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アーティスト安田早苗氏の表現を支えるエコフェミニズムとは何か? 笹木依茉 Webライター

アーティスト安田早苗氏は、生殖による増殖の功罪について考える作品を、これまで多数発表してきました。「ありのままの生」としての自然な「いのち」の表現は、生産性やテクノロジーに支配された現代社会に問題提起を続けています。そのアーティスト安田早苗氏が注目しているのが、エコフェミニズムです。
2021年3月27日の展覧会イベントでは、エコフェミニズムのレクチャーが行われました。講師として招かれた東京家政大学非常勤講師(当時)の浦田(東方)沙由理氏は、「女性差別が環境破壊に繋がっている」という観点でエコロジーとフェミニズムのかかわりについて語っています。
そこで今回は、アーティスト安田早苗氏の作品を理解する上で欠かせないエコフェミニズムについて、浦田(東方)沙由理氏のレクチャーをもとにご紹介します。


エコフェミニズムとは何か?

エコフェミニズムとは、発展途上国と先進国の女性が結びついて起きたエコロジーとフェミニズムの草の根運動です。
エコロジーとは、自然に対する搾取・支配・抑圧への反対運動であり、フェミニズムとは、女性が感じる不平等・不自由・不公平(搾取・支配・抑圧)への反対運動です。そして、それらが結びついて発展したエコフェミニズムは、自然と女性それぞれが持つ、いのちを産み、いのちを養うという自然的生である「ありのままの生」の営みを問い直しています。
社会が高度に分業化・システム化され、合理性・生産性を追い求める現代は、自然と自然の一部である女性の生を疎外しています。自然と女性が持つ「ありのままの生」である自然的生は、決して合理的に機械のように管理できるものではありません。しかし、社会の合理性に適応した社会的生という不自然な形が求められ、「ありのままの生」との間に、矛盾や齟齬が生じているのです。この社会的生について見直す中で、資本主義に問題があるのではないか? という考え方が、エコロジーとフェミニズムの間で生じてきました。そして、同じ問題意識を共有したエコロジーとフェミニズムが結びつき、エコフェミニズムが誕生したのです。エコフェミニズムの理論では、資本主義社会が引き起こす搾取・支配・抑圧の問題には、家父長制が深くかかわっていることが指摘されています。


「ありのままの生」が奪われる社会

現代の資本主義社会では、非肉体労働に従事する高所得男性が評価されます。そのシステムの中で男性たちは、一方では頭脳を提供する機械として働くことを強いられ、他方では過酷な肉体労働を強いられ、自らの生をないがしろにしています。その一心不乱ともいえる労働を可能にしているのが絶え間ない資源調達、工業廃棄物の排出、人の営みである家事・ケア労働の外部化です。外部化は、資本主義社会における生産至上主義のための当然の犠牲とされてきた搾取・支配・抑圧を生み出しています。
資本主義社会では、武力を背景に資源を経済規模の小さい国から搾取して効率化しました。また、工業廃棄物を自然投棄することで、廃棄にかかるコストをカットし、生産性を極限まで高めたのです。これらは深刻な環境問題となり、今日のエコロジーに繋がっています。さらに、家事・ケア労働を資本主義社会における家父長制の戦力外である女性に、女性の役割として押し付けることで、女性を外部化することに成功したのです。
資本主義社会が、男性たちに対して機械のように働くことを強いて、人としての営みを奪ったように、男性は女性から社会を奪うことで、自らの生産性を高めていったのです。
家父長制の中心にいる男性たちが、生きる上で大切な人間的な心や営みを否定した理由は、資本主義社会の構造にあります。生産の中心が、衣食住における消耗品などの生活必需品ではなく、重化学工業と科学技術を駆使した機械の最新化・ハイテク化にあるためです。これらは軍事力の強化と密接にかかわる分野となっており、資本主義社会の姿を現しています。


資本主義が奪った女性たちの尊厳

資本主義は家父長制を組み込み、女性差別を当然としてきました。しかし、さらに女性の尊厳が奪われ、資本主義の犠牲になっていることがあります。それが性の禁圧によるポルノグラフィ化です。
性を蔑視し暗闇に追いやることは、前述した家事・ケア労働の外部化に加えて、さらなる女性の搾取・支配・抑圧の構造となっています。性のポルノグラフィ化は、女性を動物化し尊厳を奪うだけでなく、下半身の存在として矮小化します。また、ポルノグラフィは資本主義との親和性が高く、女性を性のみの存在として支配・消費することで、資本を拡大させるのです。


