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前向きな気持ちを後押しするメイクセラピー 医療・介護現場で「美整容」の普及を目指す 大平智祉緒さん〈後編〉

 5/18放送は、入院患者や高齢者にメイクをすることで、外見だけでなく心も元気になってもらおうと活動しているメイクセラピスト、大平智祉緒(ちしお)さん(株式会社RingsCare 代表)の後編でした。

父の看取りへの後悔が「ケア」の原点に

 私が看護師となり、のちに高齢者や療養中の方に向けて「美整容」を行うようになったきっかけは、父の看取りでした。当時私は中学3年生だったのですが、大好きだった父ががんを患い、入院中の病院へ毎日お見舞いに行っていました。ところが、ベッドの上でどんどん痩せてまるで別人のようになっていく父を見るのも辛く、悲しくて、そばにいって話しかけたり肌に触れたりということができなかったのです。その時のことをものすごく後悔して、将来は患者さんやご家族に最期まで寄り添える看護師になろうと心に決めました。
 
 もともと私は祖母に育てられたのですが、いつも気が強い祖母が病院では先生や看護師さんを頼りにしている姿をみて「いつかおばあちゃんに頼られるような存在になりたい」と思い、幼稚園くらいの頃から将来の夢は「看護師」と書いていました。それなのに、父の最期に何もできなかったのは本当に情けないことでした。こうして父の話をするのも難しいくらいだったのですが、ここに原点があるからこそ「もう逃げない」という強い気持ちで、苦しんでいる方の肌に触れ、最期のときまで声をかけ続けることができるようになりました。
 
 私たち看護師は、大学でナイチンゲールの本を必ず読みますが、そこには「人間の生命力を最大限に発揮できるよう生活のあらゆるものを整える、それこそがナーシングだ」と書いてあります。しかし現場に出てみると、実際はそれどころではなく、その場でやらなければいけない処置や覚えなければいけない薬があり、常に忙しく動いています。その上絶対にミスをしてはいけないという緊張感もありますし、急変もおこります。
 
 そういった中で、やはり看護師の仕事は医師の指示のもと、治療(キュア)のサポートを行うことがメインになっていました。学校では、その人らしさを整えること(ケア)が大事だと学んだはずでしたが、そこを見失ってしまうような現状がありました。

 また、日々現場で看護師として治療の技術を身につければつけるほど頭でっかちになり、疾患や症状で人を見るようになってしまっていました。同じ疾患であっても、人によって捉え方や考え方、生活との兼ね合いなど大事にしたいものが違うはずなのに、ひとくくりに「患者さん」として見てしまっていたのです。特に入院中は皆さんパジャマで過ごされて、女性もすっぴんでいらっしゃるので、なおさら「患者さん」としか見えなくなってしまいます。

 そのため、退院する際に普段の洋服に着替えてちょっとお化粧をしている姿をみると「実はこういう方だったんだ」と驚くことがよくありました。その感覚が忘れられなかった私は、本来のその人らしさに寄り添う「全人間的ケア」を行うべく、別の道を歩みだすことを決めました。

「美整容」活動を事業化するための道のり

 高齢者や療養中の方の外見をその人らしく美しく整えると、心まで元気になるという現場での実感をもとにメイクセラピストとして活動を始めましたが、事業として行うまでには8年くらいの時間がかかりました。
 
 初めて仕事としてメイクセラピーの依頼をいただいたのは、私の地元でこうした私自身の体験について講演をした際に、ある不動産会社の部長さんが「それってすごく大事だよ」と共感してくださったことがきっかけでした。そして、地域の元気な高齢者向けに「美整容」の効果についてお話しして、実践してみるという講座をやらせてくださったのです。まだ実績もない中での貴重な経験でしたが、私としては、お化粧どころではない状態の高齢者や病気療養中の方にマンツーマンで「美整容」を行いたいというのがかねてからの願いでした。

 そうした中、ある勉強会でプレゼンをさせていただく機会がありました。「ベッドサイドまで行ってお話をうかがい、化粧水をつけるために肌に触れるという関わりが高齢者の方を少しでも元気づけるのではないか」とお話しさせていただいたところ、ある介護施設の施設長さんが「それ、うちの施設で取り入れてみよう」と言ってくださり、そこから本格的にメイクセラピーを事業として行うようになりました。
 
