【読書】極上のエンタメ『ウィンダミア卿夫人の扇』/オスカー・ワイルド
19世紀末英国文学の旗手、オスカー・ワイルド。
彼の戯曲はエンターテイメント性がものすごい。
難しいこと抜きで、とにかく観客(及び読者)を楽しませてくれる。
なかでも『サロメ』は世紀末文学の傑作と名高いし、『まじめが肝心』はその面白さで人気がある。
けれどわたしは、なんといっても『ウィンダミア卿夫人の扇』が大好き。
この、安い昼ドラのような筋書きで始まるストーリー。
なのに、この作品には圧倒的な品格と深みがある。
軽やかな春風のような会話劇でさらりと読者をさらい、突風のようにくるくるハラハラさせたあと、まさかと思うような温かく爽やかで切ないエンディングに、ふわりと着地する。
全編を通じて、軽やかで愛に満ちた極上のエンタメだ。
読むたびに、ワイルドは人を楽しませる本物のエンターテイナーだと感服する。
* * *
脚本を追いながらまるで舞台を観劇しているような体験をすることが戯曲を読むことの醍醐味の一つでもあるけれど、初めのうちはもしかしたら、小説とは一味違うこの形式に、戸惑うこともあるかもしれない。
でも一度この形式に慣れ頭の中で映像が結ばれると、あとはもう文字を追う感覚は消え、目の前に舞台が現れ自動的に物語が繰り広げられていく。
これがもう、たまらなくおもしろい。
頭の中で映像が結ばれていくプロセスは人それぞれだと思うけれど、わたしの場合はこんなふう。
ページを開くとまず、登場人物の名がずらりと並んでいる。
登場人物の名前は物語が始まれば自然に頭に入ってくるので、ここは適当に読み飛ばす。
次のページには、第一幕の場面説明が書かれている。
まだ物語に入り込む前なので、少し丁寧に、ここに書かれていることを頭の中に思い描いていく。
わたしは照明の落とされた観客席に座っている。
正面には、舞台が見える。
まだ演者のいない舞台が、柔らかいライトで照らされている。
舞台中央には木で作られたドアがあり、舞台右手端にもドアがある。
その右手ドアのほんの少し左側に事務机が見え、その上には書物や新聞が無造作にのせられている。
中央のドアを挟んで左側には、座り心地のよさそうなソファと、華奢で品のいいティーテーブル(たぶん猫足で、たぶん真っ白に塗られ、たぶん金色で細く縁どられている。すべてわたしが好き勝手に想像する。)が置かれている。
そのティーテーブルをはさんで左側にテラスに通じる窓があり、その右手にはもうひとつテーブルが置かれているー。
舞台上の様子を一通り頭の中に描き、次の段落に目を移すと、こんなふうに書かれている。
頭の中の舞台の上の、猫脚ティーテーブルの右側にあるテーブルの脇に、ほっそりとした女性が浮かび上がる。
テーブルに置かれた青い花瓶に、彼女は今朝摘まれたばかりのバラを活けている。
彼女のドレスは淡いブルー、バラは白だ(これもわたしが好きに想像する)。
花びらの白と葉の緑、花瓶の青のコントラストが美しく、舞台からはバラの瑞々しい香りが漂ってくる。
そこへ黒い執事服に身を包んだ執事が現れ、彼女に何かを話しかけるべく、口を開くー。
この後はほぼすべて、登場人物のセリフだけでめくるめく物語が進行していく。
わたしの耳には演者の声だけが響き、現実世界の音はすべて、消え失せる。
あとはもう、オスカー・ワイルドの手の中だ。
* * *
この『ウィンダミア卿婦人の扇』をベースにした映画『理想の女(ひと)』も、主演のスカーレット・ヨハンソンの初々しい美しさが光る素晴らしい作品だった。
設定は変更されているけれど、上品なエンターテイメント性は原作そのままで、こちらもほんとうにおすすめ。
戯曲だけでも映画だけでも、もちろん両方楽しんでも。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※書影は版元ドットコム様よりお借りしています。
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