改めて考える「資本主義社会とは何なのか?」

資本主義社会とは、貨幣を媒介した交換による経済のことで、利潤を追求し、富を蓄積する経済モデルです。日本では、19世紀末の明治維新によって西洋と対等に渡り合う近代国家を目指し、取り入れられました。ここでの西洋と対等に渡り合うとは、軍事力を意味する富国強兵のことです。軍事力の強化には、莫大な富が必要となります。そこで国は軍事力を強化・拡大するための社会構造として、資本主義化を推し進めたのです。
さらに資本主義社会は、軍をトップとしたヒエラルキーからなり、重工業、軽工業、資源供給(最下位・外部化)という序列になっています。重工業とは、自動車・半導体・化学製品などのように身近にあるものだけでなく、軍を強化する暴力装置の開発を含みます。資本主義社会では、この暴力装置の開発者こそが最も優秀な人材とされ、「ありのままの生」とは正反対にある暴力が支配する社会となっているのです。
エコフェミニズムでは、この資本主義社会がもたらす様々な問題から論点を見出し、「ありのままの生」が守られる社会のより良い姿を目指しています。


エコフェミニズムのポテンシャル

エコフェミニズムは、このように資本主義社会を担う家父長の圧に耐えかねたものたちの悲鳴として発展してきました。現代を生きる多くの女性たちは、フェミニズムに関心を抱き、自らの権利の獲得を目指しています。また、多くの女性がエコロジーについて意欲的に取り組み、自然の回復に努めているのは、エコロジーとフェミニズムの抱える問題の共通項にそれぞれ関心があるからではないでしょうか。
2021年3月27日のエコフェミニズムのレクチャーの会場参加者のある女性は、イベントの感想を次のように語ってくださいました。
「フェミニズムについては、最近特に関心を持つようになり、エコロジーは、以前から、友人主催のビーチクリーンに参加しています。エコフェミニズムは、今回お話しを伺うまで知りませんでしたが、女性蔑視が環境問題にまで繋がっているとは、思いもよらないことでした。しかし、家父長制・資本主義とエコロジー・フェミニズムが関わっていると言われて、合点のいくことばかりで、目から鱗が落ちる思いでした。
実際に、地球環境の面からも、人々の精神面からも、資本主義と家父長制は限界に来ていると思います。
人類の約半数にも関わらず抑圧されてきた女性が、発言したりリーダーシップを取ることは、LGBTや障害者など他の多くのマイノリティーも発言しやすい社会になると思います。それは結果的に、多くの男性にとってさえ、より生きやすい寛容な社会の実現に近づくと思っています。」


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カフェ・ガレスピー(町田)に展示中の、オオキンケイギク、ナタネ花粉、COVID19せっけん。

アーティスト安田早苗氏が語る性の解放とセクシャル(性)の表現

アーティスト安田早苗氏は、2021年3月の展覧会『悪夢に咲く』において、生殖による増殖の功罪を考える中で、これまで抑圧されてきた『女性の欲望』を表現する作品を発表しました。また、性が高度に政治の道具にされてきたことについては、「あってはならない」と毅然と語り、性の解放の必要性について言及しています。そして、性の解放とは誰とでも無差別に関係を持つことではなく、「人間解放の原点である」という広い視野で捉え、イベント内で印象的な言葉を残しています。
女性の性をコントロールしようとしても、欲望は「抑えられないものだから」。この言葉には、抑えられないだけでなく、当然に、抑えられてはいけないという想いが込められていることが感じられます。
さらに、表現者として女性ならではのセクシャル(性)の表現は、どのようにすれば可能か? と考えており、現状では、女性を支配し動物化する、という男性目線のポルノグラフィの踏襲であることに違和感を示しています。
若年男性のポルノグラフィの過剰な消費については、「ありのままの生」が阻害されている事実に目を向け、次のように語っていました。
「両親が工場勤務などでほとんど家にいない(ポルノグラフィを過剰に消費していると公言する)生徒と接していて、十代がポルノグラフィに興味を持ちすぎる背景には、好奇心の他に「寂しさ」があるのではないかと感じている。だからといって許されるわけではないですが。」
アーティスト安田早苗氏は、非常勤講師として勤務する中学で、問題のある生徒の言動に悩まされた経験から、このような考えに至ったのです。この発言からは、自らが悩まされた事柄についても排除せず、「寄り添う」ことを大切にしている姿が伺えます。
アーティスト安田早苗氏が、資本主義社会の中で疎外されてきた人の心と営みの回復を願い、より良い社会とは何かを考える姿はとても真摯です。そして、それこそがアートであり、自らが「ありのままの生」を生きることの素晴らしさを体現しているのです。

参考資料

浦田(東方)沙由理『エコフェミニズムってなに?/ロクの家講演』(2021年3月27日)

環境思想・教育研究 第13号

変革のアソシエno.32

青木やよひ「フェミニズムとエコロジー」

田中美津「いのちの女たちへーとり乱しウーマン・リブ論」

性差(ジェンダー)の日本史


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