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指先にふれる過去|詩と雑感


その時々の現し身を
風景のうちに残し
この世に刻んで
あなたはいつも
歩んでいる


抱きしめるたびに
あちこちにはぐれた
現し身のすべてを
抱え寄せたいのに

伸ばした指先にふれる
あなたの過去は
透きとおって
優しく
痛い


胸深く
私を抱きしめたあなたは

 子どもの頃に
 きみに出会えていたらよかった
 そうしたら
 ずっと安心していられたのに

なんて言うけれど
そうかしら


長い孤独をかけて
ずっと探していた誰かが
どうもあなたらしいと
気づいて

運命なんかじゃなくて
お互いに
他のだれかでも
よかったのかもしれないけれど


私でも、いいですか?...って
あの日ふたりで
鐘の音を聞きながら
慎み深く互いを選んで
今日もまた
互いを
慎み深く選び続けている
...そんなキスをする私たち


過去の現し身が
指先にまた
きらりと
痛むから

その指を高い空に掲げて
あなたも私も
灯台になる

一日のはじまりに
互いを送り出して
夕暮れにまた
寄り添い合う
優しい灯火にするために



人は定命じょうみょうの存在だから、だれかを心から愛したとき、《これからはずっと、死ぬまでいっしょにいたい》では足りなくて、もっと前から出会いたかったと思うのかもしれない。

―と、永遠に生きる神と、人間の乙女の恋物語を書いている私は、いろんなパターンを考えてみる。

小林武彦さんが『生物はなぜ死ぬのか』の中で、"自分の横にもし死ぬことのない存在がいたら、その人とはきっと価値観も何もかも違って、わかり合えないのではないか"(AIのこと)というような意味の、ものすごい質量の一文を、生物学の海の中に忍ばせていた。


《過去》の取り扱いをめぐる小さな物語詩を書きながら、もうひとり思い出したのが、作家の高橋源一郎さん。

以前ラジオ番組で、こんなことを仰っていました。
小説は、"小さな説"です。
いわゆる論文を"大きな説"と呼ぶなら、小説は"小さな説"。
だから、小説を書くときは、なにか(新たな切り口の)自分の説を書きましょう。

もちろんそれにくみするかどうかはその人次第ですが、おもしろいなあと思って。
たぶん、そういう書き方をすると、いわゆる文学作品ができるのかな🤔


note のタグをたどってみなさまの詩を読むのが楽しみなのですが、少ないことばで構築された小宇宙のようで、小説とはちがう、その詩固有の世界に魅かれます。(あと、句読点のない世界が好き。)
"説"かどうかはわからないけれど、提示する何かを持っているからやっぱり詩は読むのも書くのも愉しいですね。

万人受けする大当たりのものではなくみなさまの、小さな小さな、ひそやかな儚いきらめきにこそ、魅了される私です。だって綺麗なんだもの、結ばれたばかりの朝露のように。

そういえば、高橋源一郎さんはこんなことも仰っていました。
たったひとり、だれか特定の人に捧げるべく書いたものこそが、普遍的で多くの人の胸を打つものになりうる―と。文学作品や文豪の恋文などを例に挙げて。

小さな器の私は、たくさんの人に好まれるように書くと、小さくまとまって薄っぺらになりがちなように思う。最大公約数的になっちゃう。

個人的になんとなく思っているのが―「広く届ける」と「深く届ける」の二通りに大別できて、前者は日常、現実社会といった多くの人の共通項をテーマに書くもの。後者は、文学や詩や、(ある詩人の方の言葉を借りれば)本屋さんで狭いスペースしかもらえない群。でも、私は明らかに後者が好きで、たまらなく好きなので、ニッチかもしれないけれど、そこでないとうまく呼吸できないんだから仕方がない。開き直りではなく諦めとして。

でも、そのかわり自分が書くときは、拙いながらできる限り「深く」書いているし、それをもって「私の誠実さ」としています。「深く」書けば、もしかしたら《普遍》に届くかもしれないから。(で、深くなりすぎると公開する勇気がなくなってnoteの《下書き》がごろごろ…)

それは、多くの人に届けたいというのとは少し違っていて、たとえば《普遍》のような《何か》に届きたい、という感覚なのです。

バルザックに『「絶対」の探求』という小説がありますが...あんなには情熱的ではないけれど、でも性向としてよくわかる。

《何か》に届いたら、みなさまに伝えるべくベクトルを変えることもできるのかな、と。それまでは、練習中のピアニスト志望者みたいなものかもね。

そして一方では、「深く」書いた結果、(性質上、狭い範囲の方に)届くことが時々あって、そういうときには、"この世の異邦人たる寄る辺なさ"をひととき慰めるお手伝いができたのかも、と思うわけです。
それは、"似ている人探し"みたいなもので、高精度で感覚の似ている人に、ピンポイントで届くうれしさ。また、詩などのnote記事を見たりお話ししたりして「この人のこの部分と、双子並みにそっくり♡」というポイントを見つけると、思わずうっとりするのです。

たまに、「わかる人だけにわかればいいと思っていませんか?」と善意の方に問われることがあるので、その答えと思われるものをここに書きました。

でもあまりこう言うことを書くと、詩は擁護される必要がある=マイナーという証明にいそしんでいるようなことになってきて、ただでさえ引っ込み思案でドキドキしがちな詩書きさんたちへの応援ができているのか謎です...

note含めSNSの普及に伴って、詩を発表&交流する人が増えてきたのは、個人的にとてもうれしく心強いことです。


画像は
"Silhouette of beautiful woman with red rose" by sarininka @stock.foto

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