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試し読み:『ヘルスデザインシンキング』まえがき/はじめに

今月(2020年12月)の新刊書籍『ヘルスデザインシンキング  デジタルヘルス/ヘルステックに向けて:医療・ヘルスケアのためのデザイン思考実践ガイド』から、巻頭の「まえがき」と「はじめに」をご紹介します。

すぐに、とは当然いかないでしょうが、本書がいずれ、わずかでも、切迫度の高まる医療現場のお役に立てればと願っています。[村田]

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まえがき

本書『ヘルスデザインシンキング』は、医療分野のデザインを考えるすべての人に向けた一冊だ。現場での課題や、見逃すことのできないヒューマンストーリーをいくつも取り上げ、解説している。どうすればサービスや製品、インタラクション(相互作用)、教育の向上を通して人々の健康増進を実現することができるのか?という疑問に対する答えを見つけるのにも本書は役立つだろう。米国だけを見ても、医療の提供には厄介な課題がいくつもある。患者は医療アクセスの制約に直面し、アクセスできる場合であっても目指すところへたどり着くにはそのシステムに苦労させられる。臨床医は増え続ける事務作業と患者数に圧倒されて嫌気が差し、医師の燃え尽き症候群という危機的状況が広がりつつある。その一方で、コミュニティ間の医療アウトカムの格差は広がるばかりだ。また米国では医療費にGDPの18%が投じられ、財源をさらに浸食する勢いを見せている。

そうした困難のただ中にあって、これまで以上に人に寄り添い、役に立ち、誰でも活用できる、そんな製品や行動をつくりだそうとする人々の助けとなりうるのが「デザイン思考」だ。本書『ヘルスデザインシンキング』では、そのデザイン思考をさまざまな医療分野で取り入れている先進的なデザイン事務所、企業、研究所、医学部の生み出す製品(プロダクト)、試作品(プロトタイプ)、研究(リサーチ)を取り上げている。

著者のボン・クとエレン・ラプトンの2人は、デザイン思考を通した生活向上を目指す研究機関を代表する人物だ。ボン・クの所属するトーマス・ジェファーソン大学シドニー・キンメル・メディカル・カレッジは、米国で最古かつ最大の医療系大学の1つだ。トーマス・ジェファーソン大学のヘルスデザイン・ラボは2016年に設立され、医学生向けの一貫した長期デザインカリキュラムを発展させてきた。エレン・ラプトンの所属するクーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン・ミュージアムは、デザインの過去と未来を研究する米国で唯一の専門機関であり、国際的なデザインのプラットフォームとして、前向きな変化をもたらす原動力としてのデザインを主導している。また展示や出版、オンラインでの情報提供、教育普及活動を通して、デザイナー、教育者、政治家、一般の人々と関わり合っている。

本書に数々のイラストで彩りを添えているのは、才能豊かなアーティストであり研究者、アート・ライブラリアンでもあるジェニファー・トビアスだ。クーパー・ヒューイットでクロスプラットフォーム出版のディレクターを務めるパメラ・ホーンは、本書のコンセプトづくりの手助けに加え、専門家として編集を最初から最後まで指導してくれた。また、優れたデザイナー、イノベーター、そしてエレン・ラプトンが上級教員を務めるメリーランド・インスティチュート・カレッジ・オブ・アート(MICA)などの機関がケーススタディに協力している。

医療分野におけるデザインの取り組みは、必然性のない帝王切開手術を減らすことから、病院内の待合スペースの見直し、より多くの患者が治療にアクセスできる医療機器の開発まで多岐にわたる。本書は、世界一複雑で難解な米国の医療システムの内側から書かれている。世界中の医療システムが、アクセスの拡大、医療アウトカムの向上、コスト削減に奮闘しているなか、医療分野のリーダーはヘルスデザインシンキングから大きなヒントを得ることができるだろう。

私たちクーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン・ミュージアムは、トーマス・ジェファーソン大学のヘルスデザイン・ラボとともに、人間中心(ヒューマンセンタード)の医療の理論と実践に携わる多くの人々に向けて、活用しやすいデザインツールを提供できることを光栄に思う。

キャロライン・バウマン
クーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン・ミュージアム館長(当時)


はじめに

「ヘルスデザインシンキング」とは、医学的なウェルビーイングを高めるためにクリエイティブなアイデアと解決策を生み出すアプローチで、堅苦しい方法論ではなく自由度の高い考え方である。この新しい考え方によって、製品、環境、ワークフロー、ミッションステートメントが生まれ変わり、医療従事者には新たな視点がもたらされてきた。世界中のヘルスケアシステムが患者のケア向上のためにデザインチームを導入し、グローバル企業はデザイン思考を医療のイノベーションを推し進める戦略として捉えている。誰でもこのプロセスの一員になることができる。インタビュー、観察、ストーリーテリング、プロトタイピング、ロールプレイングは、チームが共感を構築し、課題に取り組むのを助けるツールだ。本書のPart 1では、デザイン思考のいくつかの原則を見ていく。Part 2では、話を聞き、観察し、つくるうえでのメソッドを取り上げる。そしてPart 3では、はっとさせられるようないくつものケーススタディで現場の状況を紹介していきたい。なお、どのパートでも、病院、医学部、コミュニティでの調査研究やプロジェクトの実例を紹介している。

私たちのメソッドは、トーマス・ジェファーソン大学にボン・クが設立したヘルスデザイン・ラボの研究から生まれた。実験的につくられたこのラボで、エンジニアリングの知識をもたない医学生らは新しい機器(デバイス)のプロトタイプをつくりだすことができたか? 結果は成功だった。私たちのデザインチームが、テクノロジーではなく人間の問題に焦点を絞っていたためだ。こうして教育的に他分野へと没頭することは、臨床医の共感と創造性を育てるのにも役立つ。

本書『ヘルスデザインシンキング』では、デザインメソッドを医学という特殊な課題に応用している。医療は、患者にとっても、介護者〔ケアギバー。専門的な役割ではなく、家族を含む患者を介護する人〕や臨床医にとっても、すばらしい体験であるべきだ。この本は、医師、看護師、教育者、学生、患者、アドボケイト〔障害があるなどで権利を自ら表明することが困難な人々を支援し、代わりに権利を主張し、擁護する活動をする人のこと。患者会/家族会など〕、建築家、デザイナーに向けて書かれている。ヘルスケアの問題には曖昧さや不確実性が伴うことが多い。ヘルスデザインシンキングでは、洞察(インサイト|質的なもの)とエビデンス(量的なもの)の両方を重んじることを学ぶため、聞き取りの技術や、よい質問を投げかける必要性を受け入れるのに役立つだろう。

ボン・ク(MD)
トーマス・ジェファーソン大学シドニー・キンメル・メディカル・カレッジ
アシスタント・ディーン(ヘルス・アンド・デザイン)

エレン・ラプトン
クーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン・ミュージアム
シニア・キュレーター(コンテンポラリー・デザイン)

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