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弱くても、されどワン・ツー~第一話~夢を捨てた日

「弱くても、されどワン・ツー」~第一話~夢を捨てた日

目次:ページを分けてお話を書いています。
・一話(夢を捨てた日)→当ページ
・二話(出会い)→次ページ(一番下にリンク先のURLが有ります)
・三話(青天の霹靂)→次ページ(一番下にリンク先のURLが有ります)
・四話(亀裂)→次ページ(一番下にリンク先のURLが有ります)
・最終話(マーチを一緒に)→次ページ(一番下にリンク先のURLが有ります)

【登場人物】
・ADHDの美容師/ 泉 和生人(23歳)いずみ なおと:主人公
・泉の兄、雅人(30歳)まさと
・兄嫁、沙月(28歳)さつき 
・兄夫婦の息子、大河(4歳くらい)たいが

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泉 和生人(いずみ なおと)は職場から部屋へ直帰後すぐに、大切な相棒だった【シザーケース】をゴミ箱に投げ捨てた。

和生人の仕事は美容師のアシスタント。今日もシャンプーの仕事にとりかかり、シャンプー後のドライヤー時、「一言も話さないで、不愛想ね。気分悪いから人を変えてちょうだい」というお客様の意見をもらい、休憩に入った。休憩室で、何度目かのクレームかを数えている時に、店長がすかさず入ってきた。

「泉君、困るんだよー、君これで何度目?美容師は接客業なんだよ、分かる?ただでさえ今はコロナで皆マスクしていて表情が読みづらい時なんだから。お客様が笑顔になるようなトークをしないと!トークをー!」

店長のお説教を、漫才師みたいだなとぼんやり思いながら、
和生人は下を向きながら黙って聞いていた。

(俺だって本当は…話せるなら話してーよ。でもそれが出来ないからずっとシャンプー担当なんじゃん)

気が済むと店長は「とにかくそーゆーことだから、よろしく頼むよ!」といって休憩室を後にした。残りの休憩時間、二十分。

そのまま和生人は鞄からノートのページを引きちぎり、ネットで辞表の書き方、見本、で検索をし、そのまま記入を終え、辞表をテーブルの上に置いて鞄を持つと、休憩室から立ち上がった。残りの休憩時間五分。

あとはそのまま電車に乗って、自分の家に帰って来た。父と母は、二人とも三年前の自動車事故で亡くしている。それから和生人は広い実家に一人で住んでいる。
兄弟は兄の泉雅人(いずみまさと)が一人いるが、既に結婚して、家庭を持ち家を出ていた。

クレームを言った客の顔と、店長の顔、鼻に残ったシャンプーの香り。全てが和生人を苛立たせた。
(どーせ、あのまま続けていても……何も変わんない)

さっきからしきりなしに携帯が震えている。きっと店からだろう。和生人は携帯の画面を見ないようにしてそっと電源を切った。

幼い頃から過ごした子供部屋を、大人になった今でも自分の居場所(部屋)として使っていた。

和生人はなんとなく親戚がやっていた美容師という仕事に興味をもち、高校卒業後、美容専門学校に通い、国家試験を受け二十歳の時に合格した。
同年二十歳の時に、突然両親を亡くした。加害者が車で信号を無視をして起こした衝突事故。そのスピードは凄まじく、車に乗っていた二人は即死だった。
誰よりも「切りたい」と思っていた人たちが、この世から消えた。
「切ってもらうのが楽しみなの」と言って髪を伸ばし始めた母の笑顔が眼前から消えない。
「和生人に染めてもらう為に、父さんの頭は白髪のままでいないとな~」
父の朗らかな声が、果てなく耳に残響する。
涙が止まらなかった。こんなに苦しいならいっそ一緒に連れて行って欲しかった。

憎しみと絶望に明け暮れ、自の人生を諦め目を背けようとした時、兄の雅人が宥め、支えてくれた。
「和生人、ここで諦めるな。まだ俺がいる。お前は一人じゃない」
兄貴も辛いはずなのに、泣きたい……はずなのに。精一杯の笑顔で言う。
「今度はさ、いつか俺の髪を切ってくれよ。な?だからせっかく掴んだ夢を、諦めるな」と背中をさすり励ましてくれた。
和生人の心の痛みが静まるまで、兄貴は何日も仕事にも家にも帰らず、側にいてくれた。涙を拭いてくれた。そのお陰で、和生人は今こうして美容師として立てている。いや、正確には立てていた、だ。

