら進めて作ったロゴなので、あの時のチームだから作ることができたデザインともいえます。
──できあがったときに、「これでいけるな」という確信はありましたか?
内古閑 なかったですよ(笑)。採用されたときはびっくりしました。初案では、まだ色もグラデーションなどもつけていない、モノクロのかなりシンプルなデザインで出していたんです。それ以降、カード枚数を増やしたいというフィードバックは頂きましたが、ほぼ原型は変わっていません。
──振り返ってみるとどうですか?
内古閑 『アイカツ!』のロゴは、自分の元々の作風にも近い、当時なりにシンプルでフラットなデザインにしようと思って提案し、採用されたものでした。最終的には縁取りを追加したり、グラデーションを足したり、色々ブラッシュアップして作ったのですが、今思えば「もっともっとフラットにしたかったな」というのはありますね。
──『アイカツ!』のCDなど、買う方が必ずしも女児ではない場合がありますよね。デザインのバランス感としてはどういったことを意識されていましたか。
内古閑 他の女児向け作品やアイドルものの作品とどう差別化しようかと考えた時に、もう少し大人っぽく作れないかと思ったんです。当然ではあるんですが女児向けのデザインって「大人が考える、子供が好きであろうデザイン」だったと思っていて。でも自分が子供の頃…まあ女児ではないんですけど(笑)、もうちょっと子供なりに背伸びをしたい、無意識かもしれないですが大人っぽいものに憧れる感覚があったんですよね。「『アイカツ!』を好きな自分はちょっとおしゃれかもしれない」と思って商品に触れてもらえたらいいな、と考えながらCDなどもデザインしていました。
──確かに、背伸びして選んだものは特別感がありますね。
内古閑 あと当時はアイドルのCDなどがより子供の日常に入ってきていた時代だったので、アニメのCDというよりは実際のアーティストのCDのように、笑顔じゃなくてクールな仔まいのイラストのものがあってもいいんじゃないかと思っていました。かなり意識的に現実のアーティストのジャケットのようにビジュアルを作っていました。
手書き文字でも書体でも、作品の肝となるものを加えたデザインを
──内古閑さんはこれまでにP.A.WORKSさんの作品を多数手掛けられていますね。
内古閑 PAの作品の一つに、『クロムクロ』(2016/本書p.51掲載)があります。PAは本社が富山にあり、この作品は侍が現代に蘇って、富山を舞台にロボットに乗って戦う物語です。最初に監督やプロデューサーとやり取りをしてどんな方向性のロゴにするか探っていた時に、侍だから筆文字にしたいということまでは決まっていました。書道家のyukiさんにお願いして、いくつも描いてもらったものをバラして自分で継ぎ接ぎしたり書き足したりして作っていたんですね。筆文字でいい感じの「クロムクロ」という文字自体はできたんですが、これだとただの時代劇に見えてしまうな、この作品ならではの要素が足りないなと感じて。富山について調べたときに、地図を見て、富山県の形がそのまま「クロムクロ」の最後の「口」にできると思いついたんです。それで富山県をトレースして筆文字の中に混ぜて作り上げました。そのアイデアが浮かんだときはガッツポーズするレベルで嬉しかったです。
──そうだったんですね! 気づいた方はいらしたのでしょうか?
