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医療・介護の有資格者によるメイクセラピーで、心も元気にする「全人間的ケア」を提供 大平智祉緒さん〈前編〉

 5/11放送は、入院患者や高齢者にメイクをすることで、外見だけでなく心も元気になってもらおうと活動しているメイクセラピスト、大平智祉緒(ちしお)さん(株式会社RingsCare 代表)の前編でした。

その人らしく容姿を美しく整えれば心も元気に

 私が代表を務める株式会社Rings Careは、首都圏を中心とした老人ホームや個人宅を訪問し、介護状態が高い方や終末期の方にむけて、お肌のお手入れやメイクなどの「外見」の身だしなみと「心」を整えるサービスを行っています。

 病状や介護状態が進んでしまうと、だんだんとご自身で身だしなみを整えることが難しくなっていきます。また、医療や介護の現場では顔色のチェックの意味もあって、素顔でいてもらうようお願いすることが少なくありません。しかしながら、すっぴんで日々を過ごしていくうちにどうしても元気がなくなり、どんどん「患者」になっていってしまう現実があります。

 そこで私たちは「その人らしく容姿を美しく整える」ことで心が元気になってくれたらいいな、と考えました。そしていわゆる「整容」の範囲内でメイクを行いながら、お話をしたり、肌に触れたりして時間を共有する、その一連の関わりを、私たちは「美整容」という言葉で表現しました。
 
 「美整容」は私たちの造語です。もともと看護や介護領域で行う「身だしなみを整える」という意味の「整容」は技術として習うのですが、忙しい現場では軽視されてしまっており、ただおしぼりで顔を拭いて終わり、というような状態が当たり前になってしまっていました。
 
 そのため、私が初めてメイクセラピストとして現場に入った時にはメイク以前の問題にぶつかりました。どういうことかというと、患者さんのお顔がすぐにお化粧できる状態ではなかったのです。目元に目やにが付着したままであったり、口の周りの食べこぼしがそのままであったり、汚れたままのお洋服を着ていたりする方もおられて、そこにいきなり「口紅をつけましょう」というのはちょっと違うな、思いました。そこで、まずは「整容」をきちんとやろう、現場の「整容」の意識を高めようというところから活動をはじめていきました。

 実は私自身も看護師として医療現場にいた頃に反省する出来事がありました。ある患者さんが亡くなられたあと、仲の良かったご友人が「いつもとってもきれいにしていた方だったの。申し訳ないけど、この口元の産毛を剃ってあげてくれませんか?」と私たち看護師におっしゃいました。年配になると口元に産毛や髭のようなものが生えてくるのですが、誰一人としてそこを気に留める看護師がいなかったのです。いつもきれいにしていた方だったのに、あまりにも地味で髪の毛もボサボサのまま人生の最期を迎える形になってしまったことが本当に申し訳なく、とても後悔しました。

 現場の「整容」意識を高めた上で、メイクセラピーを実際に初めてやってみたとき、こんなにも人を元気にしてくれるチカラがあるんだなということに驚きました。医療者はどうしても治療(キュア)メインの関わりになってしまいますが、患者さんは生きるために治療をしていて、治療のために生きているわけではないのです。だからこそ、医療者は患者さん本来の元気なときの姿に思いを寄せて「その人らしく生きることを支える」(ケア)という視点を持ち続けなければいけません。また、「その人らしく生きる」ためには「外見を整えること」がとても大切な要素だということがわかり、私自身、メイクセラピーを通じて看護の奥深さを強く感じました。

メイクセラピーは「全人間的ケア」

 私がメイクセラピーを初めて知ったのは病院で新人看護師として働いていた頃です。あるとき実習でやってきた看護学生が、「メイクセラピーで患者さんの爪にマニキュアをつける」という看護計画を立ててきたことがありました。今から18年前くらいのことで、メイクセラピーという言葉を聞くのも初めてでした。「なんだか怪しいな」「エビデンスはあるのか」「大丈夫か」と思ったのですが、実際に認知症でいつもはほとんど反応のない患者さんが、学生にマニキュアをつけてもらったら、もうとても嬉しそうにきれいな爪を眺めて「ほら見て!」と私に毎日爪を見せてくださったのです。この方、こんな顔をされるんだ、こんな可愛らしい方だったんだと、深く感動しました。
 