あの日、自分の夢を簡単には諦めない、逃げないと誓った。
雅人の髪を必ずスタイリストになって切ると、約束をした。

はじめは何となく、の入り口から美容師を目指した和生人だったが、施術を学ぶ中でどんどん美容師という仕事の知識の幅広さ、技術の体得にのめりこんでいった。この道で頑張りたいと強く志す様になった。

それから三年。アシスタントとして技術を磨く為、誰よりも早く店に行き、いつも最後まで練習をしていた。両親の笑顔が脳裏にあり、それだけで頑張れた。だけど、結局……"人間力"がものをいう世界で。どんなに技術を磨こうが、スタッフやお客様とコミュニケーションがとれなければ、仕事上何の意味もないのだ。

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和生人は先天性の「注意欠陥多動性障害 / ADHD」(発達障害)だ。

勉強しても中々上がらない成績や、感情の抑制がうまく出来ず、気持ちを周りに理解されず怒りっぽい&飽きっぽい性格。
また和生人の場合は商品を新しく購入した際にも、機械についている説明書などは読まない。(読んでも字が頭に入ってこないうえ、理解が難しい)
なので分からないまま手にして動かしていき、感覚で覚えるタイプだ。直感型、これも特性らしい。脳と手、同時に動かせないから踊るのも嫌い。周りはちゃんと音楽にのせて踊る最中、お遊戯会で一人フラフラしていた。

また大人が簡単にできる暗算も、すぐには答えられず和生人には電卓が必要だった。他にも耳から入ってくる情報の多くを取りこぼしてしまい、指示されても分からないまま会話が終了している事が良くあった。社会のスピードに追いつけない。

様々な事が合わさり、成長する中で周りと馴染めず、母と訪れた大学病院で小学生の時に診断を受けた。幼い頃からじっとしているのが苦手で、目に飛び込む情報にすぐ飛びつき、衝動的に行動をしてしまう危うさが常に和生人につきまとう。
病院の先生に対して母は、衝動的で少しも目が離せない事、すぐ怒り、理解されないと物や自分に当たる事。生活の中で不思議な行動をしている事がよくあると伝えていた。

また、一つの遊びに熱中すると他のことに目がいかず。人の輪に全く入ろうとしないまま、永遠に同じ玩具で遊んでいたのも自分の中で記憶している。

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しかし昔から好きな事にはまっしぐら&手先が器用だったこともあり、和生人は美容師に向いていた。並外れた集中力と記憶力は好きな事に対してのみ特化し、仕事に必要なセンスも天性的に併せもっていた。結果彼は専門学校をトップの成績で卒業した。

試験勉強も、辛かったがなんとか乗り越えた。そして国家試験をパスした後、今のお店に即採用されたのだ。ADHDであることは黙っていた。

実際、人とのコミュニケーションに若干の障害があるものの、和生人は専門学校を無事卒業し、親しいと呼べる人間がいなくても、問題なく日常生活を送れていた。しかし問題が露呈しはじめたのはお店に勤めてからすぐだった。

自分の力量に自信があった和生人は、先輩の状況を考えずに自己アピールをし続け、結果疎まれた。
店長に「あれやって」「これやって」という新人なら当たり前の雑用を、なぜ自分がやらなければいけないのか?自分にはもっと力があるのに…。とふてぶてしい態度でこなしていた。それなのに受けた雑用は一つしか覚えておらず、並行して雑務をこなすという事が和生人には難しかった。

電話に出ても緊張すると店名が飛んでしまい、電話すらまともに取れず、メモもとらない。失敗から学習できずに、電話が鳴る度同じミスを繰り返す。先輩はそんな和生人を嘲笑しながら、電話を取る業務をあえてさせ続けた。