内古閑 まずロゴ案を監督やプロデューサーの堀川社長に見せたときに「ああいいね」という話になって。「堀川さんやPAスタッフの皆さん、何か気づきませんか?」って聞いたら「え?なにが?」という感じになり(笑)、ネタばらしをしたら「あっ!」って反応があって。みんな自分の住んでる都道府県の形って覚えてないものなんだなあ、って思いました。そのやり取りもすごく面白かったですね。
──それは印象的なエピソードですね。『クロムクロ』は力強いロゴですが、一方で繊細なロゴの作品はいつもどのように作られていますか? 書体など決めてから制作するのでしょうか。
内古閑 書体のことはそんなに最初には考えていないですね。デザイナーによって作り方は違うと思うんですが、僕は最初に書体をどうするかみたいなことは決めず、手でラフを描いたりもせずに制作していきます。
例えば『月がきれい』(2017/本書p.60掲載)という作品に参加したとき、中学生たちの恋愛や青春を描いた作品のロゴはどういうものがいいんだろう、とまず考えました。作品のシナリオや絵コンテを読んで「ああ中学生の頃ってこういうことあったな」という“あるある”の要素を拾えたときに、「リアルな中学生ってどういうことなんだろう」「そうだ、リアルな中学生に文字を書いてもらえばいいんだ」という考えに至りました。最初は中学生になりきって文字を書くか、もしくは自分の周りで中学生の子がいたら頼もうとしていたんですが、なかなかうまくいかなくて。それでプロデューサーと監督に相談して、ロケハンで協力してくれていた中学校に通う学生さんにお願いできることになったんです。登場人物たちと同じ中学3年生の1クラス全員に、「月がきれい」という文字を書いてもらえることになりました。
でも書いてと頼まれても、普通はきれいに書かなきゃって構えてしまいますよね。きれいな字を採用したいわけではなくて、ちょっと味のある感じにしたかったんです。それで全員に3回「月がきれい」と書いてもらいました。「まず遠くへ住む友人へ手紙を書くような気持ちで書いてください。次に家族に手紙を書くような気持ちで書いてください。最後は好きな人のことを想いながら書いてください」というテーマでお願いをしました。そうして書いてもらった中から選定するときに、やっばり男の子の文字と女の子の文字って違うんですが、必ずしも男女どちらかが主役という作品ではなかったので、どっちが書いた文字なのかという見え方にはしたくなかったんです。加えて特定の誰かの文字にもならないほうがいいという思いもあったので、その集めた文字をバラして組み合わせて「月がきれい」と継ぎ接ぎして作成しました。なので形としてはいびつかもしれませんが、結果的に誰の文字でもない、でもリアルな中学生の文字を再構成して作った文字となっています。
──作品ごとに作り方が全然違ったのですね。
内古閑 今挙げた作品は特にロゴができるまでにストーリー性がありますね。一つずつのロゴに、こうやって作ったというのが理屈の話だけじゃなくて、大げさに言うと自分の中でドラマチックなストーリーがあります(笑)。
──本書掲載の内古閑さんの作品に、それぞれの色を感じます。最後となりますが、本書で12年分のロゴ事例を集めて振り返ってみて、どう思われましたか。
内古閑 改めてデザイナーって沢山いるなということと(笑)、それだけデザインの正解の数も沢山あるよね、と思いました。そこには色々な作り方があり、自分とは違う様々なアプローチがあるんだなと当たり前のように感じました。メイキングページなどで皆さんの制作プロセスを見ても、自分がいかに本流じゃないかを突きつけられた気がしますが、そういうデザイナーごとの作り方や思考の違いを読み取るのも本書の楽しみ方だと思いました。
あと振り返ってみて、「懐かしい」と感じられるのがいいことだなと思っていて。例えば僕の過去のデザインでも、今と比べると少し古く見える作り方、処理の仕方も当然あったりするんですが、「あの頃ってこんなロゴやデザインが流行ってたな」というふうに思い出しました。世の中的にだったり、自分自身の中の流行りだったり。そういった時代性が感じられることが、そのままアニメ作品を思い出す記憶のスイッチにもなっていて面白かったですね。
──確かにその時代ならではの作品が溢れていて、この分野におけるテザインの歩みも垣間見えた気がします。
内古閑 一応、自分が監修という立場で本書に関わっていますが、良い悪いもなく、色んなロゴデザインの考え方や表現を年代順に俯職して眺めることができるのが面白いと思いました。その上で読んだ方に「自分だったらこういうやり方でやってみようかな」などと感じていただけたら幸いです。
本書ではインタビューのほか、ロゴ担当デザイナーによる解説コメント、ロゴメイキング、コラムも収録しています。作品世界やキャラクターを表す、多種多様なタイトルロゴ表現の数々をお楽しみください。