 最初は思った以上にみなさん遠慮がちでしたが、毎週訪問させていただいて、まずはお話をするところから始めました。お一人お一人から子育ての話やお仕事の話をうかがっていくと、少しずつ心を開いてくださるようになります。そしてちょっとお顔に触れさせていただいたくと「ああ、若い方の手ってこんなに気持ちいいのね」と一瞬で関係性が構築され、ぐっと距離が縮まります。

 そこから「ちょっとお化粧してみませんか?」とおうかがいをして、頬紅を入れさせていただくと「わー!」と嬉しそうに笑顔が戻ります。また、実際に外見が変わるので、周りの人から「今日はどうしたの? きれいよ」と言ってもらえるなど、他の方への波及効果も生まれ「またやってもらいたい」という継続した気持ちをもっていただけるようになります。こうして訪問を重ねる中で、だんだんご自身で眉毛を描くようになるといった変化が見えてくることもありました。
 
 近年の医療現場では、患者さんの高齢化とともに、急性疾患よりも慢性疾患の方が増えています。そうすると完全に病気が治るという意味の「治癒」の状態を目指すことがだんだんと難しくなり、どういった状態をゴールにしたらいいかわからないことも多くなってきました。退院したとしても、元の生活があるわけではなく「病とともに生きていく」「認知症とともに生きていく」といった状況が続く中、「治癒」をゴールとする「治療(キュア)」だけでは、いつまでも気持ちがマイナスのままになってしまいます。

 だからこそ、全人間的ケアとしての「美整容」を取り入れることで、気持ちをマイナスからプラスにもっていくことがこれからの時代にますます意味をもつと思うのです。

現場の「整容」意識を改革し「美整容」の普及へ

 具体的なRings Careとしての事業は、施設として導入していただいた場合は月額制のサービスとなります。毎週コース、隔週コース、週2回のコースの3つのコースがありますが、ほとんどの方が毎週コースを選んでくださり、月額でいうと1万6400円ぐらいです。最低価格が1回30分で4000円ほどの計算になりますが、施設ごとの契約では1回3名様以上とさせていただいています。個人宅での契約は、1時間1万2000円のチケット制にさせていただいています。
 
 私たちはメイクセラピー事業を行いながら、医療や介護現場を訪れて整容への意識改革について講演活動や勉強会を行ったり、メイクセラピストの養成を行ったりもしています。現場ではそもそも看護師や介護士などの医療・介護従事者が足りない状況は重々承知しつつも、私たちメイクセラピストのように30分かけろとは言わないので、ほんの数分でも、例えばお風呂上りに髪の毛をばーっと乾かしたままで終わりではなく、すこし櫛でとかしてあげるとか、朝起きたらまず鏡を見せるとか、ほんの少し意識を変えるだけでその方の行動も変わってきます。少しお化粧をしてきれいになると自信が芽生え、個室にこもっていた人が食堂に行けるようになるなど、お化粧がコミュニケーションのためのツールになることもあります。
 
 また、顔に触れられて、美しく整えてもらうことは、自分がとても大事にされていることを実感できる時間にもなります。そして最大の効果は、見た目がきれいになると、周りの人が自然と褒めてくださるので、その方の明るく前向きな気持ちが後押しされていくのです。
  
 やはり外見をケアすることの効果は、マイナスの気持ちをゼロに戻すだけではなく、さらにプラスにまで持ち上げるほどのチカラがあるのだと、私は強く感じています。

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉
 医療の世界では「治療(ケア)」が主であることに変わりはないが、今後さらに超高齢社会となり、認知症や慢性疾患を抱えながらの生活(人生)が続いていく方が増えるなか、現場ではその方々を癒しながら、本来あるべき心身の状態に恢復させていくこと(ケア)がとても重要になってくる。
 そのためには「治癒」をめざすための治療技術だけではなく、大平さんが取り組んでおられるような人のぬくもりが伝わる「全人間的ケア」の大事な構成要素としての「美整容」が本当に大きな意味を持つことになるだろう。医療介護の現場において、こういった新しい領域の活動を支える制度や財政といった環境(エコシステム)のデザインを促進していくことは、政府行政はもとより、あらゆるセクターにとっての急務といえる。 

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