お会計でも緊張すると和生人は打ち間違えをしたまま、作業を続けてしまい、お客様に多くお釣りを渡したまま帰してしまう事がままあった。
アシスタントとしてカラーや、シャンプーへ補佐をさせても、ずっと黙ったまま黙々と手だけを動かすので、接客のつなぎにならない。結果すぐに先輩が空気の変化に飛んできて、作業を取り上げられてしまう始末だ。専門学校では天狗だった和生人も、いざ社会に出てみると、全然使い物にならなかった。

「技術はあるのに、話せない/最強KY(最強に空気がよめない)」「カラーマシーン/シャンプーマシーン」「気分が顔にすぐ出る/ミスが多い/美容師に向いてない」……その他etc,それが店内での和生人の評価だった。
空気を読むことや、お客様を和ませつつ仕事を遂行する事、トーク力が彼には壊滅的になかった。ただ周りのスタッフの冷ややかな視線や拒絶を伝える距離感は、和生人にも分かっていた。

どうして自分よりヘラヘラした奴がどんどん先に進んでいけるのか。
どうして自分が透明人間扱いされて、後輩にも抜かれていくのか。
全然……分からなかった。

それでも「大丈夫」と思いながら、踏ん張った。なんとしてもスタイリストになりたかった。お客様を相手にカットを……してみたかった。

和生人の働く姿勢は見ていると、カラーの施術は丁寧だし、シャンプーでは顔が隠れているお客様から笑い声をもらっている。しかし人前に出ると、和生人は嘘の様に無表情になり、鏡越しに見る和生人の表情は引きつり、親しみやすさは幻の様に消えていた。プラス無言。そして相次ぐクレームとミス。

結果、和生人はシャンプー専用アシスタントに決定したのだった。

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和生人は暗い部屋で膝を抱えたまま、ごみ箱に捨てたシザーケースをチラリと見やる。結局、今までの努力は何の意味もなかったのか……。

心に黒く、冷たい、ひんやりとしたものが広がるのを感じた。
話すことが、そんなに大事なのかよ……!くそ!

涙も出ずに、和生人はただ茫然と胸に広がる隙間を感じていた。
このまま……一生続けたって、俺は美容師にはなれない。ずっとアシスタントで終わるんだ。周りに馬鹿にされたまま。ハハハ(笑)情けなくて、涙も出やしない。ちょうどいい、今が潮時だったんだ。

社会人となり、容赦なくついたレッテルだけが心を抉る様に残った。
それは日々ゆっくり和生人の本来持つ明るさや笑顔、素直さを消していき、
精一杯強がったまま、店で孤立していった。
和生人はその環境中で徐々に自分の感情を殺す様になり、無表情が増えた。
スタッフの目を気にしていたら、突然言葉が喉に詰まって、話せなくなった。

「助けて」なんて……誰にも言えなかった。
店長も先輩と一緒に俺の事、笑ってたし。

こうして和生人は、仕事を辞めたこの日を境に部屋に引き籠るようになる。

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朝も夜も、区別がなく、どっちだって一緒だった。‘美容師‘という仕事を失った和生人は空っぽだった。

一日中、冷たい布団に横たわり、うずくまったまま、一日が終わる。
「一日」という時間の概念が徐々に失われていく。もう、何日、このままだっけ?今日は何曜日だ?今の時間は??

風呂にも入らず、服も着替えない。窓も開けない。腹が空けば近くのコンビニに食べ物を買いに行き、食べて、また布団に籠る。日々がその繰り返しだった。

永遠にも思われるそんな時間を過ごしていると、突然、玄関の鍵が
「ガチャン」と開く音がした。

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・弱くても、されどワン・ツー 第二話〈出会い〉
https://note.com/bluemoon699/n/na9b561e4914b

・弱くても、されどワン・ツー 第三話〈青天の霹靂〉
https://note.com/bluemoon699/n/nb6a5d7797350

・弱くても、されどワン・ツー 第四話〈亀裂〉
https://note.com/bluemoon699/n/n2187cb53d873

・弱くても、されどワン・ツー 最終話〈マーチを一緒に〉
https://note.com/bluemoon699/n/nd8ee0118500e

#創作大賞2023 #お仕事小説部門

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