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<北海道キャンプ旅②>朱鞠内湖畔にて、4年前の自分と決別

なぜか忘れることのできない風景があった。
4年前に北海道キャンプをした際、最後に泊まった朱鞠内湖畔キャンプ場から見た風景だ。
もちろん忘れられないほど美しい景色だったわけだが、その旅では道東へ向かって知床まで行ったのだから、もっと美しく印象的な景色にたくさん出合っていた。それなのに、いつも思い出すのは朱鞠内湖だった。

この数年、がんの精神的な治療の一つとして瞑想をするようになった。
「サイモントン療法」という誘導瞑想のCDを聞きながらやるのだが、その時に「あなたは今、とても心地よい場所にいます」という言葉が流れる。
瞑想しながら自分の心地よい場所を頭に思い描くのだが、いつもその時に思い出すのが朱鞠内湖だった。
なぜだろう、なぜなんだろう。いつも考えていた。

今回、また北海道キャンプ旅をしようと決めた時、夫がまず言い出したのが「朱鞠内湖へ行こう」だった。ドキンとする。

「なんでか、あの景色が忘れられへんねん。いつも思い出すねん」

ああ、そうなのか。あなたもそうなのね、と思う。
なぜか二人の中に同じように刻まれた風景。どうしても忘れられない、何度も思い出してしまう景色。
理由はわからない。ただ、もう一度見に行こうと決めた。

朱鞠内湖畔キャンプ場の良さは、なんといってもロケーションにある。森林の中にテントを張り、そこから湖を眺められるキャンプ場なんて、全国探してもそうそうないと思う。(どちらかはあるけれど)
行ったことはないけれど、「北欧ってこんな感じかな」と思わせられるような雰囲気なのだ。
そのうえ、1泊1人1000円という驚愕の安さ!予約も必要なし。
トイレや炊事場もきれいだし、ちゃんとした管理棟や24時間使えるシャワーもあって、高規格とまでは言わないが、キャンプ場としては十分な設備が整っている。

テントを張る場所もいろいろある。
湖から少し離れる森林の中、湖を遠くまで見渡せるような高台、湖畔ギリギリの砂辺……。
私たちは迷わず4年前と同じ場所を探した。
記憶をたどり、「ここちゃう?」と2人ともがうなずける場所を見つけ、そこにテントを張った。
そして、イスを出して座り、湖を眺めた。

ああ、これだ。
何度も何度も思い出していた風景。あの景色がそこにあった。

テントの前のイスから見た景色

この風景が見たかったんだな、と思った。
木々を見上げ、静かな風の音を聞いていた。
いつまでもここにいたかった。

その夜、テントなんて寝にくいはずなのに、なぜか私は家よりも熟睡できた。これが自然の癒しのパワーだろうか。

朝ごはんのメニューは、2人とも決めていた。
ご飯を炊いて、鮭を焼く。
これは4年前ここで食べた朝ごはんと同じだ。
なぜか2人とも4年前と同じことをなぞることにこだわっていた。示し合わせたように。

メスティンでご飯を炊き、スーパーで買ってきた鮭ハラスを焼いた。
素朴な日本の朝ごはんという感じだが、結局こういうのが一番うまいのだ。
ご飯は少し硬かったが、鮭は脂がのっていて塩加減もちょうどいい。最高だった。

お腹いっぱい食べた後、少し湖畔を散歩した。
朝の澄んだ空気。
風はない。
湖の水面が鏡のようになり、周囲の木々や空が映り込む。
天気はあまり良くなかったが、この薄暗さが今の湖の静寂には似合う、と思った。

なぜ2人ともここに来たかったのか。
なぜ4年前と同じ場所にテントを張り、なぜ同じ朝ごはんを食べたのか。
最後まで2人でこの件を言語化することはなかったけど、「そうしなければならなかったのだ」と思う。
何らかの儀式のように、それは行われたし、行われなければならなかった。

4年前、私はがんの再発を告げられ、帰ればすぐ再検査が待っていた。そんな旅の最終日をここで迎えた。
未来には光を見出せず、不安しかなかった。もう二度とここでキャンプをすることなどできないんだろうなと、ぼんやりとした覚悟もあった。
それでも、そんな状態でも、一瞬不安を忘れるほど、この場所は美しく、優しかった。私たちを癒してくれた。

だから、忘れられなかったのだろう。
何度も思い出したのだろう。
そして、私たちはこの旅であの時間をなぞり、昇華させた。
あの時の不安だった、絶望していた自分たちと決別した。

そう、決別したのだ。

4年経っても生きてるぞ、ほら、こんなに元気だぞと、見せたかったのかもしれない。
誰に、というわけでもないけど、この森で優しく見守ってくれている“存在”に。

「また来たいね」
「また来よう」
2人で約束して、朱鞠内湖をあとにした。
次に来る時は、また違う気持ちで訪れるのだろうなと思いながら。

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