 すぐにメイクセラピーについて調べたのですが、当時はまだインターネット上にも学会誌や専門誌にもぜんぜん情報がなく、唯一、メイクセラピスト養成講座というものをみつけて、そこで勉強して修了証をいただきました。その講座では「メイクを施すことで、その人のありたい姿に整える」ことがメイクセラピーの考え方だと学びました。

 また、「エンドオブライフケア」についても講座を受講して勉強しました。以前は「ターミナルケア」という言い方をしていた終末期特有のケアの概念を拡大させて「死を意識したときからターミナルケアが始まっている」と捉えるのが「エンドオブライフケア」です。余命宣告を受けてホスピスに入るところよりもっと前の段階で、自分の人生の終わりをどのように迎えていきたいかを計画する「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」を厚生労働省が推奨していることもあり、この分野も学びを深める必要があると思いました。
 
 私たち看護師は医療の専門職であっても、死と向き合っている人たちに対してどうやって声をかけたらいいか分からない場面があります。「なんで私がこんな病気になってしまったんだろう」というような解決できない心の痛みを訴えられることも多く、どう言葉を返したらいいのか、どう関わっていけばいいか本当に悩んでしまうのですが、そういったことを学ぶ講座でした。 

メイクセラピーを広く社会に導入していきたい

 メイクセラピーには「全人間的ケア」としての効果があるという実感を持ち、活動を始めましたが、最初はなかなか仕事につながらず、ボランティアで行っていた時期もあります。実践を続ける中で同じように価値を見出してくださる方もだんだんと増えてきたのですが、そこで気が付いたのが、この活動は単発ではだめだな、ということです。1度だけきれいにするのでは意味がなく、継続的にセラピストが訪れて、またきれいにしてもらえることがその方の生活の質をグッと上げているということが分かったのです。そこで、イベント的に単発でやるのではなく、訪問リハビリのビジネスモデルを参考に「心のリハビリ」として月額のサービスに変更してみたところ、お客さんが少しずつついてきて、収入も安定するようになりました。

 具体的な導入方法としては、まずは施設の代表の方にご理解をいただいて契約を行ったのちに、利用者さん個人(ご家族)と契約をする形になっています。今後は施設ごとに、例えばリングスケアの認証制度のようなものを作って「当施設はリングスケアを導入しています」と表示するといった活動の展開を目指しているのですが、まだまだ現場には経済的な余裕がなく、料金を支払っていただいているのは利用者さん本人(ご家族)です。 

 昨年6月にこの事業を法人化したのですが、それまでは1人で7年間活動してきました。ある程度お客さんもついて、喜んでいただくことができ、もっと活動を広げていこうと思ったときに、やはり1人では限界があります。そこで、会社を立ち上げ仲間を増やしていこうと考え、今はセラピストを養成しながらチームで活動を行っています。やはり、ベーシックに医療・介護の知識や経験を有していることで患者さんやご家族にも安心していただけるため、今のところ看護師、介護福祉士、精神保健福祉士の資格をもつ6名のメンバーがリングスケアセラピストとして活躍しています。現在の活動範囲は東京23区と千葉、埼玉を含む首都圏に限っているのですが、今後は全国に同じ思いを共有する仲間を増やして活動を広げられればと思っています。

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉
 既にソーシャルデザインの世界でも医療と福祉の連携ということはずっと語られてきたが、大平さんのお話から新たな学びを得たのは、看護の考え方はどうしても医療に寄ってしまいがちであるけれども、本来はもっと広がりのある世界であるということだ。病気を治療する(キュア)だけでなく、患者さんの「外見」を含めた心と身体全体の状態を整えていくこと(ケア)がとても大事な役割だということに気づかされた。医療・介護の現場は人手不足が深刻な現状もあり、今後ますます厳しい状況になっていくことが予想されるが、だからこそこういった新しい発想を現場に少しずつでも広めていくことで、超高齢社会を温かく受け入れられるようになるのではないか。

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