見出し画像

0163 これが成熟ということなのか

ちょっと歴史の調べ物をしていた。
明治維新以降昭和にかけてなのだが、明治は、西欧に追いつけ追いこせと、日本はこういう国になっていくのだと、そういう大方針が国家にあって、国民とも共有できていたように思う。
だから、文化財になってみたり、100年以上も継続してそこに残っていたりする。戦争や地震で破壊されたとしても、当時の意志を尊重した形で復元されていたりとか。

でも今は、これから日本はこういう姿を目指すのだ、というその姿が、どこかで聞いたことのあるような、何かの二番煎じ、物まね、単純にカタカナにしただけのようなもので、形にするとどれも一緒、時間の流れに淘汰されていきそうな気配濃厚なものが多い印象。

これが成熟した国家の行きつく場所なのだろうか。

こうやって、何を目指すべきか、惑う時には、改めて自国の歴史を学ぶべきなのだろう。
「歴史を学ぶ意義」として、アメリカでは、「自分のアイデンティティの確立」のため、「指針を探るため」としていると、とある本にあった。
(※おぼろげな記憶で書いている。後ほど確認して修正したい)

まさに今、日本の歴史を考えてみたい時期なのだと思う。(特に自分自身が)
何かそういう時、よりどころにできそうな、歴史の本というものはないものか。
思想的なものではなく、積み重ねてきたことを丁寧に読めるような歴史書を読みたいものだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?